首都・東京の顔を決める都知事選(7月5日投開票)だが「4年に一度の罰ゲーム」「トンデモ候補の乱立」といった嘆き声も…。現職の小池百合子氏の優勢が報じられる中、メディアやSNS上で注目されるのはれいわ新選組代表・山本太郎候補だ。「足りないのは愛と金」をスローガンに「都民に10万円」「授業料1年間免除」など生活支援を前面に出した公約が特徴的。そしてその政策の根拠とするのが15兆円の都債の発行である。しかも山本氏の主張によればなんと総務省の「お墨付き」というのだ。官公庁が特定候補の公約にお墨付きを与えるというのは果たしてありえるのか? 実はそこには山本氏らしい策があった。支持者たちは「15兆円音頭」と盛り上がるが―――。
今回の都知事選、奇抜なパフォーマンス、奇行、コスプレ、イベントのような選挙活動が散見された。政治を志すというよりはむしろ自己PR、自己表現の場? 考えてみれば300万円の供託金を支払えば約1400万人の都民に名前が売れる。突拍子もない活動をすればSNS、ネットニュースで取り上げられる。例えばオンラインサロンのようなビジネスを狙うならば格好の投資かもしれない。
一方、香港ではごく普通の選挙制度を求め市民が悲壮なデモを続けている。同じ東アジアでこの違いは一体、何だろう。こういう疑問も頭が固い、杓子定規と言われかねないから、お祭り都知事選も自由と民主主義の一形態としておこう。
対して変わらぬ人々もいる。日弁連元会長の宇都宮健児氏の陣営は従来からの野党・左派型の選挙活動だ。おそらく支持者もよく知らないであろう活動家たちが応援弁士としてやってきては「応援」というよりも「自己主張」をしている。活動家たちの一種のトークショーだ。都内各地で開催された街頭演説ではそれなりに聴衆を集めたが、そこはかとなく漂う“動員感 ”も野党統一候補の何たるやが見えた。弁士を見るとかつては原発問題に熱心だった方も。そういえば宇都宮氏も山本氏もかつては「脱原発」を掲げ活動家たちも追随したが「東京から脱原発」とやらはどうなってしまったのか。
宇都宮氏と同じくリベラル・左派層から支持される山本陣営はやや毛並みが違う印象だ。運動員も自然派生的、演説会場も手作り感がある。当日のボランティアスタッフは登録などの手続きは不要でその場で集まるだけ。
「ではボランティア希望の方は集まってください」
演説の30分ほど前にレギュラーのスタッフから説明が始まる。近くにいたら誘われたので聞いてみた。ボランティアは「ボラ」と書かれたピンク色のガムテープをつけるだけ。
「ビラを配布する時、マスクをしているから通行人の方にこちらの笑顔が見えません。しっかり相手の目を見れば優しさが伝わります。意識してやってみてください」
自己啓発のお手本のようなガイダンス。妙に温かみと開放感があった。何だろう? なぜか良い人になれた気になった…。従来の野党系候補の運動員と言えば人生の憂鬱を政治活動で念晴らしするかのようだ。あるいは保守系候補の場合、運動員ががなり立てることも。ここにはそういう暗さや粗雑さがない。現状、左派票を二分するであろう山本・宇都宮両候補だが、双方の評価・手腕はともかく「幅広い層に理解を求める努力」と「熱気」については圧倒的に山本側に軍配ではないだろうか。
この通り、山本陣営の熱気は群を抜いているが、抜群の演説の巧さに加えて生活支援を前面に押し出したからであろう。国政においては「消費税ゼロ」「奨学金チャラ」という公約で注目されたが、都知事選では10万円の給付金が目玉のようだ。そしてこの予算の根拠が15兆円の都債発行というのである。15兆円とは都の年間の予算とほぼ同額。山本氏自身「MMT」(現代貨幣理論/政府はいくら国債(借金しても)を発行しても良いという考え方)の信奉者であり、15兆円の都債発行を支持する専門家も少なくない。
総務省が15兆円のお墨付!?
通常ならばこうした政策はバラマキとして一蹴されるか、野党系の候補にありがちで「言うだけタダ」と揶揄されたかもしれない。しかし「15兆円都債」が特徴的なのは、山本氏が「総務省も認めた」と訴えていることだ。その発言を拾ってみる。
総務省とずっと話し合いをしてたんです。で、出てきた答えは何か? 東京都が今、最大限、金を作れるとしたらどれくらいなのかっていう話に対して、総務省の答え、「20兆円以上でも問題ないです」と。そういう話なんです。でも20兆、それ言われた通りにじゃあ25兆円調達します、みたいな話にはならない。どうしてか? このコロナによって、おそらく次の税収は減ります。そう考えると、あまり無茶をし過ぎるというのはよくない。例えばその総額でっていう風に表していたとしても。なので、最大限やっても15兆円あれば、皆さんに、完全な底上げをしていくことができるだろうという想定のもとです。
6月23日 渋谷駅ハチ公前の街頭演説
私の政策では、一度に15兆円をいっきに調達するわけではない。総額の金額。必要な分を必要なだけ事前に調達していく。これなら問題はなにもない。小池さんがこのコロナのあいだで補正予算を何度も通したが、そんな感覚で考えていけばいい。結果蓋を開けてみたら、それが15兆円ではなく、8兆円なのか6兆円なのか、いくらかかるかはわからない。でも、総務省からは、全体で20兆円を超えても、東京都としても財政健全化を担保しながらやっていけるというお墨付きをいただいている。
6月27日に開催された公開討論会(主催・ChooseLifeProject)
ならば独自で、東京都独自として15兆円位。私は総額15兆円で都債を発行する地方債を発行する。総務省からは20兆円以上調達をしたとしても東京都の財政の健全性は保たれると。それによって国の介入であったりとか、日銀に頼るとかそういう話にはならないです。そういうお墨付きをいただいております。
6月28日に開催された公開討論会(主催・東京青年会議所)
主な発言を抜き出してみたが、これは「切り取り」ではなくそのまま15兆円と主張したもの。「総務省」が15兆円都債の裏付けとして挙げている。さてこれは個々人の解釈、言語感覚の問題になるかもしれないが、山本氏の言ではいかにも「総務省が東京都は15兆円都債発行を認めた」という風に聞こえる。都債発行は総務大臣の同意が必要だが、その担当省が「お墨付き」というのだ。
しかし腑に落ちない。事なかれ主義の日本の官公庁、それも巨大組織の総務省が特定候補にお墨付きを与えるものだろうか。ただ公衆の面前でしかも選挙の公約に「総務省」と嘘をつくのも考えにくい。何らかの形で接触はしたのだろう。あるいは都が発行できる都債の限度を総務省に照会して「15兆円」との回答を得た。これをもって総務省のお墨付きとしたのか、当初そんな風に考えていたが少し事情は異なっていた。
総務省関係者がこう打ち明ける。
「総務省への照会があったのは事実です。しかし15兆円のお墨付きではありません。つまり財政再建団体化することなく東京都の公債費比率で発行可能な都債はいくらか? という聞き方をして総務省が制度上の理論値を回答したところ、それを逆手にとって15兆円の都債を総務省が認めた、としているのです」
つまり「総務省が認めた」とは実相がかなり異なる。公債費比率とは「地方公共団体の一般財源総額に占める公債費の比率」だ。平成30年度「東京都年次財務報告書」によれば都の実質公債費比率は1・5%と全国でもダントツ。山本氏らしいと言えばらしいやり方だ。逆に言えば山本氏に言質を取られてしまった格好の総務省。この点について担当する同省地方債課に今週頭から確認作業を続けたがついぞ「担当者は不在」という以外の回答はなかった。これは有権者の選択を左右しかねない大きな問題だから正確に確認したかったが、一応最後まで確認の努力をしたことは理解してもらいたい。
討論会では宇都宮氏や元熊本県副知事の小野泰輔氏からも15兆円を疑問視する意見があった。しかし言ったもの勝ちの乱打戦の様相すらある。これで支持者を広げたらば山本氏の戦略勝ちだ。
総務省を踏み台にした格好だが、こんな荒業は山本氏だけのアイデアだろうか。あるいは入れ知恵があったか。以前、弊誌も注目した山本氏のブレインと噂される斎藤まさし氏に聞いてみた。
「僕がアドバイス? ないない(笑)。太郎一人で考え付くはずがないって? そんなことはないですよ。山本太郎は本当によく勉強しているし頭がいいよ。そうでなければ討論会でもあんなにスラスラ発言できないから。相手に反論されないように総務省と話し合いを続けた上での立候補だからね」
大筋、関係者の証言と一致する。また実現性については
「東京の公債費比率は全国トップで超優良財政でしょ。都債を引き受けたい銀行も多いと思うよ。15兆円と言っているけど私は20兆円までは大丈夫と思う。何も一年で返済するわけじゃないでしょ。30年ぐらいで償還と考えたら十分返済できるよ」
斎藤氏は直接、選挙には関与していないということだが、都債に関する考え方は山本氏と近い。というよりそのままだった。
過去、最大の都債発行額は1兆円
山本氏本人が「一度に15兆円をいっきに調達するわけではない。総額の金額。必要な分を必要なだけ事前に調達していく」と言う通り、何年の間に15兆円の都債を発行するのかはっきりしない。これだけの莫大な額を総務大臣が同意するのも考えにくい。優良な財政の都とは言え、莫大な都債の引き受け手が存在するだろうか。日銀の買い取りプランも山本氏は挙げるが確実に履行される保証はない。
しかも都債を担当する東京都財務局主計部公債課によれば
「議会の議決や総務省への届け出が必要となり、年間に発行できる都債の最高額は決まっていません。ただ過去、発行した最高額は平成5年の1兆585億円になります」
過去の実績では最高でも約1兆5百億円だ。仮に山本氏が知事に当選して一期4年務めた場合、4年で都債15兆円発行するとしても年間平均で約3・8兆円。この額自体もかなり莫大である。
もし山本都知事誕生で実際に都債発行が議論されようものならば、おそらくMMT派の学者、専門家が後押しするかもしれない。と言っても東京都内のある現役区議によれば
「今、市民と野党をつなぐ会など野党共闘を進める動きがあります。しかし統一候補がMMT派の経済学者の主張を取り入れているということで不支持に回った地区もあるんですよ」
MMTで積極的に所得分配を目指すわけだから左派の支持層には高評価と思いきや必ずしもそうではない。山本氏が知事になったところで実現できる保証など何一つないし、基礎的な支持層になるであろう左派からも論議が起きるに違いない。浮動票を集める上で、15兆円都債というのは大きなインパクトだが実現の可否はまた別の話である。熱狂する支持者たちの姿は何ともいじましくもあるが、本気で実現できると考えているのか謎だ。しかし確実に言えることは宇都宮氏よりも有権者にインパクトを与えたことである。良く言えば戦略勝ち、悪く言えば「疑似餌」という表現も決して誤りではなかろう。
ただ小池都知事も様々な公約を打ち出したが、都民の生活に具体的に役立った政策は全く聞こえてこない。得意の外来語の連発は、もはやささやかな笑いを提供するにすぎない。対して「足りないのは愛と金」のスローガンの下、高らかに掲げた15兆円都債策。壮大な夢想にも見えるが、コロナウイルス禍の中で生活に疲弊した市民にとって希望と癒し効果はもたらしたと言えよう。