学術・研究:部落探訪(77) 東京都府中市是政2丁目“神尺”

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

関東の部落というのは、ある意味非常に分かりやすい。かなりの高確率で白山神社があるからだ。

今回訪れた府中市の部落にも、白山神社があった。1935年の記録では9世帯、69人。当時は多磨村是政で「神尺しんじゃく」という名前の部落であったという。

神尺の現在の場所は府中市是政これまさ2丁目になる。この是政文化センターから探訪をはじめる。ちなみに、これは同和施設ではない。

レトロな掲示物に「スマホ」という用語があるところに味わいがある。

近隣の案内図。ここには中央自動車道が通っている。

この中央自動車道沿いの道に白山神社があった。グーグルストリートビューの過去画像を見ると、確かに2009年の時点で神社の存在が確認できるのだが。

今はこの通りで、跡形もない。

住民によれば、ここにあった白山神社は、とある神社で祈祷をして、正式に閉じたという。つまり、この部落の白山神社は消滅してしまった。

もともと神尺という部落は記録にある通り小さな部落だったのだが、その中を中央自動車道が突っ切る形となり、住民は散り散りとなった。それでも白山神社の周辺には昔から住んでいる住民の家があるが、2015年に府中スマートICが出来てからはさらに地価が上がり、家を受け継ぐ人がいないことも相まって、地域から離れる人が出てきたという。

白山神社を閉じたのは、もう維持できるほどの住民がいなくなってしまったからだ。また、白山神社は農村だった頃の農業の守護神と伝承されてきたが、今となってはその存在意義も薄れてしまった。

白山神社がかなり昔からあったことは間違いないが、具体的な由来は分からないという。

なお、近くに稲荷神社があるが、これは全く無関係だという。

白山神社の跡地の隣には墓地がある。墓石は全て「篠塚」である。

墓地の中には、中央道が墓地の一部にかかったため、改修した旨の記念碑があった。昭和41年とあるので、まさに中央道の建設工事が行われていた時期である。

中央道のガード下をくぐって反対側に出てみた。ここも部落の中だったはずだが、もちろん跡形もない。

しかし、白山神社の近くには「篠塚」という表札の家がいくつかあった。

無論、空き地、廃墟、ニコイチといったものはここにはない。白山神社とともに、部落はほぼ完全に消滅した。念のため、部落解放同盟を知らないか住民に聞いてみたが、知らないということだった。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(77) 東京都府中市是政2丁目“神尺”」への19件のフィードバック

    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      あ、正しい漢字はそうですね。全国部落調査の方が間違いでした。ご指摘有難うございます。

      返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      その通りです。次回の探訪記事で説明しますが、多摩地域の部落はほとんど時宗で、称名寺の檀徒です。

      返信
    1. .

      四国といえば「歩く水平社宣言」の人のムラも興味ありますね。魚が美味しいのではないでしょうか。

      返信
      1. ブラッキー

        UWZM市川内ですかね。
        長浜も教科書無償化運動の発祥地ですし四国は色々ありますね。

        返信
        1. 鳥取ループ 投稿作成者

          川内は一度行ってみたいです。ハイブリッドニコイチを見たいのと、あとは釣りしたいですね。

          返信
          1. 鳥取ループ 投稿作成者

            たぶん、自分の家という感覚で建て増ししたのだと思いますが…

    2. 鳥取ループ 投稿作成者

      行きたいですが、リクエストが多くていつになるか分かりません

      返信
  1. もがっ

    こんばんは!
    探訪いつも楽しみにしています。
    突然ですが、御代田町の取材はする予定ないですか?
    隣の軽井沢に転居を考えた時にやたら御代田を勧められて
    興味を持って調べたのがきっかけです。

    返信
  2. イダ

    元是政住民です。(親戚はまだ沢山住んでおります)
    死んだ親父がいわゆる新平民と言っておったのを思い出します。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      地元の方の話は参考になります。やはり新平民との伝承があったのですね。

      返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(286)埼玉県 本庄市 児玉町児玉 吉田林

小林初枝『こんな差別が』には次の記述がある。 私の友人の弟で岩上姓なる青年が、部落外の娘と恋仲になりましたが、娘の親戚から、「せめてもう少し離れた土地の岩上なら、世間さまへいいわけもきくが、児玉で岩上といやあ、だれでもい […]

学術・研究:部落探訪(285 後編)埼玉県 本庄市 児玉町児玉 下町

前回に引き続き、下町の探訪である。そもそも「下町」とはどこの、どの範囲を指すのか、文献だけでは分かりにくかったが、現地を探訪するうちに次第に全容が分かってきた。 それを理解する鍵は、小林初枝『こんな差別が』で挙げられてい […]

学術・研究:部落探訪(283)山梨県 笛吹市 一宮町田中 西組

「国連NGO横浜国際人権センター山梨ブランチ」を取材するために山梨県を訪れていたのだが、地元の方から、山梨県の部落と言えば笛吹市の田中が有名と聞いた。未指定地区であるが、とある全日本同和会の幹部もここから出ているという。 […]

学術・研究:部落探訪(282)大阪府 吹田市 岸部中 “光明町”

吹田市の岸辺駅の近くに光明町(こうみょうちょう)という部落がある。かつてここは小路(こうじ)南垣内(みなみがいと)という農村だった。 それが戦後、とりわけ1970年頃から急速に都市化して、農村の面影はほぼ消えてしまった。 […]