「命のビザ」杉原千畝夫人の遺言書訴訟、二審で逆転判決の意味

三品純 By 三品純

ドイツに迫害されたユダヤ人ら難民6000人を救出するためビザを発給し続けた外交官、杉原千畝。その業績は伝記となり、映画化もされた。出生地とされる岐阜県加茂郡八百津町は、ユネスコの世界記憶遺産の候補地にもなり今やメディア、行政を巻き込んだ”千畝バブル”の感すらある。かたやその妻、幸子氏の遺言書を巡り一族が法廷闘争を繰り広げていることは本誌でもお伝えした通り。

千畝の四男・伸生のぶき氏が長男(故・弘樹氏)の妻、杉原美智氏、その子「NPO法人杉原千畝命のビザ」の理事長・杉原千弘氏、同副理事長・杉原まどか氏を相続人とする遺言書を「無効」としてこの3名を相手取り訴訟を起こしていた問題だ。一審の東京地裁は原告の伸生氏の主張を認め、美智氏らを相続人とする遺言書を「無効」とした。しかし6月26日、二審の東京高裁は原判決を取り消し、「有効」の逆転判決を下したのだ。ところがこの裁判、単なる一族間の民事トラブルでは収まらない“事情”が潜んでいるのだ。

2つの遺言書で杉原一族が分裂

本題に入る前に今回の訴訟について整理していこう。杉原千畝の妻、幸子氏(故人)は2001年4月10日、次男の千暁氏(故人)を相続人とする第一遺言書を作成していた。一方、2001年12月28日、幸子氏がせん妄症状を含む体調不良で入院中に第二遺言書が作成されていた。この第二遺言書は原被告の美智氏らが誘導的に作成したものとして、伸生氏が無効を訴え訴訟を起こしていた。そして一審の東京地裁で「無効」とされたが、高裁で「有効」の逆転判決が下されたものだ。各遺言書の趣旨はこうだ。第一遺言書は杉原千畝の遺品物、また幸子氏の著書『六千人の命のビザ』の著作権を次男、千暁氏に譲るとした。

対して第二遺言書は、美智氏を遺言執行者と定め相続させた後、遺品物を千弘氏、まどか氏に引き継がせるとした。

一審では、第二遺言書作成当時、幸子氏がせん妄と見られる症状や認知症の疑いなどで判断能力がなかったとし無効との判決。逆に二審の東京高裁は、幸子氏の症状に関する「医学鑑定意見書」が医学的根拠に乏しいと指摘。幸子氏は判断能力があったとし、さらに美智氏らの業績が評価され第二遺言書が「有効」との判決に至った。仮に原告の伸生氏が上告したとしても、ご承知の通り、最高裁はあくまで憲法や判例との照合に過ぎない。美智氏、千弘氏、まどか氏らの勝訴で確定するのは十中八九、間違いないだろう。これによって事実上、千弘氏とまどか氏が相続人となり、両氏が役員を務める「NPO 杉原千畝命のビザ」が千畝の遺産、遺品管理、あるいは関連事業の本家本元の受け皿団体として、お墨付きを得たことになる。

関係は良好だった原告と被告

さてここまでご一読された方、あるいは杉原千畝に関して興味のない人にとっては「家庭内の相続トラブルに過ぎないのでは?」と疑問を抱いたことだろう。確かにその通り。民事トラブルではよくある相続争いだ。ところがこの判決は行政、メディアにも影響を及ぼしかねないワケがある。

もともと杉原千畝に関する広報、顕彰などの活動については従来から美智氏、千弘氏、まどか氏が行ってきたもの。面白いことにかつて伸生氏も美智氏らの活動について評価し、むしろ継承者として認めていたようだ。2004年5月28日、伸生氏は千暁氏にこんなメールを送付していた。

ひんしゅくをかっているのは千暁であって大ママが可哀想です。弘樹(*長兄。伸生氏と千暁の兄)と美智さんの悪口はいい加減やめて自分のしてきたことをよく考えた方がいいでしょう。詐欺も横領もしていません。(一部抜粋)

この当時、千暁氏は美智氏らを批判しており、見かねた伸生氏がたしなめたようだ。また原告―被告の関係にある伸生氏とその甥、千弘氏だが、親族の一人はこう話す。

「伸生はベルギーで宝石技師をやっているんだけども、千弘もタイで宝石業を営んでいるんだ。千弘は伸生から仕事を教わっておりいわば”弟子”のようなもの。本来、争うはずがないのだけど」

ところが伸生氏と美智氏らの関係が悪化したのは母、幸子氏の考えが影響した可能性もありうる。

「あの女(美智氏)は人の言うにはとても悪い女で口先ばかりで腹黒い女と言っています 今までは私の講演の世話をしていて講演料は五万円と言っていましたが最近十万円という事がわかりました 五万円ゴマカシテいたのです ある人がよく美智のことを知っていてあんな女の顔も見たくない 悪がしこい女と言っています」(2002年7月21日、幸子氏が伸生氏に送ったFAX)

ただ仮に第二遺言書が無効で確定したとしても、伸生氏が即座に相続人になれるとは限らない。しかもすでに行政や関係団体が開催する杉原千畝イベントでは美智氏、千弘氏、まどか氏らが招聘されており、判決の有無なくこの3氏が事実上、杉原千畝事業の後継であることに違いないのだ。おそらく高裁判決もこの辺りの事情を察して第二遺言書を「有効」と考えたのか。そんな印象を受けた。

東海テレビ? CBC? 本当の裁判の意味とは

考えてみれば杉原千畝の遺品と言っても何も数億円に及ぶ預貯金や資産があるわけでもなし。相続したところでせいぜい「杉原千畝の業績の継承者」と内外にアピールできることだろう。しかもこれまで千畝の出生地として町を挙げて取り組んできた八百津町だが、町の元要職者は「イスラエルの金。こないよ。そんなもの。パーだよ」と言っていた。確かに世界の名うてのユダヤ人実業家、著名人が多額の寄付をしたという話を聞いたこともない。つまり莫大なユダヤマネーが千畝の御旗に集まる――――。これも考えにくい。

ならば伸生氏の訴訟はどんな意味があるのだろう。それは行政やメディアに対する警告、とは言わないにせよ抵抗があったのではないか。東海地方以外の方はまず聞きなれないだろうが、CBC(中部日本放送)『イッポウ』という夕方の報道番組がある。『イッポウ』は定期的に杉原千畝が岐阜県加茂郡八百津町北山の生まれであるという説に対して、疑問を呈するドギュメンタリーを定期的に放送してきた。

これが実に見ごたえがある内容で、八百津町あるいは岐阜県庁の曖昧な主張に対して、厳しく追及を繰り広げてきた。また『イッポウ』では今回の原告、伸生氏の主張も取り上げられた他、千畝が「岐阜県旧武儀郡上有知町」現在の美濃市)を出生地とする文献を紹介した。確かに同番組の内容は素晴らしく、八百津町・岐阜県庁の完全に“白旗状態”。この番組がきっかけとは言わないが八百津町はユネスコに提出していた同町と原千畝に関する一部資料を撤回せざるをえなかった。

番組内容自体は素晴らしいのだが不可解なのだ。本来、一般メディアとは「人道」「反戦」「平和」といったキーワードに対しては無批判になるもの。いわんや世界の人権問題のピラミッドの頂点と言ってもいい「ユダヤ人迫害」が関わっている。この時点でまず普通のメディアは、万歳三唱しないか? ところが杉原千畝の出生地問題については執拗と言っていいほどの追及をしてきた。ところがその背景を聞いて、納得した。それは「ジャーナリズム」とは別のところにあるようだ。

「CBC内の要職者には千畝の遠縁がいるんだ。この血統は、親戚筋といっても千畝の顕彰活動からは外れている。“千畝バブル”に便乗できなかったことに対する不満があるかもしれない。それに『人道の丘』の設立には東海テレビが大きな役割を果たしたんだ。要するに地元メディア間の対立も影響したかもしれないなあ」(前出の親族)

こうした一族とメディアの裏事情があったのだ。だから本裁判は単に杉原一族内部の問題に留まらない可能性もある。仮に『イッポウ』と同様に杉原千畝=八百津町北山誕生説に対し疑義を唱える伸生氏が勝訴していた場合、どうなるのか。杉原千畝=八百津町北山誕生説の立場を取ってきた、あるいは支持し、まるで町興しの如く盛り上げてきた行政、メディアにとって「不都合」であるのは言うまでもない。

本来はかけがえのない杉原千畝の功績のはずが、思わぬ騒動を生んでしまうとは..千畝も草葉の陰で泣いている――――。

「命のビザ」杉原千畝夫人の遺言書訴訟、二審で逆転判決の意味」への3件のフィードバック

  1. 三品純三品純 投稿作成者

    私自身は八百津町出身説は極めて怪しいと思っています。まだこれから書いていきますが、美濃市に千畝町という場所があります。これが何を意味するのかはまたこれからのお話です。

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