筆者は村上市にある湯ノ沢部落を訪れた。ここは地名表記では村上市平林の飛び地になっている。1928年の記録では75戸の部落とされる。ここでは解放同盟が「神林村差別行政糾弾裁判」と呼ぶ事件が1980年代にあった。
大阪市立大学による『埼玉県,山梨県,新潟県での現地研修記』にはこの部落のことが非常に詳しく書かれている。部落解放同盟が組織されていたのだが、ごく一部の世帯だけで、しかも住民の反感を買って支部長が車のフロントガラスを割られたり石を投げられたりしていたという。
現地を訪れて最初に目についたのが、荒川の河川敷のキャンプ場のような施設。車を停めて歩いていると、もう1台車がやってきた女性が清掃していた。
利用料はかからず、自由に使ってもよいらしい。
堤防を下りると、そこが湯ノ沢だ。
「神林村差別行政糾弾裁判」 は未指定地区であっても同和行政の対象となると新潟地裁が判示した画期的な裁判と言われるが、判決文を見ると当時の神林村は湯ノ沢が部落であると裁判の中で認めているので、湯ノ沢が同和地区であるか否か真正面から争われたものでないことが分かる。神林村が湯ノ沢が部落であることを否認していれば、別の結果が出ていた可能性もあるが、おそらく裁判がこじれることを嫌ったのではないかと思われる。村は控訴せず、裁判は地裁で終わっている。
そして、問題となった貸付金制度は未だに残っている。
当時のことを知る住民がいたので聞いてみると、裁判は何軒かの住民がやっていたことで、ほとんどの住民は関知していなかったという。さすがに石を投げることまではしなかったが、同和事業が必要とは思っておらず、裁判を生暖かい目で見ていたようだ。
これは集落開発センター。桃崎浜の一般地区にもあったが、村上市では部落ということとは全く無関係にあちこちにある施設だ。
裁判の後どうなったか? 住民によれば地区として同和事業は全くやらなかったとのこと。貸付金についてもほとんどの住民は関心がなかったそうだ。
見ての通り立派な家が多く、むしろ一般の集落よりも豊かに思える。
ただ、荒川から少し離れたところは斜面になっており、道が狭く、坂や階段がある。
斜面の上に墓地がある。墓石の名前はことごとく「小池」。部落内の家の表札もほとんどが小池だ。墓石から推測すると宗派は浄土真宗が多いが、他の宗派も多く見られる。
やはり、新潟県の部落では、村として特定の寺や宗派に属しているということはないようだ。
空き地・廃墟もあるにはあるが、非常に少ない。
湯ノ沢は農村にありながら農地がなく、農林水産業者は1軒もなかった。全ての世帯が製造業あるいは土建関係のサラリーマンあるいは日雇いであり、農村にありながら都会的な職業に着いていた。仕事でも婚姻関係でも部落外との交流が多かったという。
車が入ってこれないような場所でも空き地や空き家が少ない理由は、この光景を見れば分かる。堤防沿いに自動車が整列している。ここが住民共用の駐車場になっているのだ。住宅が密集してはいるが、言わば天然の団地のようなもので、都会の感覚ならマンションの駐車場で乗り降りするようなものだ。
無論、関西の同和住宅にありがちな、セルシオや鬼キャンのワゴンRが停まっていたり、廃車が放置されているといったことはない。
鳶職をやっていたという住民から話を聞くことが出来た。
あんたどこから来たんだと聞かれたので、神奈川県から来たと言うと、自分も神奈川県で働いていたことがあると答えた。昔、小田急電鉄が林間都市計画というのを進めていて、大和市の近辺で大規模な宅地開発をしており、その現場に出稼ぎに出ていたという。
それだけでなく、高度経済成長期に全国各地の建設現場を飛び回り、「本州で仕事に行ったこがないのは滋賀県くらい」と豪語した。
自分だけではなく、同じような仕事をしていた人が部落には多く、大いに稼ぎ、それで家を建てたという。周辺の村は農家が多かったが、ここは土地がないので皆が職人をやり、今は普通のサラリーマンが多いという。結果的には下手な農家よりもずっと儲かったということで、ある意味、時代を先取りしていたわけである。
無論、部落ということを気にする者はいない。ただ、「タイシ」という言葉があったことは知っており、何となく良くない意味だということくらいしか分からないという。
もう1つ気になっていたこと、なぜ「小池」ばかりなのか聞いてみた。
その理由は、村での言い伝えによれば、もとは「大池」と名乗った平家の落ち武者の一族で、平家方であることが分からないように「小池」に改姓したという。
https://youtu.be/ejWg8EIjac0
姫路とか探訪してみては?
こういうところのほうが真の解放されたところのようですね。
ところで、高浜町のMさんて激昂したとか言われてますが、ご住所はNのほうではないですか?
2年ほど前ですが湯ノ沢の方は市内で公的書類に住所を書く際
隣接する葛籠山と書いてよいと言われていると聞きました
それは興味深い話です。
ただ、湯ノ沢は住所表記上は葛籠山に囲まれた平林の飛び地なので、
平林では位置が分かりづらいという事情があるのかも知れません
その話自体は部落とは関係ないかも知れないですね。
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