歴史学者・呉座勇一氏が限定公開のTwitterで武蔵大学・北村紗衣准教授を中傷したことに端を発した“オープンレター(公開状)問題。呉座氏は所属先の「日本文化研究センター」(日文研)から処分され、大河ドラマの時代考証役も降板するなど社会的制裁は受けたはずだが、大学教員らが追い打ちをかかけるように「オープンレター 女性差別的な文化を脱するために」を立ち上げた。呉座氏の投稿を「女性差別」だと糾弾する趣旨の公開状だ。しかし年明け早々、賛同人は架空の団体・人物、名義の無断使用などグダグダぶりが発覚し逆に批判が殺到。対する呉座氏側はオープンレターが名誉棄損とし大学教員ら17人に100万円の損害賠償を求めた。レター関係者も債務不存在を求め訴訟を起こしており“ 学者ムラ”の争いから“ 大乱”の様相になってきた。
狙われた売れっ子 歴史学者・呉座氏
1467年、「応仁の乱」。室町幕府の権威が失墜し下克上の戦国時代の嚆矢になった出来事だ。「人の世むなしい」人(1)の世(4)む(6)な(7)と語呂合わせで覚えたご記憶はないだろうか。従来の開戦理由は8代将軍足利義政の後継者問題に細川勝元・山名宗全が介入したイメージが強いが、正確には畠山氏の家督争いが発端だ。
歴史上名高い事件だが発生から終戦まで複雑な背景や相関図が絡む。呉座氏は『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)で乱を丁寧に解説した。同書はベストセラーになり、「中世ブーム」がもたらされた。歴史好きならばNHK教養番組『英雄たちの選択』でも呉座氏はお馴染みだろう。
呉座氏は2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の歴史考証を担当する予定だったが、先のTwitter問題で降板を余儀なくされる。
呉座氏が限定公開(鍵付き)のTwitterで北村氏を中傷していたことが発覚。
さえぼう(北村氏のハンドルネーム)の権利主張こそ「私はこんなにすごい研究者なのに女だから正当に評価されない!」というのが根底にあって、エリートとしての義務を果たそうとしているところを見たことがない(2020年3月26日)
ぶっちゃけ、さえぼうは「自分は凄いのに(女性だから女性差別の日本社会では?)正当に評価されていない」と言いたいだけだよな。ポスドクが言うならわかるんだが、もう後進を指導していく立場なんだから、社会問題にみせかけた自分語りはそろそろやめたらどうなのか(同年6月27日)
この投稿は北村氏シンパと思しき人物らによってスクリーンショットされ拡散していく。正直、これが女性差別なのか判断は難しい。個人的には学者の“ 悪口”程度に見えた。むしろ「社会問題にみせかけた自分語り」というくだりは当世の学者のなんたるやを示してはいないか。
とはいえ限定公開だからどんな発言をしても許されるわけではない。非公開のつぶやきが社会事件に拡大する薄気味悪さも感じるが…。
この投稿が問題視され呉座氏は批判に晒された。昨年8月、内定していた大学共同利用機関法人人間文化研究機構国際国際日本文化研究センター(正式名)准教授昇格を人間文化研究機構の再審査で取り消し。次いで9月に日文研の人事権を持つ人間文化研究機構は更に停職1か月の懲戒処分を下し、10月には非常勤の機関研究員に降格された。准教授昇格には「テニュア」も付与されており呉座氏のダメージは大きい。テニュアとは研究者が継続的な活動をできるよう身分保障する制度と理解してもらいたい。
昔から「学者貧乏」といったもの。いかに売れっ子の呉座氏といえども安定した地位は魅力的だ。テニュアの召し上げはオープンレター関係者にとってみれば狙い通りだろうか。
私的空間の発言がここまでの制裁を受ける裏にはジェンダー、フェミニズムの影響があるのはいうまでもない。特に公共機関が声の大きな「人権」「差別」のごり押しに弱いというのは明白。しかも相手はすでに謝罪している。
「謝罪した後から謝罪が始まる」
人権団体や左翼団体の典型的な攻撃パターン。学者らのオープンレターは最たるものだ。特に人権団体や左翼団体にとって重要なのは攻撃対象の「生業」や「収入」を奪うことである。この場合の「謝罪」とは「申し訳ございません」ではなく「収入手段を差し出します」という意味だ。これを否定できる方がいればどうか申し出てもらいたい。納得がいくまで説明して差し上げる。
この通り、オープンレターの戦果は大いにあったかもしれない。
オープンレターの グダグダ賛同人が発覚
同HPによれば「レターへの賛同募集は4月30日(*昨年)をもって締め切りました。いただいた賛同署名は合計1313筆でした」だという。
オープンレターの賛同人を見ても大半が大学教員、研究者で著名な活動家筋の教員も散見された。実は呉座氏糾弾には先のCLP問題でも浮上した津田大介氏も大きく関係している。津田氏自身も賛同人に名を連ねている他、早期から呉座氏批判を続けてきた。CLP問題でも浮上した津田氏も関与するとは面白い。オープンレターもリベラル界のオールスターという見方もできよう。賛同人の重要なのはとにかく「数」を集めることだ。つまりこれだけ大勢が“ 怒っている”のだと。
特に人権問題といった立場で解釈が異なる複雑な問題の場合、「数の論理」を持って正当性を高める。著名人、社会的地位、権威を伴う人物が加われば尚可、だ。
果たしてここに集まった「賛同人」がどの程度、事実関係を理解しているか分からない。呉座氏問題に限らず「安全保障」「人権問題」「脱原発」等、案件は問わず「抗議声明+賛同人」という取り組みはある。その一人一人が正しく問題を理解、確認した上での「抗議」と「賛同」なのだろうか。
おそらく仲間のケンカは私のケンカ、要は研究者、文化人、活動家界隈の集団的自衛権に過ぎない。オープンレターなり声明なりこうした「特徴」を踏まえておかなければ問題点は見えてこない。
今回の賛同人の胡散臭さは評論家・古谷経衡氏の投稿がきっかけで瞬く間に始まった。
また古谷氏以外にも承諾なしで掲載された研究者が続出。面白いのは「松本 松本」という意味不明な賛同人、所属が信州国際学院大学という架空機関の関係者を名乗る人物もいた。杜撰な署名人について運営側はこう釈明した。
なお、いたずら目的と思われるもの、特定個人への告発を目的とするものなど、本レターについて呼び掛け人側が意図した趣旨とは異なる根拠で賛同をしているものが少数あり、こうした署名については掲載を見送りました。
(2022.1.19追記)ご本人によるものではないことが判明した賛同については削除の対応をしています。賛同した覚えがないのにお名前が掲載されている方は stop.internetharassment[at]gmail.com までご連絡ください。ご本人からの連絡であることを確認の上、お名前を削除します。
「削除の対応」とあるが「謝罪」の言葉はなかった。それに賛同した覚えがない場合は、そもそも「オープンレター」の存在を知らないというケースもあるだろう。自分で確認せよという意味なのか。
運営者を知るであろう賛同人に対しても疑問が投げられたがその一人、東京大学・山本浩司准教授の投稿は実に不遜だ。
今回のオープンレターは呉座氏が謝罪した上での追加攻撃。だがこれが事実関係が未確認の問題ならばどうか。例えば事実関係が確定していないセクハラなど。ここで批判に賛同するということは仮に「シロ」だった場合、名誉棄損など法的リスクを孕む。それが名前の無断使用だったらば…。勇ましく攻撃したい、しかし責任は負いたくないというのが本音なのか。
しかもオープンレターの最終的な責任者は一体、誰なのかもはっきりしない。だからどこからともなくこんな揶揄が聞こえてきた。
傘連判状、だと。
「傘連判状」とは江戸時代の一揆などで用いられた円環状の起請文である。通常の連名の場合、先頭に名前があった者が処罰されたことから円状にして起草者が分からないようにしたもの。またいざという時は皆が責任を負うという悲壮な覚悟で作成された。だがこのオープンレターは単に責任逃れの意味で傘連判状と揶揄されたのだろう。
先の山本氏にも取材を申し込んだが反応はない。また署名を撤回した中には「沈黙が金言」とだけ反応した大学教員も。レターに名を連ねた各氏のこの拒否感は本件の暗部を物語ってはいないか。
なぜ日文研が 学生時代の 素行を 知っているのか?
呉座氏は昨年9月に日文研にテニュア准教授であることの地位確認などを求め民事訴訟を起こした。裁判記録を確認すると閲覧記録の欄に反差別運動に関わる弁護士の名も見られ、オープンレター問題が政治闘争であることを痛感する。
裁判記録からいくつか気になる点をピックアップしてみよう。
昨年8月6日、日文研は呉座氏に対して「テニュア付与に係る再審査結果について」を送付した。
標記のことについて、令和3年1月12日付けで書面にて貴殿にテニュアを付与する旨の通知をしましたが、貴殿のTwitter上の不適切発言等が本センターの認識するところになったことを受けて、再審査を行いました。その結果、以下の理由で貴殿へのテニュア付与をしないことを決定しましたので通知します。
そして事由を見ると
本センターは、研究教育職員公募の際に「国際化、男女共同参画などダイバーシティの実現を推進する」と公募の要項に明記し、女性研究者の採用を積極的に推進しているが、貴殿による不適切発言がそれに影響を及ぼし、本センターの今後の教員採用計画や研究活動に大きな支障が出る可能性がある。
との文言があった。研究機関に限らず企業、行政のポリコレ化がにじみ出る。日文研としては自身に火の粉が飛ばないよう必死の態度がうかがえた。
そして特に気になったのが「(2)第5項第5号に抵触する事由」だ。
・長年にわたりSNS上の鍵付きアカウント内で同じ分野の学界関係者を含む特定個人を当人から批判や反論ができないかたちで繰り返し誹謗中傷したり、女性蔑視など社会的に不適切な発言を行っていたことは、研究者倫理の欠如を疑わせる。
・東京大学在籍時からSNS上でトラブルを起こし、指導教官から注意を受けていたにもかかわらず、鍵付きアカウントで同様の行為を繰り返しており、常習性再発性が認められる。
ここで「東京大学在籍時からSNS上でトラブルを起こし」に注目。なぜ呉座氏の東大時代のことを日文研が知っているのだろうか。一種のキャンセルカルチャー(過去の言動を制裁、排斥の対象にすること)に通じる物言いだ。先述した通り日文研は「職員公募」の際に「国際化、男女共同参画などダイバーシティの実現を推進する」を明記したと主張している。もし呉座氏の東大時代の素行を把握していたならばなぜ採用時に指摘しなかったのか。そもそもSNS上のトラブルとは「何か」が説明されていない。トラブル発生後、日文研に“タレコミ ”があったとみる他ない。
この通知文をご記憶に留めてもらい次に進む。
呉座氏のTwitter問題を受けて日文研に昨年3月、電子メールの脅迫文がで送られてきた。「呉座勇一を除名させなければ職員を殺害する」との件名だ。
騒動になっているので理由は省略する。4月1日までに呉座勇一を除名にしなければ呉座勇一並びに同思想を持つ人間文化研究機構の職員を殺害する。こちらが把握できている家族や親戚も対象とする。除名処分に脅迫の影響があることを公開してはならない。この脅迫を警察に通報する、世間に公開するなどをしたら直ちに殺害を実行する。「春のネトウヨBAN祭り」で検索しろ ハングル板の住人より。
また追記として件名「呉座勇一除名と殺害の件」として
繰り返すが警察に通報したら直ちに殺害する このことを外部に公開しても直ちに殺害する このメールを見ているあなたも殺害対象かもしれない お馬鹿なネトウヨの原因で殺されたくなければ偉い人をよく説得してほしい。呉座勇一が4月1日までに自分から辞めたら全部なしにする もし殺人が起きたら呉座勇一を責めてほしい。繰り返すが4月1日いっぱいが期限である。「春のネトウヨBAN祭り」で検索しろ! ハングル板過激派より
お馬鹿なネトウヨという割に稚拙な文面だ。もちろん脅迫文が犯罪行為だが、実際に「行動」に起こす可能性は低い。経験上分かる。勇ましく過激な抗議主は実際に素性を調べ直撃すると沈黙するか錯乱し始めるかのいずれかだ。
さらに同時期には東京大学に爆破予告が行われた。件名は「呉座勇一がやめなければ大学を爆破するかもね」。
理由はネットを見てほしい 海城高校、東京大学卒業、国際日本文化研究センター助教呉座勇一が4月1日までに学者をやめなければ4月1日に東京大学医学部付属病院 4月8日に海城中学校・高等学校 4月9日に東京大学 の一つに爆弾とガソリンを使い包丁で子供や患者を殺す 呉座勇一の中学、高校の同級生を殺す 呉座勇一の指導教官の村井章介(*歴史学者、東大名誉教授)を殺す 呉座勇一の家族を殺す このことを警察にいう。攻撃先の組織以外の外部に漏らすなどをしたら東京大学職員の子供を殺す。呉座勇一の中学、高校の同級生の子供を殺す
呉座勇一へ あなたはあの集団に実名で関わっている重要な人です。あなたの今回の騒動で退職させることには大きな意味がある。今の仕事を諦める以外に今回の騒動を納める手段はありません。あなたの賢い判断を心待ちにしています。
殺害予告と爆破予告の要求は「4月1日までに学者をやめること」で共通する。これは単に新年度をという意味だろうか。また爆破予告では「指導教官の村井章介」と具体的な関係者名を挙げている。村井氏を狙い撃ちしたのも気になるところ。
ここで先の「東京大学在籍時からSNS上でトラブルを起こし」という日文研側の主張、また当の東大時代の指導教官、村井氏が浮上したことを照合する。一つの推測だが呉座氏オープンレター問題の裏には呉座氏の東大時代から史学グループが影響している気がしてならない。
ある関係者はオープンレターの賛同者を「オープンレターに署名した方々は基本的に学者として無能」と一刀両断していた。逆に学者として多忙であればオープンレターなど関与する寸暇はないだろう。そして同氏はこうも付け加えた。
「みな知人を一人介せばつながる程度の距離の話」
この証言も印象的だ。つまりこのオープンレター問題の表層は呉座氏‐北村氏の私闘にポリコレ化した研究者らが“ いっちょ噛み”したことだが、根底には呉座氏への私怨が作用していないか。日文研が呉座氏の東大時代の素行まで持ち出したのも妙な話だ。「あなたはあの集団に実名で関わっている重要な人です」という一文も意味ありげである。なにやら学者ムラ内部の怨念が伝わってくる。
オープンレター(公開状)といいつつも「クローズな事情」と指摘した意味がご理解いただけるだろう。