菊池山哉は向井の古村に関して次のことを書いている。
○毛呂の農家五十戸、山根村六戸。
つまり旧毛呂村だけでなく、旧山根村にも少戸数の古村あったということである。

前回クエストした向井は毛呂村、山根村はその南隣であり、現在の毛呂山町葛貫に古村があったことは分かっている。そこも農村であり、副業は草履など。葛貫では竹細工である桜箕の製造がさかんであったというが、それは古村に限ったものではないようである。
条件に合うのはこの辺り。

かつては6軒ということだが、現在はその半分くらいのように見え、いくつか廃墟がある。


空き地が多く、人が出ていってしまったのかと思ったが、過去の航空写真などと比べると、昔からここはあまり変わっていないようである。

ところで、今年は埼玉イヤーとなりそうである。全国部落調査によれば、埼玉県には263もの古村が存在する。無論、掲載されていないものや、逆に現在では消滅してしまったものもあろうが、大体そのくらいの数と見てよいだろう。

郷土史家、菊池山哉はそのうち50箇所程度を訪れている。筆者はその記録を超えるだろう。

本サイトは100年先も参照される、貴重な記録となるはずだ。読者におかれても、ぜひ埼玉の古村について、情報をお寄せ頂けると大変ありがたい。弾圧に屈してはならない。

葛貫の古村については、白山神社があったとの記録は見つからない。ただ、山根村水平社が結成され、水平社運動があったようである。


墓地からは時宗であることが分かり、これは向井と共通している。

これはいずれも馬頭観音である。

年末の平日の昼間で閑散としており、誰もいなかった。向井と同じく、昔のことを知っている人に会えそうな気がしなかった。




まさに現代の菊池山哉ですね。特に埼玉はエセ同和の本場ですから、探訪しがいがあると思います。番外編として、でっちあげ同和地区の草加市吉町も取材する価値があるのではないでしょうか。吉町は歴史的な旧賤民の集住地ではないのに都内から皮革業者が移転してきただけで同和地区指定された異常な地区です。
弾圧に負けず、頑張ってください。
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埼玉県は関東におけるエセ同和行為の本場です。解放同盟埼玉県連越谷支部もエセ同和です。越谷市に旧賤民の集住地はないのに、市内の2地区を同和地区指定させて補助金を貪っていたわけですから(『改題五○号記念 日本同和新報 保存版』132頁)。
「部落暴きだ」などとイチャモンをつけられる余地がないよう、中原京三「追跡・えせ同和行為」路線で行くといいのではないでしょうか。
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解放同盟埼玉県連越谷支部長が人権講演をしていますが、どうやらこの人は単なるサラリーマンあがりの三味線職人らしい。苗字からして旧賤民にルーツがあるかどうかも怪しいものです。
そもそも越谷市に旧賤民の集住地はないのに、なぜ解放同盟埼玉県連の支部があるのか。公金の動きはどうなっているのか。ぜひ取材していただきたいものです。
https://www.city.koshigaya.saitama.jp/koho_pdf/1990/0865_H030101.pdf
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白山神社は葛貫住吉四所神社に
祀られています。
桜蓑は戦前最盛期に農家60戸くらいが作っているから関係ない。
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桜箕だな間違えた。
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