岐阜県関市から補助金2千万円を受け「(株)IROHA STANDARD」(以下イロハ社)の新原光晴氏が製作した映画『名もなき池』をめぐる騒動。市は新原氏が条件に違反したとしてイロハ社に返還を求めている。一方で地元では市に対する批判も強い。取材してみると両者は平成末から交流があり相互依存の関係だったことが判明した。(写真は昨夏の新原氏)
トラブルの温床は関市観光課

岐阜県関市の映画『名もなき池』騒動の第3弾。過去記事はこちらをご覧ください。
【関市】映画『名もなき池』騒動 当初キャストは新東名事故〝お騒がせ芸能人〟の広末涼子だった!
【関市】映画『名もなき池』騒動② 撮影現場は監督交代とセクハラで混乱 市とイロハ社の癒着疑惑も!
ロケツーリズム、地域振興を目的に関市が実施した「関市映像作品撮影事業補助金」から2千万円を交付されイロハ社の執行役員で〝shinbeethoven〟こと新原光晴氏が映画『名もなき池』を製作した。ところが撮影現場では監督交代、キャストの降板、関係先への未払いなどトラブルが続出。クランクアップ以前から条件違反だとして市側に補助金返還を求められた。
今年3月28日に兵庫県洲本市洲本オリオン、翌29日に愛媛県松山市シネマルナティック湊町で上映されたものの音ズレなど品質は劣悪。契約で指定された公開日に無理矢理、合わせただけのことだ。撮影現場は混乱が相次ぎ素人同然の新原氏が編集したという話だ。商業ベースの作品に仕上がるはずがない。
そこで関市側は新原氏に2千万円の返還を求めている。4月25日が返還の期限日だがイロハ社からの入金は確認されていない。市関係者によれば新原氏への刑事告訴も視野に入れ調整中だそうだ。
ところが新原氏側に悪びれた様子はない。4月4日、名古屋市内で記者会見を開き「返還する法的根拠がない」と反論した。
前回記事で指摘したが、映画完成前から不審に思った市側の質問に対しても回答、説明をしてこなかった。そればかりか周辺からは〝新原に騙された〟と憤る証言が相次ぐ。
同時に関市へ責任を問う意見も少なからずある。「関市が新原氏を増長させた」と断言した関係者もいた。取材してみるとこうした批判が起こるだけの理由があった。
新原氏の背後には2名の関市職員が浮上するのだが、両氏ともに映画補助金の窓口である観光課に所属していた。この観光課がトラブルの温床と言ってもいいだろう。
新原氏と関市の接点は「観光振興トータルプロデューサー」募集

イロハ社の所在地は兵庫県豊岡市城崎町湯島。地名で見ればお分かりだろう。城崎温泉で知られる町だ。大谿川沿いに柳が植えられ通りには温泉旅館、飲食店、土産店が並ぶ。
イロハ社はその一角でジブリグッズなどを販売している会社だ。「ジブリ」というワードが出てきた時点で別のトラブルにも言及しなければならないが、それは後のレポートに譲ろう。
城崎温泉の会社役員である新原氏がなぜ突如として岐阜県関市で観光事業に関わったのか不思議に思う市民も少なくないはずだ。
それは平成30年頃に遡る。当時を知る市関係者の証言は重要だ。
「平成末に関市が『観光振興トータルプロデューサー』を設置したことが始まりです。当初は刃物ミュージアム(関市小瀬)を中心にしたプロモーションが主な業務で、転職サイト『ビズリーチ』で募集しました。書類選考の上、最終的に4名が残りましたがその1人がイロハ社執行役員の新原氏。しかし最終選考からは漏れました」
話は続く。
「当時の採用担当者らが〝新原さんの提案は面白いから惜しい人材だ。何か任せてみたい〟と高評価したのです。ここで新原氏を評価した職員というのが映画トラブルと関係する人物ですよ。職員らは豊岡市のイロハ社を視察しました。その結果〝新原氏は信頼できる人物だ〟として観光事業を委託することになりました」
面白いもので地元の観光名所として見た場合、刃物ミュージアムよりモネの池の方がメジャーになってしまった。ただの灌漑用の池が全国区の観光スポットに変貌したわけだ。片田舎の素人がいきなり紅白出場を果たしたようなものである。
ただしモネの池はメジャーになったがそれ自体では金にならない。それどころか訪問客の駐車場問題、トイレ問題など当初はトラブルも多かった。観光地として板取地区の整備が必要になったが、アイデアも予算もない。そこで新原氏の登場だ。
「板取川上流漁業協同組合の建物を市が借りてイロハ社に貸すことになりました。お土産屋やカフェを運営するというのです。新原氏とイロハ社側は〝自己資金で漁協の建物をリフォームする〟という提案でしたから、この時点では市にとっては好都合の話でした」(前同)
モネの池の所在地は旧板取村。平成の大合併によって関市に編入されたものの典型的な限界集落だ。そんな地域に民間企業が投資するというのだから市にすれば歓迎すべき申し出だっただろう。失敗しても市の懐が痛むわけでもない。
2020年6月12日、関市は観光課が窓口になり同漁業組合と土地建物使用に関して貸借契約を結んだ。市が漁協から土地建物を借り、イロハ社にそれを転貸するという仕組みだ。
当時について漁協関係者は「市観光課のシノダという職員が何度も漁協にやって来て〝観光案内所ができると地域も潤いますから協力してほしい〟と役員たちを説得しました」と明かす。
証言に出たシノダという職員について記憶に留めておいてほしい。




そして完成したのが「板取川流域観光案内所SEKIMORI」「いろは 風のとおり道」である。新原氏と交流があった地元経営者はこう話す。
「板取川流域観光案内所という屋号は上手く考えましたよ。いかにも公営施設のような印象を受けるでしょ。彼はスタジオジブリ通なんですが『鬼滅の刃』マニアでもありましてね。関連アイテムを販売していました。少なくとも私には〝すごく儲かっている〟と自慢げに語っていましたよ。しかし実際はとても儲かっていたとは思えません。生活状況も良好ではないでしょう。自宅(岐阜市内)にネット環境がないため観光案内所へ来ています」
週末になるとモネの池には多数の観光客が訪れる。しかしこれといった特徴がない観光案内所やカフェに人が殺到するイメージが湧かない。こうした推測も成り立つ。
企業などに協力を呼びかける時は「儲かっている」と吹聴し、関市に対しては「赤字が出ている」と報告していたのではないか、と。
関市としては成功か否かは別に、イロハ社が観光案内所を開業したことで曲がりなりにも観光地としての体裁が整った。撤退されるのも困る。
そこでイロハ救済策として市観光課が画策したのが「体表温度機能付きデジタルサイネージ」の発注とされる。これは感染予防機器で体温測定などを行う機器だ。公共施設の玄関口などに設置されていたのを覚えているだろうか。
関市が新原氏と関係を持ち始めたのはコロナ禍の頃。感染予防という大義がついた。
関市観光課が起案して市内の観光施設に体表温度機能付きデジタルサイネージを設置することになった。CEREVO社製「デジタルサイネージShuShuRu CDSSSR01S1」だ。
イロハ社ありきの怪しい随意契約
デジタルサイネージは市内の観光施設13カ所に1台ずつ設置された。
市内の関鍛冶伝承館、濃州関所茶屋、関市地域交流施設(せきてらす)、道の駅ラステンほらど、道の駅むげ川、道の駅平成、板取川温泉バーデェハウス、上之保温泉ほほえみの湯、総合福祉会館、学習情報館、関市文化会館、洞戸円空記念館、せきしんふれ愛アリーナ(関市総合体育館)

デジタルサイネージの納入業者は他でもないイロハ社なのだ。驚くほど不可解な入札でイロハ社に決まった。コロナ禍で緊急事態のため随意契約という形をとった。


この見積結果を見て公共入札に詳しい人ならば疑わしい点に気付くはずだ。まず第1回の時になぜかメーカーの(株)CEREVOが入札に参加している。
通常、メーカーとベンダーが公共入札で競合するというケースはまず聞かない。実際にCEREVO社は辞退。最初は地元の(株)ハヤシ事務器が最安値だったが、入札が流れ2回目に357万5千円の見積額(税込み393万2500円)を出したイロハ社に決まった。イロハ社にとっては大きな収益だ。
CEREVO社が当初、参加したのも当て馬であり、最初からイロハ社を落札させることが目的だったのではないか? 関市外でも特定企業が落札するために当て馬企業が参加することは日常茶飯事と言ってもいい。
しかもイロハ社は電子機器の販売会社ではないのにあえて関市が約400万円もの機器を発注するのは疑問が残る。納入は随意契約という点からして、癒着が疑われても仕方がない。観光案内所の運営業務の「補填」と受け止める関係者もいた。状況的に市側の「配慮」があったと筆者も予想する。
イロハ社からの納品書には設置担当者として新原氏の名がある。また設置検査の担当者欄には当時の観光課長である今井田和也氏(現在の産業経済部長)。
新原氏が記者会見でリモート会議をしていたとして名を挙げた人物である。今井田氏は関市映像作品撮影事業補助金の交付先を選定する際の審査員の一人だ(下記のリストを参照)。なお審査員長だった副市長は現在の山下市長ということも重要な事実だ。








この一連の関係が「正常」と言えるのだろうか。一介の施設運営を委託された企業がなぜか随意契約で感染対策機器を市に納入する。そればかりか2千万円という大金を交付した挙句、完成したのが自主製作レベル、いやそれ以下の映画だ。
さらに話は続く。先の起案書一式を拡大してみよう。文字は潰れているが「篠田」の印がある。

当時、観光課に所属していた篠田賢人氏(現都市計画課主幹)である。漁協関係者の証言に出てきた「シノダ」とは篠田賢人氏のこと。また観光振興トータルプロデューサー公募で新原氏を見出したのも篠田氏だ。
『名もなき池』騒動を起こしたのは新原氏だが、彼を支えてきたのが今井田氏、そして篠田氏なのだ。今井田氏は市内で新原氏と飲食を共にしていることが確認されている。また新原氏は非常に篠田氏に恩義を感じていたようだ。関係資料の中に、その一端が垣間見える。
当初、『名もなき池』は『はもん』というタイトルだったことは第1回目の記事でレポートした。
【関市】映画『名もなき池』騒動 当初キャストは新東名事故〝お騒がせ芸能人〟の広末涼子だった!
この時に市に提出された企画書の登場人物案にはこうある。下記画像の黄線部分を見てほしい。

ご丁寧にも「篠田光(50)」という説明には「市役所の観光課に務める」とある。「観光課に務める」という日本語の破綻ぶりについては新原風の味わいとして受け止めよう。
役名は担当職員でこれまでイロハ社のために奔走してきた篠田賢人氏へのオマージュという見方が強い。『名もなき池』では「篠原」という職員に修正されたのは、その名残だろう。

まさかの「HESTA大倉」が登場!

イロハ社が関市映像作品撮影事業補助金を申請したのは2023年5月のこと。それ以前から関市と新原氏・イロハ社は深い関係だったことはお分かりいただけただろう。
そして必要以上に関市が新原氏を優遇した理由の一つが板取に観光案内所を作ったことだ。あるいは関市観光畑の今井田‐篠田両氏が新原氏と意気投合し「私情」に流された可能性も否定できない。
筆者がこう指摘する根拠はある。
「実は市観光協会で退職者が相次いだことがありました。W事務局長によるパワハラが指摘されたのですが、もともとW氏を連れてきたのが当の今井田氏。W氏を擁護して結局、パワハラ問題についてはうやむやになりました」(地元記者)
関市の観光事業において今井田氏の影響力が非常に強いことが分かる。新原氏の重用も今井田氏の意向が働いた可能性が高い。
「映画が騒動になってから今井田氏は新原氏と関係が深いことを庁内でも指摘されました。すると今井田氏は〝新原氏は怪しい人物だから、自分が防波堤となって他の職員が関わらないようにしていた〟と説明しています。しかし周囲は2人が非常に親密だったと見ていますよ」(前出市関係者)
観光事業の中で新原氏と親交を深めた結果、今井田氏らに私情が芽生えた可能性も否定できない。だがまだ〝背景〟はある。ここで意外な名を挙げなければならない。
安倍元首相が暗殺された時の奈良県警本部長が不動産会社「(株)HESTA大倉」に天下りし社長に就任したと昨年、レポートした。
安倍元首相 銃撃事件で 辞職した 奈良県前警本部長が 新社長“中国好き” 不動産会社の ナゾ
モネの池から車で北に約20分に位置する「板取川温泉バーデェハウス」は2023年4月1日から(株)HESTA大倉が指定管理者となり運営している。
名湯と評判だが経営的には苦しく関市も苦慮してきた。「本音としては大倉側に買収してほしいぐらい」(市有力者)と言うほど実はお荷物施設になってしまった。
その点、HESTA大倉は不動産業からリゾート事業まで手掛けており資力もノウハウもある。そんな会社が板取川温泉の指定管理者になったことは関市としても安心だ。
驚いたことにHESTA大倉絡みでも新原氏の名が挙がった。
「新原氏は私に〝自分が関市と仲介して大倉が指定管理者になった〟と言っていました。すでに映画がトラブルになっていた頃だから話半分に聞いていましたけどね」(前同)
HESTA大倉本社に新原氏との関係について確認した。すると子会社の(株)大倉クラブ&ホテルズから回答があった。
「新原氏と弊社がどのように接点を持ったのかは把握できていません。関市が板取川温泉の指定管理者を公募しているという情報を新原氏から聞いたのは事実です」
本当に新原氏と大倉は接点があったということになる。ただ仲介と言えるほどのことかは疑問だ。関市としても板取川温泉の維持管理に困っていたところ大倉が手を挙げた。
関市にとって紛れもなく大倉は強力な助け船だ。新原氏の行動パターンからすれば関市に対してまるで仲介者のように振る舞ったことだろう。
先述した観光案内所、デジタルサイネージを含めて新原氏との癒着ではなかったのか?そんな疑問を今井田氏に尋ねてみた。
「現在は弁護士と相談して対応を協議しているためコメントは控えます。ただ(新原氏と)飲食をしたというのは映画騒動以前のことでまた私以外にも同席した職員はいました」
また篠田氏は「私からお話はできません。個別の取材はご容赦ください」とした。両氏としても本来は市の観光振興に貢献したいという思いはあったと信じたい。しかし新原氏・イロハ社との交流の中で目的を見失っていったのだろう。そして大きなトラブルを招いたのだった。
次回は映画製作の内部事情をレポートする。