湯河原町は神奈川県の南西の端にある。そして、ここにも部落があり、戦前の記録では36世帯、雑業が主であった。
神権連の機関紙『人権のとも』には、この部落について詳しく解説されており、湯河原町によって同和地区指定されていたことが記されている。
国道135号本道と真鶴道路が並行している海岸沿いに部落がある。
適当なコインパーキングに車を停めると、「クロンボ」という名前の海の家が。本サイトでは全国「くろんぼ」探訪というシリーズを行っているが、長らく中断していたので、この機会に「クロンボ」の由来について聞いてみた。
「クロンボというのは今は差別用語だけど、昔そういうのが流行った時期があってね…」
と、あまりにも普通(?)の答え。ここも1960年代以降のダッコちゃんブームの頃に登場したクロンボだった。ただ、店の名前にイチャモンを付けられたことはないという。
『人権のとも』に出てくる稲荷神社の場所を聞くと、ここからさらに西に歩いて郵便局があるい角を曲がればよいとのこと。
言われたとおり歩くと、吉浜郵便局があった。
部落の中は道が細く、軽自動車でなければ入りづらい。ただ、側溝があり、下水が整備されており、臭突がある家は見られない。やはり事業が行われていたものと考えられる。
いくつか廃墟があり、やや隔絶感がある。
この新崎川が部落の西側の境界である。この川には鮎がいるようで、鮎釣りをしている人がいた。また、子供が水遊びをする様子が見られた。水が綺麗なので、海で泳いだ後にこの川で泳ぐとよさそうだ。
高級車が停まった豪邸が1軒だけあった。
川沿いには朽ち果てた家と空き地が。
土地が道路に面しておらず、川べりを通って行くしかないので、こうなってしまったと考えられる。
趣のある民家の2階にある構造物の中では、鶏が飼われていた。昔ながらの相模の田舎の風景がここにある。
見上げると、大きな木と神社の屋根らしきものが見える。
坂道を上がると神社が現れた。
ここが吉浜稲荷神社。他の部落で見られたような、白山神社から変わったものではなく、古くからの稲荷神社だ。昔の日蓮宗は神仏習合の傾向が強く、今でも日蓮宗の寺の境内には稲荷神社がよく見られるが、それに近いものだろう。
神社の寄進者を見ると、現在の東京都など遠隔地からのものが多く、単に部落の神社という枠に収まらない神社ということが伺える。
社殿の裏手にはトイレが。例大祭は部落外からも人が訪れて賑わうそうなので、こういったものも必要なのだろう。
『人権のとも』によれば、この稲荷神社には徴兵逃れのご利益があり、厚木の人が戦前に参拝したところ、その願いが聞き届けられ、戦後にお礼として鳥居と釣鐘を寄進したという。
それを裏付けるのが、鳥居と釣鐘に刻まれた寄進者の名前と住所。厚木市飯山の福住さんという方であることが分かる。ちなみに、厚木市飯山にも日蓮宗の檀徒の部落がある。
これは偶然ではなく、神奈川県の部落には何らかの横のつながりがあったのではないだろうか。
厚木の福住氏が願いを叶えるために参拝を重ねたことが書かれている。しかし、その願いが徴兵逃れだったことまでは書かれていないようだ。
神社から階段を上がると日蓮宗千歳山最上寺がある。千歳ヶ丘という名前はこの寺の山号に由来するものと考えられる。
墓地があるが、名字は特に他の神奈川県内の部落と共通性があるようには見えなかった。
さらに細い階段を上がっていくと…
この辺りには昔は畑しかなかったはずだ。
とても眺めがよい場所がある。
部落の裏手の高台は完全に高級住宅地。ガレージ付きの豪邸が立ち並び、高級車がいくつも停まっていた。
その場所のすぐ目前にさきほどの墓地と寺と神社があり、部落を見渡せるが、そこに行くには大回りしなければいけない。
部落と高級住宅地は隣り合っているが、お互いに行き来しにくいように道が通っている。意図的にそうなっているのか、偶然そうなったのかはよく分からない。
小学生の頃夏休み終わると男子は皆クロンボになってたけど、今は差別用語なのですね・・・
今みたいに健康被害が出るほどの気温でもなく、外でよく遊ぶ健康的な感じでしたが今はその言葉とともに蓋をされた感じですね
クロンボ、 って聞くと30年ほど前に恵比寿の駅前にあったハイカラなカルピスの看板(ネオン?)を思い出だす。昭和ロマン的なヤツで人気もあったはず。差別を訴える活動家のおかげで姿を消してしまったな・・・。文化も消えていくんだね。良いとか悪い、好きとか嫌いでは無くてね。両方あって良いのに…。それが出来ないのが活動家なんだろうね。かわいそう。両側の意見に耳を傾けられるバランス感覚は大変大事だと思う。昨今の炎上騒ぎに相乗りする輩も疑問があるな。池袋の事故の署名運動みたいに・・・。違和感ないのかな?署名があろうが無かろうが、法によって裁かれるベキ。署名で処罰の重さが変わるようなら、この国も韓国と同じ。世論が正義、世論に伺いを立てる司法って何だ?この国は美しい国のはずなのに・・・。みんな自分の頭で考えているかな?
全くです
心に余裕を持つべきです
徴兵逃れのご利益って情けないなあ
それはそうとして部落に軍人のお墓が多いのは部落民は危険な場所に送られたから戦死者が多いとか、1つの部隊として行動するなかでわざわざ某が部落民だから危険な任務を与えようとかそんなことできるわけないじゃない。
そういうひがみ根性のような被害者意識がそんなあり得ない妄想を生んだんだろうな。
お国のためとは言いながら人の嫌がる軍隊へ志願で出てくるバカもいる
という歌がありますし
徴兵検査の前に醤油を一気飲みして体調を壊すという方法が広まったといいます
本音では軍隊に行きたくない人は多かったでしょう
神頼みしてでも徴兵逃れたい気持ちはわかります
北原泰作によると、
「各地の連隊区司令部が水平社運動に参加している「部落」の壮丁を忌避する傾向があったので、水平社運動の第一線で活動している私たちのあいだでは、水平社は徴兵除けの神さまよりご利益がある、と秘かに語り合っていた」(『北原泰作部落問題著作集 1』135ページ)
という。そりゃそうだろう。司令部としても、うるさいことを言う連中は兵隊として使いにくいだろうから。
北原秦作は差別されてたというより
上官からも恐れられてたっていいますね
普通に強制Twitterは駄目やろ
何でこれをやらない
白山社 所在:東方字本郷 坪数9坪
祭神:白山彦命 社格:無社格 創建年月:不明
祭日:9月15日 氏子:信徒12人
矢倉神社祠掌 兼 臼井道利
慌てるコジキはもらいが少ないと言います
家やガードレールにまで注連縄をしてありますが、
なんなんでしょうかね
お祭りの時期だったんじゃないでしょうか
福住って関西の少し郊外の山間部とかに地名としては散在してますよね。流れているんでしょうか?
本行寺本堂改築喜捨芳名より
吉濱村
https://twitter.com/fujinakamikan
ここは神奈川というより、豆州三島の配下。
伊豆長岡村と関係は以前からネット上でも指摘がある。
又、ここには記載が無いが、三島や長久保村からの入植もある。
この本行寺本堂改築喜捨芳名の内9名は、
吉濱稲荷の玉垣に記載の奉納者と姓・名が一致している為、製作時期が近いものと推定できる。