6月12日の投稿記事で愛くるしい犬だがこのもか吉をめぐる陰惨なトラブルがあったので、これは次号に続くとしたので予告通り話を進めたい。熱心な愛犬家や犬マニアならばパトロール犬、もか吉をご存知かもしれない。和歌山市の「ぼうはんパトロール犬」事業で第一号の認定を受けたボランティア犬だ。もとは捨て犬だったのを市内在住の原田(当時、吉増)江梨子氏が保護しやがて地域の見守り活動に参加。ぼうはんパトロール犬になるとTV、新聞等、各種メディアが取り上げ一躍、全国区のアイドル犬に。さらに動物保護活動、福祉活動に関する講演会・各種イベントにも引っ張りだこだったが…。至福の時間は短かった。カリスマ愛犬家として注目された原田氏だが2019年5月、勤務していた動物病院の売上金を盗んだとして逮捕された。その後、もか吉の活躍も聞かない…。もか吉を愛で原田氏を評価した愛犬家たちにすれば残念な思い、裏切られた思いもあるだろう。しかしこの一件を単純に原田氏個人の問題以上に「動物愛護」に潜む“影 ”が透けて見える。
愛犬家スターからの転落…もともとは地域貢献したいという真摯な思いがあったことだろう。2015年2月、和歌山県紀の川市で小5男児殺害事件が発生した。この当時、和歌山市立福島小育友会長の立場にあった原田氏が事件に心を痛めた。そこでペットの飼い主に呼びかけて散歩中の見回り活動を始めた。この取り組みが評価されて市が制度化。それが和歌山市が平成28年9月1日から開始した「ぼうはんパトロール犬」事業である。
市からパトロール犬の認定を受けると飼い主と一緒に市中を歩き見回りをする。子供の登下校などを見守りする取り組みは全国各地にあるが、市公認のパトロール犬が同伴するというのが特徴的だ。もか吉とはその認定第一号のパトロール犬。人懐っこく賢いということで瞬く間に地域の人気者になった。見守り活動だけではなく学校、福祉施設の訪問などでももか吉は人気だったという。そして原田氏も愛犬家、地域住民から一目置かれるようになったが、前述した通り勤務先病院の売上を窃盗してしまったのだ。
当初、もか吉事件を取材するに際して情報提供者ですら「地方の小さなトラブルを深追いして大丈夫なのか」と言われた。なるほど確かに大事件でもなければ、凶悪事件というわけでもない。しかしもか吉問題に「動物愛護」が抱える暗部を嗅ぎ取った。これを検証することは現在の動物愛護、保護活動のあり方を問う一助と考えている。
ご承知の通り、同和問題や在日コリアン、朝鮮半島問題は弊社の有力コンテンツだが「動物愛護」も地道に取材を続けている。過去には長崎市で突如、行方不明になった盲導犬・アトム号の現地ルポも反響があった。人権問題と動物愛護とはまるで分野が異なる問題だが通じるところが多い。これを読み解くには3つのポイントを指摘しなければならない。人権も動物愛護もかけがいのない概念だ。しかしこの3つのポイントが加わるとトラブル、事件、利権につながりかねない。
一点目が「声の大きさ」と言うものだろうか。いずれも政治、行政に対する「要求闘争」という性質を帯び、中にはとてもヒステリックな活動家がいる点も酷似している。このため人権(同和)と同様に動物愛護を持ち出されると自治体側も“無条件降伏 ”になりがち。これは権利闘争の過程で起こりえることだ。人権問題と同様に動物愛護も対応を一歩誤れば激しい抗議につながる。人権なり、動物愛護なり美名の旗頭の下にある「凶暴性」を見逃してはいけない。
それから2点目がメディア露出。人権問題などの市民活動と同じく動物愛護活動もそれまでごく普通の生活を歩んできた人が突如、スポットライトを浴びるということは大いにある。なにしろSNS隆盛の時代だけにたった一つの活動、投稿で一気に名を挙げるという事態も起こりえる。その結果、メディアにもてはやされるのはありがちではなかろうか。しかしメディアに取り上げられた末の挫折も否定できない。原田氏もその一人だろう。
2011年、母犬とはぐれた生後2カ月ほどのもか吉を原田氏が保護。小康状態だった子犬がやがてボランティア犬として成長する。ドギュメンタリ―の素材としてはうってつけだ。不思議なことに一部の動物愛好家やネット住民たちは事件となると異様な攻撃性を見せるが、なぜか同時に美談も好む。
同じく感動したジャーナリストの江川紹子氏が2015年『もか吉、ボランティア犬になる。』(集英社インターナショナル)を上梓した。江川氏と言えば危険を顧みずオウム真理教の取材を続けたことでも知られる国内屈指のジャーナリスト。
特徴的だがSNSの投稿では語尾に「にゃ」をつけるほど愛猫家としても有名だ。そんな動物好きな江川氏だけにもか吉に熱を入れたのもよく分かる。同書は朝日新聞など全国紙でも取り上げられたが、単にもか吉人気というよりも“江川紹子ブランド ”という点が大きいだろう。名を挙げたもか吉にテレビメディアも触手を伸ばした。「動物とラーメンは数字を取る」とはテレビ業界の格言。
『坂上どうぶつ王国 』(2019年2月15日放送)でももか吉が取り上げられたがこの時が原田氏の絶頂期だったかもしれない。彼女はこの数か月後に逮捕されている。
もちろん江川氏のもか吉本に責任転嫁するつもりはないが、なにしろ名うてのジャーナリストのドギュメンタリ―だけに同書自体が一種の信頼性、または「担保」になったかもしれない。そのせいかこんな不満も漏れてきた。
「彼女(原田氏)が逮捕されてから江川さんは(もか吉のことを)全く話題にしなくなった。自分が大きく取り上げたのだからフォローしてあげてもいいのではないか」(地元メディア関係者)というのもよく分かる。
あくまで原田氏の心の弱さが起こした事件には違いない。ただ江川氏は司法関係にも精通した人物であり、更生支援でも積極的に発言している。同氏の不満もこのような江川氏の取材活動を意識してのことだろう。
そして3つ目のポイント。それは政治の関与である。人権問題と同様に動物愛護関係も重要な政治課題になっている。昨年、「改正動物愛護法」が公布されたが改正に向けて与野党議員が多数関わった。また犬猫の「殺処分ゼロ」は今や自治体の合言葉である。国政・地方を問わず殺処分ゼロ運動に関わる議員は少なくない。
もか吉の場合も政治の関与が大いにある。というよりも政治家が関わったばかりに余計に当事者が混乱したようにも見えるがそれはまた後の話。もか吉騒動に絡むのが和歌山市・松井紀博市議。熱心な読者ならもうご存じだろう。【連合自治会長事件】コロナ支援活動で浮上した芦原人脈でも紹介したが、連合自治会長事件の渦中の人、金井克諭暉被告とも懇意にしている人物だ。
松井市議が原田氏の“後見人 ”のような立場になり、事件被害者の病院院長らと折衝を重ねていく。松井市議はパトロール犬事業でも議会で積極的に取り上げてきた。またもか吉との“ツーショット写真 ”を自身の選挙ポスターに採用している。そんな付き合いがあるとは言え、親戚縁者でもない議員が窃盗事件の話し合いの場に出てくるのは不思議な話。
先に挙げた3つのポイントのうち1つの目の「声の大きさ」が原田氏に当てはまるとは言えない。しかしメディアと政治の影響という点ではものの見事に当てはまってはいないか。
そして事件の真相である。もともと看護師として動物病院への勤務経験を持っていた原田氏。2015年の江川本によって愛犬家の間でも有名人になっていた。事件の現場となったアル動物病院(和歌山市新中島)には患畜を連れた飼い主として来ていた。事件について同院の阪井浩巳院長に質問してみたが
「弁済なども済んでいるのでコメントは控えさせてください」
と詳細を知ることはできなかった。
ただ「彼女が初めて来院した時に、新聞や本でも取り上げられているもか吉の飼い主だ、とすぐに分かりましたよ」と言うことだ。
この通り原田氏はもか吉の飼い主として有名人。言うなれば「顔」が履歴書のようなものだ。そんな縁があって原田氏はアル動物病院に看護師として勤務することになった。