安芸高田市 石丸市長 議会との 対立の原因は 同和行政?(後編)

カテゴリー: 地方, 政治, 行政 | タグ: , , , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

(前編はこちら)

本サイトは毎週水曜日に曲輪くるわクエスト」という記事を公開している。これは全国の「曲輪」を探訪するものである。無論、安芸高田でも曲輪を探訪した。前回は、旧高宮町の川根にある上竹貞を取り上げた。ぜひその記事もご覧いただきたい

これは単に歴史・地理・地誌の研究というだけでなく、一部の自治体ではこれが政治的に非常に重要な意味を持つほど、同和行政の影響力は大きい。安芸高田市もそのような自治体の1つであった。そして、これは筆者も予想しなかったことであるが、実は前回の探訪で石丸市長と同和行政の関係を解き明かすうえで重要な場所を訪れていた。

手がかりは 旧高宮町にある!

筆者が安芸高田市を訪れた2日目、どしゃぶりの雨になってしまった。

そのような中であったが、市長のルーツであるという旧高宮町に絞って探索することにした。写真は「たかみや 湯の森」という施設。大人は800円で入浴できる、スーパー銭湯のような施設である。平日の昼間から、高齢者で賑わっていた。

市長と議会の対立の原因は何か、複数の住民に聞いてみた。

「石丸市長と、山本(数博)さんや山根(温子)さんとの対立は、完全に感情論だ。最初の居眠り問題が発端で、それが全てだと思うよ」

誰に聞いても、市長と議会の対立は完全に感情的なものという見解で一致している。市議会議員が関係する様々な「利権」の問題も市議会で浮上してはいるが、石丸市長と対立している議員も、財政状況を見れば、利権を守れないことは内心ではよくわかっているだろうという。

ただ、観光協会に対する補助金を切ったことについては、ある住民が産業を軽視していると苦言を呈していた。

また、高齢の女性から、こんなことを言われた。

「石丸さんを支持するかって言われても、若い人の考えていることは私には分からん。石丸さんの両親は高宮町の人で、佐々部に実家があって、あの人は由緒ある家の出だよ」

後で分かったことだが、確かに高石町佐々部に「石丸伸二後援会」がある。ぶっちゃけ、実家とはそこのことだろう。

旧高宮町で石丸市長と対立している山本数博議員についてはどうか。「山本数博議員は解放同盟と関係しているのか」筆者は直球に聞いてみた。

「いや、あの人は違うよ。それよりもTさん。あの人は安芸高田の解放同盟のトップで、それだけではなくて、他にもいろんな役職を持っていたかな。とにかく、この辺りにはとても貢献してくれた人だよ。あとは熊高議員」

住民が唐突に出した「Tさん」。筆者は名前を聞いてピンときた。実は探訪した下川根住宅付近の墓地でその名字を見かけて、非常に印象に残っていたからだ。そして、豪邸があった理由もそれで察した。他にも旧高宮町で同和行政について聞くと、必ずこの「Tさん」の名前が出た。それも、決して悪い意味ではなく、「地域に利益をもたらしてくれた人」として語られているのである。

同和行政が盛んな地域では、大抵、それに関係した有力者がいる。解放同盟等の同和団体のトップのこともあれば、一匹狼的な人もいる。ネガティブな事例であるが、2019年に関西電力との異常な関係が明るみになった森山栄治がそうだ。森山氏も行政関係者を激しく糾弾し恐れられたが、地元には利益をもたらすため、住民は批判をはばかっていた。

「Tさん」は言ってみれば「安芸高田の同和のドン」である。同和・人権と言えばこの人がトップで、それ以外にも影響力があるという。旧高宮町が解放同盟の活動の中心地だったのは「Tさん」の影響とも言えるし、中心地だからこそ、「Tさん」のような人物が出てきたとも言える。なお、前編で旧甲田町も解放同盟の活動が活発だったと書いたが、旧甲田町では自治労が強くて、自治労が解放同盟と連携しているから影響力があったという。

しかし、なぜ「Tさん」に加えて“石丸派”と見られている熊高昌三議員の名前が出てきたのだろう。不思議に思って別の住民に聞いてみると、意味ありげに次のようなことを語った。

「安芸高田で同和とか人権とかいうなら、Tさんと、熊高議員。ま、石丸市長も実家が高宮だから、みんな同類みたいなもんだ」

熊高議員「“同和議員”というなら、それは私」

住民の目は「これ以上は言えない、知りたければ本人に聞いてくれ」と語っているようだった。改めて地図を確認すると、「Tさん」と熊高議員の家はそんなに離れていない。もしかすると顔なじみではないのか?

筆者は急いで竹貞に戻り、「Tさん」の家のインターホンを押したが、あいにく不在であった。しかし、後に熊高議員に接触することが出来た。そこで真っ先に聞いたのは、なんと「Tさん」が熊高議員の後援会長だったということだ。

「…ただ、今は何かと厳しい立場ですね。Tさんは人権行政を進める立場ですが、石丸さんはそれも含めて既得権益を縮小しています。そこで、私とTさんと石丸さんの三者で話し合いをしたこともあります」

そう熊高議員は語った。ということは、J-CIAの記事には全く逆のことが書かれていた。むしろ同和行政の既得権益者と懇意なのは“石丸派”側だったということになる。石丸市長と言えば議会での派手な言動が注目されるが、同和施設の廃止にあたっては、「同和のドン」としっかりと根回しをしていたのである。

筆者は熊高議員から、さらに詳細な事情を聞いた。

「石丸さんとTさんが対立しているわけではないですよ。今の時代となっては、Tさんは同和行政だけでなく、人権行政をということですから、石丸さんもその考えは同じです。例えば東京大学の上野千鶴子先生はいろいろ批判もある人ですが、石丸さんは高く評価しています。Tさんもまた上野先生を高く評価していて、人権への取り組みの考えは一致しています。しかし、石丸さんに反発する議員を中心に、別の人を次の市長として推す動きがあって、Tさんはそちら側に行ってしまったので、私の後援会長を降りたのです」

事情は思っていた以上に複雑だ。あまりに、“石丸派”が同和行政を含めて既得権益を壊しにかかったものだから、「Tさん」は“石丸派”を離れてしまったわけである。そして、筆者が上竹貞を先に訪れていたことを話すと、熊高氏は次のように語った。

「それなら最初に言えばよかったなあ、Tさんも私も同じ地区の出身で、両方とも親が解放運動をしていた、言わば兄弟みたいなもんです。だから、“同和議員”と言うなら、むしろ私がそう言われる立場ですよ。ただ、Tさんは新社会党側に行って、私は自民党側に行ったんです。それで私は苦労しましたが、趣旨が違うだけで目指すことは同じです」

新社会党とは、1996年に社会党から分裂してできた左派政党で、部落解放同盟広島県連委員長で衆議院議員であった小森龍邦が加わった。小森龍邦氏こそ、広島の解放運動の主流であり、様々な過激な活動の中心となったと見られる人である。一方、熊高議員は主流ではなく、保守派に身を置いて穏健な活動をしてきたということになる。

なお、人権啓発推進町民会議や観光協会の補助金については、石丸市長は活動自体を止めさせたわけではなく、活動が止まっているのは団体が自主的な取り組みをしていないか、感情的な問題というのが熊高議員の見解だ。

さて、「同和施設廃止に反対しているのは同和議員」などという、“下衆の勘ぐり”から出発した取材ではあったが、実際はその背景に広島県の解放運動と政治史があった。広島県では過去に教育関係者が多数自殺するなど、過激化した解放運動には様々な問題があったが、部落の住民の全てがそれに賛同したわけではなく、別の方法を模索した部落の住民、政治家がいたことが分かった。そして、2004年に国の財政措置がなくなり、2021年に小森龍邦が他界した後、徐々に清算が進んでいる。

最後に、念のため指摘しておくと、石丸市長の実家がある佐々部に部落はない。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

安芸高田市 石丸市長 議会との 対立の原因は 同和行政?(後編)」への18件のフィードバック

  1. そもそも公人の氏名は個人情報じゃありませんし。

    辻駒啓三? なぜイニシャル表記なのか、アンチ個人情報保護の示現舎らしくもないですね。
    #60a989ee6d1e6ba87753b99e665ae65d

    返信
  2. 匿名

    いつも地道な活動に頭が下がります。
    東京出身の自分にとって、「同和」問題はまるで小説の中の話で、実感がないので、宮部さんや同話に詳しい人たちのニュアンスが、なるほどね、という理解になかなか至らないのが残念です。
    石丸市長の面白切り取り動画などをたくさん見ましたが、結局表から見えているのはプロレス?  政治は人間関係で動かすものなのかなーと思ったり。
    サルにも分かる同和問題、みたいな本があるといいな・・・

    返信
    1. 宮部 龍彦 投稿作成者

      実際は大したものではないです
      昭和の同和行政による利権問題です

      返信
  3. マーシー

    よくわかりました。議会の動画を見て「人権福祉センター」の名称が出た時、私は「下衆の勘繰り」してしまいました。いつも小まめな現地取材に頭が下がります。
    #be7c602b3b04f744c33ffa365988c8f4

    返信
    1. 宮部 龍彦 投稿作成者

      同和行政が盛んだった地域は、そういう団体がネットワークを張っていて
      講演とか研修とかに動員されるんですよ
      ただ、共産党員とか、解放同盟に批判的な人には声がかからなくなります

      返信
  4. 匿名

    広島といえば池田勇人 宮沢喜一
    亀井静香 岸田文雄 齋藤鉄夫等々
    #ecd00b6eea6ae3c07abcb72f449d5957

    返信
  5. 五月雨

    色々ひかかっていたことがこの記事を見て納得できました。こういった取材ができるのは宮部さんだけだと思います。これからもお体に気をつけて取材してください。ちなみに話に出てきた上野氏ですが、数年前に甲田町の人権会館で講演してましたよ。こういった人権活動と関係が深い人が安芸高田市の議員にいます。近年、地域おこし協力隊などを介して活動家の方がたくさん流入してきている感じがしますので、その辺りも取材で明らかにして頂けますと助かります。
    #13bc50f287c4bcea290f96b819c08596

    返信
  6. 匿名

    非常に丁寧で誠実な記事。県外であるため、深く知ることが出来感謝してます。白川司千代田区議員のXからお邪魔しました。
    ありがとうございます😊
    #0a49fc27f7af6358cba6137bce32b269

    返信
    1. 宮部 龍彦 投稿作成者

      お読み頂きありがとうございます。また追加取材してみようかと思っています。

      返信