学術・研究:部落探訪(272)香川県 高松市 田村町 上馬場

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By 宮部 龍彦

香川県最大の部落はどこかと言えば、高松市田村町である。昭和初期の部落名は上馬場、150世帯と記録されているが、現在のその場所を航空写真で見ると、ニコイチだけでも200棟程度。つまりは少なくとも400世帯はある。

そして、この部落は、かの有名な「高松差別裁判」に縁のある場所でもある。

田村町の大規模ニコイチ群の壮観さを、静止画や通常の動画でお伝えするのは難しい。今回はGoPro MAXによる高解像度VR映像を撮影したので、ぜひ現地に行ったつもりで実感して頂きたい。

高松差別裁判と言われる事件、人権啓発等の場面では、部落出身者が女性と結婚しようとして連れ出したが、部落出身であることを隠したことを理由に誘拐罪に問われ、有罪判決を受けた事件として知られる。その有罪判決を受けた人物の出身地が現在の高松市田村町というわけである。

しかし、事件の内容はもっと複雑で、少なくとも部落出身を隠したことを理由として有罪判決を受けたのではない。

この事件の内容の詳細があまり語られることはない理由は、無論同和事業を推進する側はこの事件を単純な部落差別の実例として印象付けたいという政治的背景もあるが、内容があまり子供向けでなく、啓発に向いていないということもあるだろう。詳細については、Youtubeでも説明しておいた。

事件についての一次資料が『部落問題・水平運動資料集成 第三巻』に掲載されている。

昭和8年6月3日、裁判の被告人、山本雪太郎と久本米一をそれぞれ懲役10ヶ月、懲役1年とした判決の理由にはこう書かれている。

 被告両名は異父兄弟にして香川郡鷺田村大字馬場に居住し鉄屑等の売買を渡世として、僅かに一家の生計を支え居れるものなるところ、昭和七年十二月十五日岡山県下津井より帰宅の途次、発動機船千当丸内に於て仲多度郡四条村石原新太郎の長女にして、当時丸亀市新町ローヤル食堂に女給奉公中の政江(大正四年八月一日生)と相知るや、被告人米一が昭和七年三月頃其内縁の妻山条タケ子と離別し、昭和八年一月よりは其子清(当四歳)を右タケ子の手許より引取り養育することと為り居りたるより、川辺健一及大藤重之と謀の上、政江を誘拐して米一の妻たらしめんと企て、同日坂出港桟橋付近の飲食店王越屋其他に於て政江に対し、女給奉公を継続する間には次第に前借金嵩み遂には遊廓に身を売らるるが如き悲境に陥るべきを以て、早く堅気の男と結婚して其身を固むるの得策なることを説きたる上、被告人米一は自動車部品の売買業に従事する商人にして相当の財産と信用を有し、家には老親のほか何等係累なき独身者なれば、同人の妻として之と同棲し呉れたい。前借金は直ちに被告人等に於て調達する旨甘言を弄して政江を誘惑し、以て同夜同人を坂出町西通町木賃宿錦屋事三野七五三八方に連込み米一と同宿せしめ、其翌十六日朝更に右三野七五三八方より政江を香川郡鷺田村大字馬場の被告人居宅に伴い行かんとしたるも、政江が被告人等の右鷺田村大字馬場の出身老たることを嫌忌し、其意に従わざるべきことを察したるより、寧ろ其居村以外の地に居所を構うるに如かずと為し、同日同人を伴いて一先ず被告人等の知人たる高松市栗林町富永本蔵方に落着き同所に二泊せしめたる後、政江に於て一応前記四条町の親許に帰宅したき旨申出でたるを以て、十九日迎えに行くに依り、同日午後一時を期し琴高電車板井停留場付近に待合わすべき旨堅く誓約せしめたる上、被告人雪太郎付添い其親許に政江を送り届け、被告人雪太郎は十九日前記約束の場所に於て政江と落合い再び同人を高松市塩上町吉本恒次方に連一戻り、其後同市藤塚町二十九番地に一家を借入れ、二十三日に至るまで同所に於て米一と同棲を余儀なくせしめ、以て誘拐の目的を遂げたるものなり。
 証拠を案ずるに判示事実は、一、被告人久本米一及び山本雪太郎の当公廷に於ける各判示同趣旨の供述、一、被害者石原政江に対する予審訊問調書中判示に照応する被害顛末の供述記載を綜合して之を認む。よって判示犯罪事実は其証明ありたるものとす。

Youtubeの解説動画では政江は19歳と言ってしまったが、これは数え年で、満年齢では事件当時17歳である。それを自分には子供がいるのにいないと言い、借金を返すあてがないのに返せると騙して連れ出したということになるので、今の基準でも誘拐罪になってしまいそうである。

なお、当時は予審という制度があり、被告人を裁判にかけるまえに、裁判に値するか事前に予審判事が審査する制度があった。予審の決定書には公訴事実として次の通り書かれている。

 被告雪太郎・米一両名は父違いの兄弟にして香川県鷺田村大字馬場に居住し、鉄屑等古物の行商を為すものなる処、米一は昭和七年五、六月頃三、四年前より同棲し、当四年の清と称する一子迄儲けたる内縁の妻山条竹子と離別し独身のものなるが、同年十二月十五日大藤重之ほか一名の行商仲間と岡山県下津井港より帰航の船中にて、たまたま同船し居たる仲多度郡四条村川滝石原新太郎の長女にして当時丸亀市新町ローヤル食堂に女給奉公中なる政子事石原政江当十九年(大正四年八月一日生)が煙草を喫し近付き易ぎを見、言葉をかけて知合いとなり、同日午後四時頃同女が坂出港に下船し立去らんとするを呼止め之を勧誘して、同港北海岸の飲食店王越屋事中山慶次方に同行し、酒の相手を為さしめ、其間同女より前借約四十円にて前記ローヤル食堂の女給を為せる事等を聞き、同女が十七、八歳の年少者にして誘惑に応じ易き傾向のものなるを認め、之を奇貨として被告両名共謀の上甘言を以て右政江を誘惑し、被告米一と結婚せしめんことを企図し、自分達は高松の者にて自動車及び其付属品の売買を為す商人なる者と欺き、右政江をして被告等が相当の商人なる如く誤信せしめ、米一は独身にして働き者なる故同人の嫁にならずや、ローヤルの前借金は直ちに之を支払い遣り、其上両親の承諾も当方に於て受け遣るべく、尚米一には年老いたる両親有るを以て之を大切にし、又家にて御飯さえ焚けば宜しき等、種々甘言を弄し、一方自分等が屑物買にして鷺田村馬場の者なる事等、其他身分上不利益なる事情を隠蔽し石原政江の歓心を買い以て誘惑し、王越屋にて飲食後米一は同女を同町の活動写真館に同伴見物せしめ、故意に時間を遅延せしめて其帰宅を不能ならしめ、遂に同夜は予て常宿とせる同町字西通町木賃宿錦屋事三野いさ方に同宿の止むなきに至らしめ、米一は強て同女と同衾情交し、翌十六日は高松に到り自己等と同部落の出身なる同市栗林町富永本蔵方に隠匿し、同女が漸く不安を抱き親許に帰らんことを懇請するや、爾来常に前回趣旨の甘言を弄して其歓心を買う事の承に努め、傍ら其逃走を防ぐべく入浴に行くも監視を怠らず、同月二十一日より更に同女を移して同様部落出身なる同市花園町吉本恒次方に隠匿し、ついで二十二日二十三日の二日間、同市藤塚町二九番地に一戸を借受け、米一と同棲を強い以て之を誘拐したるものなり。

この通りであるとするならば、現在の基準でも未成年である女子を騙して連れ出し、半ば情交を強いたということになるので、誘拐のみならず淫行にも問われそうである。

しかし、年端もいかない娘をこのような境遇に追いやった石原新太郎もロクでもない親である。

今でも家出中の少女を自分の家に匿って誘拐で逮捕されたものの、なぜか起訴猶予とされる事件が時々ある。その理由は、親も相当悪質で、誘拐した側がむしろ良心的なケースがあるからと聞く。

しかし、「高松差別裁判」の件では少女を騙して連れ出して淫行した久本米一とその仲間もやっぱりロクでもないので、石原親子の問題はともかくとして、やっぱり有罪にせざるを得ないだろう。

このように、「高松差別裁判」は部落出身者が部落出身を隠して結婚しようとしたことを理由に誘拐罪に問われた事件とは言えないことが分かる。しかし、なぜこれが差別裁判だと言われているのか?

まず、予審判事による決定書には、決定理由に次のことが書かれている。

 被告人雪太郎・米一は異父の兄弟にして特種部落に生れ、香川郡鷺田村大字馬場に住し、家貧困にして鉄屑類の古物行商に依り僅かに生計を営み、米一は昭和七年五、六月内縁の妻山条タケ子と離縁し昭和八年一月よりはその子清(当四歳)を引き取り養育すべきこととなり居たるところ、昭和七年十二月十二日被告人両名は同部落の親戚川辺健一と共に岡山県下津井方面に鉄屑類の古物行商に出掛け、同月十五日香川県坂出港に向い帰航の際、発動機船千当丸内に於て仲多度郡四条村大字川滝石原新太郎長女政江(大正四年八月一日生)と偶然乗合わせ、同港桟橋に同女が下り立ちたる際同乗の知人大藤重之等と共に同女を呼び留め、付近飲食店王越屋に伴い行き酒席に侍せしめて、同女の身元等を聞き乱し、同女が前借参拾七円にて丸亀市新町ローヤル食堂に抱えられ女給奉公中なることを聞き、甘言を以て同女を誘惑籠絡し、米一の妻たらしめんと企て結婚の目的を以て同女を誘拐せんことを共謀し、右重之・健一等と共に、女給として転た奉公し廻るに於ては前借いたずらにかさみ末は遊廓に身を売られ一生を誤るに至るべきを説き、早く身を固め堅気の男と結婚するの利なるを勧め、米一が特種部落の出身にして古物屑買の渡世を為し先妻と別れて一子清を擁し居れる実情を告ぐるに於ては、到底同女の意を動かし難きを慮り、ことさらに之を秘し、右王越屋又は其他の場所に於て雪太郎・米一よりこもごも米一が兄雪太郎と共に古自動車又は其部分品の売買を業とし、未だ独身にして家は唯老親に対する奉仕の承にて事足るべきを申向け、前借金の如きも到底速急に調達し得べき見込承なきに不拘、前借は高松にさえ来らぱ直ちに支払いやるべき旨申詐り、米一と結婚すべきを勧め因て同女の意を動かし、同十五日夜は坂出町西通町木賃宿錦屋に米一と共に宿泊せしめたる上、十六日香川郡鷺田村大字馬場の自己居住部落に伴い帰るに於ては、直ちに自己等の身元、家情、業態等同女に暴露し、同女の翻意を濁らすに至るべきを虞れ、自宅に伴い帰るを避けて、特に高松市に伴い帰り、十六・十七の両日は同部落出身の高松市栗林町富永本蔵に託し、同家に米一と共に宿泊せしめ、十八日は同女の懇請を容れて雪太郎付添の上、同女を右仲多度郡四条村の親許に帰らせ、十九日更に右木賃宿錦屋に連れ戻り、二十・二十一の両日は同部落出身の高松市塩上町吉本恒次に託し同家に宿泊せしめ、二十二日同市藤塚町二十九番地に家を賃借し、二十三日迄同家に居住せしめ、以て米一との同棲を余儀なくせしめ、甘言詐謀を用い同女を誘惑籠絡して誘拐したるものなり。

見ての通り、「特種部落」という言葉が2回出てきて、米一が部落出身を隠したことが犯罪の要件の1つであるかのように読めるのである。

そして、本裁判では検事が「被告人雪太郎、米一は異父兄弟にして特殊部落に生れ」、「米一が特殊部落の出身にして古屑買の渡世を為し、先妻と別れて一子清を擁し居れる実情を告ぐるに於ては、到底同女の意を動かし難きを慮り、ことさらに之を秘し」と述べたことから、これは差別的言辞であると水平社から促された弁護士が追及したと記録されている。

検事はそのことに応答しなかったというが、最終的な判決から「特種部落」という言葉が除かれているのは、これが影響しているのではないかと考えられる。

判決に「特種部落」という言葉はないが、水平社は公判中の検事の言動のみならず、米一らが貧乏な行商人であることも、借金を返す金を工面できなかったことも、全て身分関係に直接の原因があるものだとして糾弾した。

水平社は「政江を三十七円の金でカフェーに売込んだ彼女の父は、金になる娘を奪ったと一途に久本等を憎んで誘拐罪として告訴した」と石原新太郎に対しても非難している。

水平社は予審判事の山下雅邦、判決を出した三浦通太、小林種吉、久留実治裁判官、そして白水勝起検事を懲戒免職にすることを要求した。

この事件については、融和団体でも問題とされ、『全国部落調査』を作成したことで知られる財団法人中央融和事業協会は司法大臣に対の陳情を提出した。

 さきに高松地方裁判所に於て審理を遂げられたる標記の件に関し、予審調書、予審決定書、公訴事実の陳述等の中、「米一・雪太郎は特種部落の者であるが」、「特種部落に生れ」、「特殊部落出身にして」等の表示ありたることは、法制上に現存せざる特殊部落なる身分の存在を表現せられたることともなり、その及ぼす影響極めて甚大なるもの有之、近時極めて順調に発達し来,りし融和事業に悪影響を及ぼし、之が進展を阻害し、かつ融和事業関係地区住民としては、単に事件発生の香川県下の承にとどまらず、全国関係各府県に亘り何れも大いに憤激して、その職業を批ち之が対策を講ずるため、或は協議会・講演会を開き運動資金を募る等人心騒然たるの実状に有之候。
 地方各融和団体に於ても由をしき問題として之が善後策に関し中央融和事業協会に進言し来りたるもの二、三にとどまらざる現状に候。
 右の次第につき、貴庁に於て此際適切の御措置を講ぜられ、地方人心の安定と融和事業達成上支障なからしむるよう何分の御高配相煩度候。

政府の外郭団体からもダメ出しを食らったので、司法次官から裁判で差別言辞を使わないように通達が出された。判決の結論をともかく、特種部落あるいは特殊部落という言葉を遣ったのがまずかったということなのである。

結果として、白水勝起検事は左遷され、三浦通太裁判官は退任した。決定書に特種部落と記した山下雅邦予審判事等、他の関係者の消息は調べても分からなかった。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(272)香川県 高松市 田村町 上馬場」への12件のフィードバック

  1. 匿名

    二戸一って誰でも入居可能なんですか?
    家賃は安いんですか?
    安く住めればいいですね。関東は家賃高いもんな。
    関東人はあまり部落とか差別とか
    気にしないな、部落とか知らない人の方が多いよ。
    逆の意味で東京は変な奴多過ぎだからね。

    返信
    1. 鶴尾小・中学校OB

      現在の事は分かりませんが、今から40年くらい前は家賃・光熱費ともタダだったと聞いています。

      返信
  2. 頑固もいいけど宮部さん

    数え19歳は完ぺきに間違いですよ

    早く訂正しなさいよ

    コメントに反応するより、ご自分の誤りを正すのが先ですよ

    返信

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