学術・研究:部落探訪(285 後編)埼玉県 本庄市 児玉町児玉 下町

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

前回に引き続き、下町の探訪である。そもそも「下町」とはどこの、どの範囲を指すのか、文献だけでは分かりにくかったが、現地を探訪するうちに次第に全容が分かってきた。

それを理解する鍵は、小林初枝『こんな差別が』で挙げられている部落に多いとされる名字と、神社と同和集会所である。

白山神社、下町自治会館等があった場所から1キロほど離れた場所にある、山王自治会館付近にやってきた。「はにぽん号」のバス停には「下町市営住宅」とある。

これがその下町市営住宅なのだろう。昭和50年頃の様式である。

しかし、集会所は山王自治会館。ここは間違いなく山王地区なのだが、市営住宅の名前はさきほどの通り下町。

自治会館の駐車スペースにはタイヤが潰れてミラーの下に苔が付いている車が一台置かれていた。

見ての通り、古い市営住宅。空き家が多く、住民が高齢化しているように見えた。

それ以外は大きな家や民間の借家があり、ここが部落とは全くわからない。

事前情報では大久保、山王、生野が下町の範囲である。市営住宅の名前から山王が下町であろうことはわかったので、今度は生野へと向かった。

ここが生野の交差点。ここで、読み方が「なまの」であることを知った。『こんな差別が』で挙げられている「永尾」という名字があるが、それは山王に多く分布しており、この当たりで分布が途切れている。

生野の方向を見ると、いかにも豪邸が多く、部落というよりは古くからの地主ではないのか? そのため、生野本村は部落ではないだろうと思い引き返そうとしたが…

交差点から北の方に『こんな差別が』で挙げられている「岩上」が集中している。そこは吉田林であり、さすがにそこは下町ではないだろう。そんなことを調べているとあることに気づいた。生野には『こんな差別が』の著者と同じ小林、そして白山神社の氏子にあった宮部、笠原の名字が分布している。

しかし、生野にあるのは、やはりとてつもない豪邸。

しかも、表札を見ると『こんな差別が』で部落に多いとされる名字である。

そして、現地に着いて驚いた。そこにあったのは「下町児童公園」という名前の公園。

「はにぽん号」のバス停の表記は下町児玉公園。ということは、ここも下町ということか。

立派な公園で、同和対策で作られたであろうことは想像できる。この公園の向こうが空き地になっているが、そこには同和集会所である「児玉中央集会所」があった。

児玉中央集会所の跡地の横には諏訪神社が。

内部を見ると氏子の名前を確認できるが、生野に多い宮部、小林だけでなく、田島もかなり多い。

「下町自治会・児玉小学校」の名前で書かれた説明書き。諏訪神社は下町の鎮守だという。生野の読みは「なまの」で正しかったが、下町の読みが「しもちょう」ではなく「しもまち」になっているのが気になる。

この石板にも下町自治会と書かれており、役員の名字からすると生野だけの神社というわけでもなさそうだ。

『こんな差別』によれば、下町の名前は俗称で郷土地図ににっておらず、差別的な字名であるかのように書かれているが、ここまで大っぴらに使われているのを見ると、部落ということを強調するためにあえてこの名前が使われ続けたのか、あるいは小林初枝が被害妄想を語っていたに過ぎないか、どちらかではないかと思ってしまう。

再び山王方面へと進んだ。

部落内には、このような大きな郊外型店舗もある。

住宅地を歩いていると、なにやら違和感のある茂みが…

これは中に廃墟があるのではと思った。しかし、昨今は廃墟探索への風当たりが強いので、奥深くへの立ち入りは控えておいた。

中をズーム撮影。茂みの内部は薄暗く、異様な空間が広がってる。その特異な空気感がなかなか写真では表現しづらいのが残念である。

さきほどの茂みを改めて外から見るとこんな感じ。住宅地の一角にある、本当に特異な空間であることが分かるだろう。

さらに進んだところにある。児玉小学校前の交差点。あの駐車場の場所に児玉隣保館があったが最近取り壊された。「人権尊重の町」という碑がその同和行政が盛んな地であったことを思い起こさせる。小学校の隣に隣保館があるので、校区全体の公民館的な使われ方もしていたと考えられる。

学童クラブがあるが、この建物は隣保館に併設された建物だ。

最後に、山王の鎮守を見つけたので報告しておく。これが若宮八幡神社である。

「永尾」姓が多いことから氏子は山王の住民が多いことが分かる。武政も多い。

神社のつくり、石碑が諏訪神社によく似ているので、同じ業者が関わっているのだろう。

探訪して分かったことは、大久保、山王、大久保、そして白山神社周辺(集会所名からすると大道)が下町自治会の範囲であり、その辺り一帯が部落であったということだ。すると、昭和初期の119戸という記録は過少であるか、あるいはかなり広範囲に家が散らばっていて、戦後にその地域の人口が急増した可能性もあるだろう。

『こんな差別が』にある「岩上」姓は下町というよりは吉田林の名字である。ただ、下町というのが児玉町の部落の代名詞のような使われ方をされているのであれば、隣接した部落の吉田林も一体に見て下町と言っていたとしても不思議ではないだろう。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(285 後編)埼玉県 本庄市 児玉町児玉 下町」への20件のフィードバック

  1. 日枝神社

    >山王の鎮守を見つけたので報告しておく。これが若宮八幡神社である。

    山王は日吉神社・日枝神社の事。吉田林925に鎮座する日枝神社からの地名でしょう。

    返信
  2. 白山のび太くん

    コメント欄閉鎖して!
    じっくり集中して、記事読めないから!
    ところで、ぼくの大好きな赤城乳業の児玉工場はどこにあるのだろうか?

    返信
  3. 2020年11月25日

    埼玉県警捜査2課は25日、新型コロナウイルス対策の国の持続化給付金100万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで、東京都渋谷区円山町、不動産会社役員、安藤王男容疑者(56)ら3人を逮捕したと発表した。
     逮捕したのは他に横浜市栄区笠間、無職、林優太朗容疑者(21)と、埼玉県本庄市児玉町吉田林、私立大学生、岩上翔吾容疑者(21)。埼玉県警は、安藤、林両容疑者が5~8月、約130人分の不正申請を指南し約1億円をだまし取ったとみて捜査する。
     逮捕容疑は、共謀の上、6月14日、本庄市の男子大学生(21)=詐欺の疑いで書類送検=の名義で国に虚偽の申請をし、同月26日に男子大学生の口座に100万円を振り込ませ、だまし取ったとしている。

    返信
    1. 本庄第一高校サッカー部

      <韓国集団万引>本庄第一高、29人「無期停学以上」 監督を解雇
       韓国ソウルのショッピングモールで3月、県内の私立高校の男子サッカー部員が集団万引した問題で、同高校長らが24日会見し、万引の生徒29人を無期停学以上の処分としたほか、同部監督の教諭(48)を懲戒解雇に、同コーチで引率の教諭(32)を停職1カ月の処分にしたと発表した。

      ※本庄第一高校サッカー部から明治学院大学サッカー部に進学。

      返信
  4. 匿名

    結局何も解明されない探訪でしたが、吉田林の本田豊さんのところに行って取材してきたらよかったのに。

    返信
    1. 匂坂

      全くその通りでございます。
      周りが岩上姓ばかりの中にポツンと本田豊大先生の実家がある。
      間違った情報をシレっと混ぜる君の大先輩なんだから表敬訪問くらいしろよ宮部。

      返信
  5. 匿名

    こうやって書き込んでいる人達を見てると、部落利権はよっぽどなくなったら困るんでしょうねー。15兆円が部落に投入されたそうですが、その結果がこれですからねぇ。宮部さん、関東の部落に関してはガンガンやって下さい。

    返信
  6. 白山のび太くん

    同じ「動画」なのに、You Tube(※動画のみ)のコメントと、ここのコメントの内容が真逆なのは、なぁぜ?(笑)

    返信
  7. 匿名

    みなさん、46件のコメント見えてます?

    どこかからの圧力で消されちゃった?

    自主規制?検閲?

    返信

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