部落探訪(19)
大阪府大阪市北区長柄

鳥取ループ By 鳥取ループ

読者の方から、「人間みな兄弟 部落差別の記録」(後編)に出てきた場所の1つが特定できたとのメールを頂いた。そこで、今回の部落探訪は読者投稿編である。

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この、市営住宅が写っているシーンだが、映画ではどの場所か触れられていなかった。

そこで、読者の方が場所の特定を試みたところ、意外な場所であることが分かったという。それが天神橋筋てんじんばしすじ六丁目駅(天六てんろく)の東側にある長柄ながらである。

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映画に出てきた場所の現在の写真とされるのがここだ。この場所は住所で言えば国分寺になるのだが、奥にある公営住宅は長柄中1丁目にある。

この場所である根拠は、大阪府内で1960年以前に、公営の4~5階層の鉄筋コンクリート住宅が建てられていた場所を過去の資料や地図で探し、1つ1つ検証したところ、映画と同じ構図の写真が撮影できる場所はここしかないという結論に至ったという。現在の建物の形は違うが、過去の航空写真から建て替えられたことが確認できるという。

他の読者の方々におかれても、ぜひ検証いただきたい。

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映画にはもう1つ場所が未確定な、上記のシーンがあるが、残念ながらこちらは分からなかった。

長柄は部落というより、スラムとして知られていた土地である。1969年に始まった同和対策事業の対象地区とはされず、1963年の「大阪市同和事業促進協議会10年の歩み」にも掲載されていない。ただ、1935年の全國部落調査には掲載がある。

市営住宅が建てられたことを除いては、同和事業や大規模な開発が行われた形跡はなく、大阪の昔ながらの住宅地の町並みである。ところどころに細い路地があることから、スラムであった頃の面影を見ることができる。

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部落探訪(19)
大阪府大阪市北区長柄
」への11件のフィードバック

  1. そういえば、長柄は大阪三大細民街の一つで大阪最大の不良住宅街でしたね。
    スラムで思い出しました。
    ひょっとして、長柄は「全國部落調査」に乗ってるものだから
    この監督は不良住宅街を見て「これが同和地区だ!」と勘違いした?

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    1. 鳥取ループ鳥取ループ 投稿作成者

      全國部落調査の20戸というのも少なすぎますよね。おそらく、スラムの中の20戸がいわゆる「新平民」の家だったという意味かと思いますが、あの資料は謎が多いです。

      返信
  2. 部落マニア

    全国部落調査では20戸だそうですが、現在の住所の範囲だとかなり広い感じです。
    スラムが形成されたのがいつ頃なのかわかりませんが、明治期の字限図を見れば、はっきりしそうですね。

    返信
  3. 通りすがり

    探訪時にお気づきになったかどうか分かりませんが、長柄(住所は国分寺だったかな)には大きな市営墓地と火葬場もおあります。火葬場の隣は関西大学の校舎でしたが、今は大手デベロッパーが巨大マンションを建設中です。デベロッパーは、今の若い人は隣が火葬場と墓地でも気にしないから売れると判断したんでしょう。実際、大阪中心部で駅近ですから非常に便利です。また20分ほど梅田方面に歩いた中崎には、日本で初めて火葬場が誕生した場所と韓国民団もあります。

    返信
    1. 鳥取ループ鳥取ループ 投稿作成者

      グーグルマップで見ると、確かに広大な墓地がありますね。しかし、天六の商店街まで歩いていけるし、住むにはよい場所であると思います。

      返信
  4. 音野

    元々穢多や非人が住んでいたわけでもなく、移転して被差別部落に認定されたわけでもないのに
    なぜ長柄が所謂部落なのでしょうか。
    日本橋の広田町は東から来た人が多いみたいですけど

    返信
  5. なぜなんでしょうね。
    それを究明しようとすると、「差別だ!詮索するな」と喚いたり、究明のための資料を提供しようとしてくれてる人に対して「公開するな!27280万円よこせ」とか吹っ掛けてくる人がいるようなのですよ。
    そのため、私たちは正確な情報すらつかむことが出来ないのですよ。
    正確な情報が公開されない限り「なぜ」という言葉は消えることが無いでしょう。

    返信
  6. ニコイチ

    いつも興味深く拝見しております。解らない事が多いので、質問させて下さい。4枚目の写真、白黒のヤツです。映画の一コマだと思いますが。写真の右手にスローガンが書かれていますね?「○良住宅を一帰し、市営住宅を建てよ!」とありますが。これは部落=同和の方々が訴えているのですよね?冷静に考えて、自分で稼ぎ、自分で建てるのが普通かと思いますが。こういった度を超えた訴えは当時は当たり前だったのでしょうか?確かに働けない、稼げない=差別、同和の苦しみなのでしょうが、まるで過剰要求に見えて、同和=やくざ=怖い人=関わりたくない人 とのイメージそのままです。私の感覚からすると不思議なんですがね。「人類みな兄弟」でしたっけ?誰か是非you tubeにあげて頂けないでしょうか?真剣です。

    返信
    1. 鳥取ループ鳥取ループ 投稿作成者

      真面目に答えますと、人間みな兄弟が発表された頃は、全国各地に今よりも多く不良住宅地があったのですよ。長柄もそのような場所でした。
      住宅地区改良法という法律も当時出来たので、「不良住宅を一帰し、市営住宅を建てよ!」という要求自体は非常識なものではありません。
      もちろん、後で住宅を払い下げて持ち家化するプランがなかったのは問題だと思いますが。
      「人間みな兄弟」は http://www.geocities.jp/japandocumentfilm/ に問い合わせたら買えます。
      ちょっと高いですが真剣なら相応の費用は負担しましょう。

      返信
  7. ねこ

    10年ほど前まで、長柄東に住んでいました。
    カネボウの工場のあった跡地にできたマンション群のひとつに住んでいました。
    部落地域、という意識は全くありませんでした。
    長柄中、長柄西のあたりには、路地の細い古びた家がありましたが、バブル期にかなりなくなってしまいました。またおっしゃるように墓地、火葬場があり、私が中学生だった30年前には、焼き場の臭いが授業中漂ってきたりもしましたが、今は近代的な斎場です。
    そういう場所があるので、すごい昔は「穢れを扱う人」として差別されていた人が集まって住んでいたのかもしれませんが、少なくとも私が住み始めた30年前には感じられず、そのあとのバブルや再開発でその痕跡を探すのは難しいと思います。
    天六駅に近く、梅田にも近いので、むしろ非常に良い立地条件です。

    返信
    1. 鳥取ループ鳥取ループ 投稿作成者

      私も大阪に住んでいた頃、あの界隈が部落とは思いませんでした。
      実際、部落というよりスラムなのだと思います。もうちょっと研究しないとわかりませんが。
      確かに便利な場所です。ちょっと頑張れば歩いて梅田に通えますね。
      私は一時期運動のために天六で降りて梅田まで通っていました。

      返信

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