部落差別解消推進・部落探訪(54)
群馬県前橋市粕川町込皆戸(前編)

By 鳥取ループ

北関東では「チョーリンボー」という言葉が今でも知られているようである。群馬県の山奥で、とある宿の女将に「チョーリンボーという言葉を知ってますか?」と聞いてみると、「それ聞いたことある、お年寄りがあの家はチョウリンボーだみたいなことを言ってた。でも、意味はよくわからない」という答えが返ってきた。なんとなく人の出自を馬鹿にする言葉とは分かっているけど、それが「長吏」に由来する言葉であるということはもちろん、部落に関わるものであるということまではあまり知られていないようである。

ということで、今回は旧粕川村、現在は前橋市にある込皆戸こみがいとという部落にやってきた。1935年の記録では121世帯、1971年の記録では228世帯とある。1971年の記録は群馬県の行政資料を部落解放同盟群馬県連合会が取得して公表したもので、それによれば混住率(全住民に対する部落民の比率)は100%ということだ。つまり全員が部落民だというのである。

しかし、実際に訪れてみると、部落にはコンビニや郊外特有の大型店があり、建売住宅等もあって混住が進んでいることが分かる。これは最近こうなったというより、部落は決して辺鄙な場所にあるわけではなくて、桐生市と前橋市の中心部を結ぶ主要道路である県道3号線の中間点にあり、1939年に開業した上毛電気鉄道の北原駅があることから、以前からよそからの移住者が多かったものと考えられる。

それなら、なぜ混住率が100%なのか? 理由は分からないが、例えば「部落民」以外は「住民」と見なさなければ混住率は常に100%になってしまうわけで、行政が発表するデータというものは、注意して見る必要がある。同和地区の区域、同和関係者はいくらでも恣意的に選べるのだから、当然、平均所得だとか進学率だとかいったデータについても、いったい何と何を比べているのか意味不明なことがある。

実際、部落解放同盟東京都連合会副委員長の松島幸洋氏によれば、1970年代の戸数は380ほどで、現在は600戸を超えているとされ、公式なデータと矛盾する。また、同氏によれば部落は「カマス」と賤称され、「『カマス』の人間と、つき合うのはいいけど、結婚は駄目だ。『カマス』の人間とは結婚させるわけにはいかない」「チョウリンボーと一緒にさせるわけには行かない」という結婚差別を受けることがあったとされる。

何を信じるのかは読者次第である。

部落には、明らかに外部から移住してきた人のための住宅地やアパートがある。

そして、この部落の特徴は、広々とした土地があり、それを活用した様々な産業があることだ。特に目立つのが写真にある大手建材、住宅機器メーカーのLIXILの工場と倉庫。この工場周辺と県道3号線沿いは市街化区域になっている。

飲食店もあれば石材店、中古自動車販売店、建設業者など何でもある。

ここは集乳所。7年ほど前までは実際に使われていたが、現在は酪農業者がなくなってしまったので、使われていないそうだ。

田んぼはなく、その代わり畑が多い。これは、部落が土地の高いところにあるため、水が得にくいからだという。赤城山から吹き付ける冷たいからっ風に当たったこのほうれん草は美味いに違いない。

この小林幸太郎商店と松島工業は部落の中でも有力企業だそうだ。というのも、60代のとある住民からこんなことを聞いたからである。

「部落解放同盟? 俺は入ってないけど、昔は仕事の関係で企連というのに入ってたね。小林幸太郎商店というのがあるでしょ、あそこの議員が解放同盟が支持する議員で、いろいろやっていたみたいだよ。それから、同和事業をやってた頃は村の中のあちこちの道路の舗装工事を松島工業が一手に引き受けてたね。今も解放同盟があるけど、解放同盟の講演とかに言っても、俺は何言ってるかよく分からなかったね」

せっかくなので、「カマス」についても聞いてみた。

「それは、相当古い呼び方で、自分の親か爺さんくらいの頃のことじゃないかな。戦後も、同和事業やってた頃にちらっと聞いたことはあるけど」

国の同和事業が終わってからは、何か特別な優遇措置というのはもうないという。込皆戸には改良住宅がない。住宅関係の貸付金はあったが、改良住宅は建てられなかった。

ただ、今でも同和事業の面影を残すのが「前橋市粕川公民館込皆戸集会所」である。

一見すると公民館だが、同和対策事業として建設されたことが玄関に掲げてある。

マガジンラックに並べられた書籍から、部落解放同盟が活動していることが分かる。今でも、ごく一部の住民ではあるが解放同盟粕川支部として活動しているという。

ただ、集会所の近くにはこのような石碑もある。道路と集会所の完成を記念する石碑で、昭和41年とあることから、地区内の道路整備や集会所の建設は同和事業以前から行われていたようだ。

集会所の隣には、関東の部落にはよくある白山神社がある。

さて、込皆戸と言えば「群馬女子高生誘拐殺人事件」である。この事件で殺人罪で死刑となった坂本正人は込皆戸の住民だった。2008年に坂本正人の死刑が執行されてから6年後の2014年、今度は込皆戸で夫が妻を暴行して死なせる傷害致死事件があった。「5ちゃんねる」には「地元じゃ坂本正人(群馬女子高生誘拐殺人)の親で有名だったけど、まさか親子で殺人とは」と書き込まれた。

せっかく込皆戸まで来たのだから、当然この事件について聞かないわけにはいくまい。しかし、調査を進めると、ネットで言われたこととは違う事実が判明した。何がどのように違うのかは、次回で触れることにする。
(後編に続く)

部落差別解消推進・部落探訪(54)
群馬県前橋市粕川町込皆戸(前編)
」への3件のフィードバック

  1. 東横イン新大阪駅東口

    1986年9月30日に毎日放送「MBSヤングタウン」というラジオ番組で歌手の河合奈保子が
    「下駄隠しチュウレンボウ」の歌を歌ったところ、「堺市役所人権啓発局係長」から抗議の電話が入ったため、番組のなかで「不穏当な発言」云々のお詫びのアナウンスが流れ、翌週の番組のなかで、河合奈保子自身が謝罪したという。

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    1. 一研究者

      下駄隠し(草履隠し・靴隠し)を差別童謡と仮定する事自体に首肯出来ないかなと思います。
      関西で使われなかった「チョウリンボウ」を何故当て嵌めるのか、理解に苦しみます。
      鳥取ループ氏の提示した灘本昌久氏の論考も、どうしても中途半端な気もします。
      幸いに「草履隠し」そのものにスポットを当てた考察論文があり、それを読んでも差別性を窺わせません。
      http://www2.sozo.ac.jp/pdf/kiyou13/05omori.pdf
      『豊橋短期大学研究紀要 第13号』「保育のための“遊び”研究考(VIII)―「草履隠し」について―」

      また、おいしいみかん.comでは、九年母(くねんぼ)という説を掲載しています。
      http://おいしいみかん.com/%E4%B9%9D%E5%B9%B4%E6%AF%8D%EF%BC%88%E3%81%8F%E3%81%AD%E3%82%93%E3%81%BC%EF%BC%89%E3%81%A8%E4%B8%8B%E9%A7%84%E9%9A%A0%E3%81%97/
      ※『みかんよもやま話』著:難波 経博のWeb掲載版のようです。

      類似性がありそうな語句を類似性がありそうに読めるが故に差別用語として、抹消を計る事は、文化の破壊を伴い、許されない事ではないかと考えます。

      解放同盟、それに類し賛同する運動家や研究者は、偏った考えから基く一方的な文化(言葉)弾圧を止めて頂きたいものです。

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