学術・研究:部落探訪(188) 大阪市平野区平野市町3丁目 平野地区

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

大阪市平野区平野市町の平野川沿いには遅くとも戦国時代に穢多村があったとされ、近代になってからは貧民窟になっていた。戦前には170世帯程度の部落があったとされ、当時の航空写真を見ると確かに川沿いに家が密集していることが分かる。

住宅密集地は平野宮町と平野市町にまたがっており、川の両岸にあったが、川の南西岸の平野市町内だけが同和地区指定されたようである。その範囲は、概ね穢多村があった範囲に一致する。

国道165線に面したこのファミリーマートから探訪を開始した。

早速目についたのはこの廃墟。廃墟というだけでなくゴミの不法投棄場所になっている。

ただ、このような極端な物件があるのはこの一角だけである。

青少年会館の敷設プールの自転車置き場とあるが、そのプールが見当たらない。

たぶん、隣のこの空き地がプールだったのだろう。

この平野川沿いに住宅が密集していたのだが、クリアランスされて歩道になっている。

そして、公営住宅が建てられている。

これは老人福祉センターの門。

門の向こうには荒れ果てた老人福祉センターがある。

これは西本願寺のお寺。身元調査お断りと書いてある横に、ここが同和地区の寺であることを示すようなことが書かれており、矛盾を感じる。

これが解放会館。かなり存在感がある建物だが、周囲が完全に壁で囲まれており、入り口を見ることさえできない。

この町家はギリギリ同和地区の外にあるようだ。

なぜか、日蓮宗にまつわるような史跡もある。

これは青少年会館。日時計がかっこいい。

しかし、職員はおらず、青少年会館として機能している様子はない。ただ、建物自体は使われており、子ども食堂等に利用されているようだ。

昔の航空写真だと、川の両岸に住宅密集地が確認できるが、川の北東岸は早くから開発されていたようだ。

ここにも日蓮宗にまつわるものが。ただ、これは部落とは関係なさそうだ。

大正時代になってから大阪市に編入されたことが書かれている。

そして、ここに来たら必ず訪れるべきは、この入船温泉。今となっては地域最安値を謳う普通の銭湯になっているが、もとは同和対策のために地域で運営された共同浴場である。

本当の温泉ではないのだが、サウナ、露天風呂があり大阪府内の現存する同和浴場の中では一番施設が整っているように感じた。

なお、入船温泉の近くには韓国人会館があり、周辺は在日コリアンが多いことがうかがえる。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

ディープサウス へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(188) 大阪市平野区平野市町3丁目 平野地区」への13件のフィードバック

  1. ディープサウス

    80年代初頭まで、国道に面して加美鞍作中のあたりに「平野トラホーム診療所」というのがありました。もちろん同和対策事業です。古びた平屋の家屋に看板だけ出ていて、入るとトラホームに罹りそうな雰囲気でした。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      確かに、昔はスラムだったのでトラホームが対策が必要だったことが想像できます

      返信
  2. ディープサウス

    80年代初頭まで、国道に面して平間宮町のあたりに「平野トラホーム診療所」というのがありました。もちろん同和対策事業です。古びた平屋の家屋に看板だけ出ていて、入るとトラホームに罹りそうな雰囲気でした。

    返信
  3. 1ファン

    部落探訪で紹介されていた、本願寺派の寺の表札は久堀となっています。この苗字は八尾の安中部落の寺の住職も久堀です。そして、この苗字は典型的に和歌山県印南町西ノ地上道地区に最も多くみられます。何かのつながりがあるのでしょうか。

    返信
    1. 某奈良県民

      >部落探訪で紹介されていた、本願寺派の寺の表札は久堀となっています。

      指定地区である奈良市畑中町の本願寺派の寺の住職も、その苗字です。
      御一統さんなのかもしれませんね。

      返信
    2. 中世史愛好家

      平野の寺院のFacebookに八尾市安中町の寺院は親戚寺院とありました。
      同姓のご住職を調べたところ故人も含めて6人おられましたが、いずれも
      浄土真宗本願寺派の方ですね。故人の方はかつて第十一回天隊の隊長(中尉)で
      あられた方の様です。

      返信
  4. 応援してます!

    最近同和地区WIKIが見られません。ミラーサイトがあればアドレスを教えていただけませんか?

    返信
  5. 中世史愛好家

    部落は平野環濠集落(自治都市)の環濠の外側と河川の間の狭い所に
    立地していたのですね。そしてかつ街道には直接面することなく、
    少し距離を置いて。

    返信
  6. おまる

    何とも殺風景ですなあ。
    これが誰彼の原風景なら、西宮北口みたいに無理矢理お化粧しない方がいいんじゃないのかな。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      対岸のスラムが普通の住宅地になっているので、こちらも放っておけば地上げされて開発されたかも知れないですね。

      返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(285 後編)埼玉県 本庄市 児玉町児玉 下町

前回に引き続き、下町の探訪である。そもそも「下町」とはどこの、どの範囲を指すのか、文献だけでは分かりにくかったが、現地を探訪するうちに次第に全容が分かってきた。 それを理解する鍵は、小林初枝『こんな差別が』で挙げられてい […]

学術・研究:部落探訪(283)山梨県 笛吹市 一宮町田中 西組

「国連NGO横浜国際人権センター山梨ブランチ」を取材するために山梨県を訪れていたのだが、地元の方から、山梨県の部落と言えば笛吹市の田中が有名と聞いた。未指定地区であるが、とある全日本同和会の幹部もここから出ているという。 […]

学術・研究:部落探訪(282)大阪府 吹田市 岸部中 “光明町”

吹田市の岸辺駅の近くに光明町(こうみょうちょう)という部落がある。かつてここは小路(こうじ)南垣内(みなみがいと)という農村だった。 それが戦後、とりわけ1970年頃から急速に都市化して、農村の面影はほぼ消えてしまった。 […]

学術・研究:部落探訪(281 後編)京都府 八幡市 八幡 六区

前回訪れたポンコツ街道は部落内ではなく、部落の南外れの、もともと田畑だった場所である。 昔から部落があった場所は、現在の八幡軸、八幡長田周辺の複数の小字にまたがる範囲で、昔の航空写真から、ここに住宅が密集していたことが確 […]