「オラ―! どけよ」「トラック一台ごと4万円出せ!」。小田原市早川の石垣山ののどかな農地で2018年、反社風の男たちの罵声が乱れ飛ぶ、道路に汚泥が流れ出す・・。前稿で1996年に天野二三男氏一派が小田原市早川「一夜城」付近の農地に不法投棄した過去をレポートした。長らく平穏だったこの土地に2014年、天野一派による開発話が持ち上がり、そして2018年、素性の知れない業者が突然、残土を持ち込んだ。これが本稿で位置付けるところの2018年「第二次投棄」である。「不法投棄」「建設残土処分」「違法盛り土」は決して他人事と考えずにご一読いただきたい。
天野塾元塾生が ブルーベリー畑と パークゴルフを持ちかけた
前稿でお伝えした石垣山の農地。1996年の第一次投棄から地主が代わり箱根町在住の男性2名(T氏*2名は親族)の名義になった。もともとこの土地はたびたび所有者が変更している。閉鎖登記も結構な分量だ。96年の第一次投棄で2名の地主が当事者として浮上したが、そのうちの地主K氏は土地開発に色気がある人物だったと伝わる。
第一次投棄から18年が経過した。2014年、今度はこの土地に「ブルーベリー畑」を造るという計画が持ち上がる。ブルーベリー栽培の計画には「株式会社菜の花」の要望もあったという。同社は小田原市、箱根町で展開する和菓子の老舗。観光土産店などで同社商品を目にする。
書類上の申請者はT氏と横浜市神奈川区の不動産業者。畑の造成の許可について農業委員会の議題にあがったが、長らく継続審議入り。
理由は単純明快だ。まず何より「神奈川県土地利用調整条例」の許認可申請を行っていないこと。地元説明会にほとんど住民が参加していなかったこと。住民らは土地の過去からして、明らかに「怪しい事業」と考えていたからだ。また農業委員らが疑問したのは、造成を進めるにあたり開発者側が「土砂の搬入」に固執した点。もともと農地だから土は潤沢なわけであえて土砂を入れる理由がない。
しかもこの地域は前稿でも指摘した通り土砂災害防止法下の「特別警戒区域」の上流にある。あえて余計な土砂を入れるのは危険だ。
「土砂の搬入」という時点で開発申請の主目的が「ブルーベリー畑」ではないのは推測、というよりも確証といってもいい。なぜならブルーベリー畑計画には天野氏一派も絡んでいたからだ。
市政関係者が証言する。
「実際に地主らと交渉したのは小澤文哉という人物でした」
どこかで見聞したこの名。天野氏が社長を務めた株式会社リゾート都市開発の監査役だ。また以前、横浜市戸塚区の違法盛り土についてレポートした。この土地の抵当権者で事実上の所有者・天野氏に貸付していた城栄エステート株式会社の代表者である。当時、さほど注視しなかったこの人物。「実は天野塾出身者なんですよ」と元社員。通常、天野塾とは2種類の意味がある。一つは天野氏が経営していた学習塾「天野塾」。もう一つが不動産事業のノウハウを伝授する業務上の「天野塾」。
小澤氏は“ 学習塾”としての天野塾出身者なのだ。あるいは天野氏の事業に関与しているという点ではもう一つの天野塾生ともいえるが。
「彼(小澤氏)の父親と天野氏がとても仲が良く金を貸したり協力していたんです。家族ぐるみの関係でした」(元社員)
横浜市の盛り土や関係企業の役員に名を連ねる辺りは「家族ぐるみ」以上のものがあるが、小澤氏のその後は過酷だ。「結局、天野さんに貸した金も戻らず。会社も失い悲惨なんです」(同前)。元社員らで少なからず天野氏を告発する人物が存在するのは彼ら自身もまた「被害者」だからだ。
現在、第三者を通じて小澤氏に接触を試みている。現状、同氏には“欠席裁判 ”になってしまうが、しかし事実関係だけは伝えておきたい。
元社員らも小澤氏の身辺に同情するが、2014年のブルーベリー畑計画に関与し、また杜撰な計画だったのは否定できない。それが“誰か ”の指示だとしても――。
「ブルーベリー畑に対して農業委員らから否定的な意見が出ると、小澤氏らはパークゴルフの計画を持ち出しました」(市政関係者)。
パークゴルフとは北海道発祥のゴルフ風スポーツだ。コースがゴルフよりも短いため公園あるいはリゾートホテルの敷地内でも設置できる。一般的なゴルフと異なり大規模な用地は不要で、初心者でも楽しめる。このため高齢者の健康増進目的の性格が強い。なにしろ同和団体役員が背後にいる計画だから「高齢者福祉」という建前と相性がいい。しかしブルーベリー畑への転用ですら農業委員らが難色を示すのにパークゴルフ計画が通るはずもない。
結局、いずれの計画も頓挫。計画を申請していた地主からも取り下げされた。小田原市農業委員会に確認したところ「早川地番〇〇(問題の農地)の開発申請は却下相当との判断になりました」という顛末だ。
「農業委員が問題視した他、地元住民の結束が強かったのが大きいです。1996年の投棄問題があったがゆえでしょうね」(市政関係者)と振り返る。
道路に汚泥、住民を恫喝・・第二次投棄(2018年)は突然起きた
そして2018年、またしてもこの土地が狙われた。今度は「計画」というではなくいきなり無数のトラックがやってきて汚泥を持ち込んだ。
2018年9月19日、無数のダンプが石垣山の同農地にやってきた。当時の目撃証言。
「ざっと50台以上のダンプが大挙しました。周辺農家や地元関係者も仰天です。すると業者が膨大な汚泥や建設残土を搬入し始めました。もちろん事前説明も許可もありません」
地元住民は業者を問い詰める。汚泥を持ち込んだ業者は秦野市の「石田総業」の「石田直樹」と名乗った。
これに対して関係者らが食い止めようとするが石田を名乗る業者は「不動産屋のTさんに頼まれた。Tさんに聞いてくれ」とだけいう。「Tさん」については後述するとして話を進める。
普通、こうした投棄の場合、地主や地元住民に対して業者はそれなりの“口のきき方 ”をするものだ。しかし市政関係者によるとその態度は「反社そのものだった」と語る。
「おらーどけや。出てけよ」
「お前、誰だよ」
「止めて欲しいならトラック一台ごと4万円出せよ」
抗議した住民らをこう恫喝した。トラック一台4万円とは建設残土を持ち帰って欲しいならば一台ごとに4万円支払えという意味だ。
この時は現場に警察もかけつけ注意し、いったんこの場は収まった。
ところが22日、再び朝から大量のダンプがやってきて作業を始めた。さすがに小田原市も事態を重く見て農政課、農業委員らも駆けつけ業者と交渉。昼過ぎには汚泥の搬入作業は収まった。
不思議なのは「無許可」「違法」にも関わらず刑事事件にならないことだ。この一帯は過去の不法投棄の関係上、住民らの警戒心が強いため結束して業者を制止できた。しかし被害者が単独の地主だった場合、反社風情の業者と大量のダンプの前になす術もなかったであろう。実際問題、建設残土の投棄は“ やったもの勝ち”というのが実態に近い。
同地の場合、一度は汚泥や廃棄物が持ち込まれたものの撤退させただけ“ マシ”。現実問題は投棄された地主が自己資金で土地を回復というケースが往々だ。曲がりなりにも罰則規定がある中でなぜこのような事態が起きるのか。それは地方自治法で定められた罰則の上限が「二年以下の懲役又は百万円以下の罰金」という点にあるかもしれない。この場合、不法投棄で得られる収益の方が罰金を上回る。つまり罰金といったところで業者からすれば「手数料」程度の感覚に過ぎない。
話を聞く限り一次投棄よりも二次投棄の方が凄惨な印象を受けた。というのは一次の場合、欺いたとはいえ地主に接触した上での話。ところが二次投棄の場合、何の前触れもなく荒くれ者が残土を持ち込む。どう考えても「犯罪」ではないか?
そして投棄に至る背後関係。当初、二次投棄についても“ 天野案件”と聞いていたが事情は違っていた。では全く“根も葉もないこと ”かといえばそうでもない。
順を追って説明しよう。
まず石田氏が名乗る「石田総業」だが秦野市にそのような業者は確認できない。関係者の見立ては「自称」である。投棄に使用した重機もレンタルだったというから足がつかないようにしたのだろう。ただし天野氏とも関係が深い秦野市。関連を勘繰りたくもなる。ここでキーワードになるのは投棄の最中、石田氏が発した「T氏に頼まれた」との弁解。ここでいうT氏とは天野氏の友人(同級生)の不動産業者である。
T氏に話を聞くと「当時、私も突然名前を出されて困っていましたよ。天野君と友人? 確かにそうです。もう一人(故人)と加えて仲良しトリオみたいな感じでした。熱海市の土石流はもちろん聞いています。天野君も塾をやって子供たちを連れて海水浴やキャンプに行っているうちはいい男でしたよ。しかし不動産業をやってからはね。今はもうつきあいがありません。ただ2018年の投棄(第二次投棄)については無関係ですよ。彼(石田氏)が勝手にやったことじゃないかな」と説明する。
T氏によれば自身も不法投棄と無関係だが、石田氏と面識があるという。そこで紹介してもらおうと依頼したが「居所は分かりません。伊勢原市で不法投棄をしたり、傷害で服役中と聞いています」(T氏)という顛末だ。
2018年、第二次投棄について天野氏は“ シロ”と結論付けたが、浮上した人間関係に天野氏が絡んでいることは実に興味深い。
天野氏が小田原市早川に残した負の遺産
以上が小田原市石垣山農地の不法投棄である。ところが石垣山取材中、追加情報が舞い込んだ。天野氏周辺によれば「小田原市早川はもう一ついわくつきの場所がありますよ。むしろこっちの方が住民の迷惑じゃないかなあ」と漏らす。不法投棄の現場は石垣山の山中。しかし次の問題物件はもろに住宅街だ。JR早川駅近くの山林に開発途中で放置された分譲住宅地跡がある。造成当時、開発許可標識に「新幹線ビルディング」の名があったという。こちらは紛れもなく天野物件だ。
現在の同地を訪問してみたが悲惨な光景である。近隣住民に事情を聞こうとするも口にすら出したくないという様子。大量に草が生し、廃棄された車が物悲しい。住宅の販売者は「株式会社碧教育センター」とある。
ロケーション自体は実にいい。駅や町が一望できる。ところがこの分譲住宅地開発当時からすでに問題視されていた。
写真の分譲住宅地が山林地帯にあることは先のグーグルマップの通り。造成当時、道路に泥の流出が発生した。山林なので木を伐りだしたが、大木が右の老人ホーム側(マップ参照)に放置。もし大雨で土砂崩れが起きたらこの大木の危険性は計り知れない。また従来の天野氏の工事からして安全性に配慮したとは考えにくい。このため大雨あるいは地震が発生し土砂崩れとなり南側の住宅や最悪、東海道線を襲う可能性もある。だとすれば単なる土砂崩れどころの話ではなく、熱海市の再現だ。
ただこの元分譲住宅地、立地自体は悪くないと思った。にも関わらず現在、「放置」されたのはなぜだろう。元社員の解説。
「もとは天野氏がある会社から借金して着手した事業。返済できなかったので競売にかけられたのです。ところが実は擁壁が違法な造りで行政の建設許可を受けていません。競売で落札した会社も再整備を考えましたが、莫大な費用がかかるため売却しました」
登記上の所有者は株式会社碧教育センターになっている。同社に接触を試みたが応答する気配はない。
「結局、新たに分譲住宅として再整備するも更地にするのも大金が必要だから放置というわけです」(前同)。
無機質な白色の壁が色あせ陰惨な開発経緯を物語る。小田原市早川のもう一つのいわくつきスポットと化した。
さて一連の話をどう結論付けるのか悩ましい。
石垣山も先の分譲住宅地も「行政が甘い」「適正な指導をしていない」と断じるのも安直だ。現に石垣山については農政担当、農業委員らが対処し投棄を阻止した。看過したわけでもない。
それからもう一つ注目すべき事実がある。反天野陣営がいうところ小田原市役所にはS氏という天野対応の職員がいる。同市庁内でS氏に接触したことがあるが、取材したいと申し出たところ「天野さんとは面識があるが、私は開発や事業と無関係です。質問されても答えられることがありません」とだけいった。
「天野氏を増長させた職員の一人」(元関係者)との人物評だが、石垣山関係者によれば「Sさんも早川出身で地元の人です。(深いつきあいがあったと)批判的な意見もあれば、つきあいがあったからある程度、抑止力になったという見方もあります。行政といっても結局は人間関係で成り立っているわけで、我々には判断できないですよ」と話す。
「同和と役所」。この関係の取材をしていると地元同和の顔役に対して「窓口」「対応」とされる自治体職員を確認する。この両者の関係性は面白い。同和の顔役にすれば「手下」という認識だが、職員側にすると腹の中では「利用している」という思惑もある。どうあれ両者の思惑が慣れ合い、癒着となり不祥事につながるケースも数知れない。
単純な善悪二元論で語るのは控えたいが、小田原市の天野対応が“ 大甘”だったのは歴然としている。そうした甘い対応が積み重なりやがて「熱海市土石流」という形で表面化したのではないか。