学術・研究:部落探訪(178) 横浜市緑区十日市場町

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

ここには1934年の記録では坂下という名前の5戸の部落があったとされる。もう1つの手がかりが『人権のとも』2008年3月15日で、「横浜・十日市場」と特に地名を伏せずに掲載されている。

十日市場町の町域の東端、この恩田川の近くに部落があるらしい。

まず、何らかのつる植物に覆われた形跡のあるこの建物。

反対側に回るとこんな感じ。何かの作業場で、つる植物は葛だろう。

特に意味はないが、印象的な光景だったのでパノラマ撮影した。

さらに住宅地の中に入っていく。このあまり広くない道が、旧鎌倉街道だ。明治時代の地図だと、主要な道路はこれしかなかった。

『人権のとも』によれば鎌倉街道を挟んで墓地と白山神社跡地があるという。街道を歩くと墓地が見えてきた。

しかし、墓石を見ると時宗でも浄土真宗でも日蓮宗でもない。周囲には墓石に刻まれているのと同じ「芦垣」という家が何軒かあるが、昔から土地を持っていた農家のような佇まいで、これは部落とは関係なさそうだ。

さらに旧街道を進むと、切通のような場所がある。

その脇に何かの供養塔と階段が。

階段を登ると…

ここにも墓地がある。

法名に弌または阿の文字があることから、これは間違いなく時宗であろう。ここが部落の墓であると確信した。

すると、墓の反対側にある右側の斜面の辺りに白山神社の跡地があるはずだが。

それらしい物は見えない。

代わりにこちらにも長い階段があるので登ってみると…

ここにも墓地が。しかし、こちらは明らかに宗派が違う。部落ではない墓地であろう。

『人権のとも』によれば白山神社の跡地は2008年の時点で草に覆われた入り口の石段が残っているだけだった。

あたりを見回しても白山神社の跡地らしきものは見当たらない。もしかすると、完全になくなってしまったのだろうか。

さらに歩くと住宅地の外に出てしまった。

引き返して住宅地をうろうろしていると、どこかで見たような光景が。

これは『人権のとも』の写真にある家だろう。何か聞けないかと思ったが、残念ながら留守だった。

残念ながら白山神社跡地は見つけられなかったが、この付近であることは間違いない。見たところでは、既に融和して解放された部落であるようだ。

筆者の家からそれほど遠くないので、いずれまたチャレンジしようと思う。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(178) 横浜市緑区十日市場町」への11件のフィードバック

    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      その場所、入ろうとしましたが民家に囲まれていて無理でした。やはり、酒井さんの許可を得る必要があります。

      返信
  1. 65年の地図を見たら芦垣さん達は何処から来たの?ってくらい家が建っていない。
    字坂下って昔の十日市場の中心地に近いんだよね。

    返信
  2. 知識欲@千葉

    youtubeでここを知った素人ですが、
    千葉県酒々井町本佐倉を探訪して欲しいです。
    https://www.google.com/maps/@35.7222937,140.256625,381m/data=!3m1!1e3
    スーパーセンタートライアル酒々井店の左上の六軒?
    さすがグーグル、隣保館と神社もありますね。
    ここは2016年に姉による弟の殺人事件があった場所ですが、
    首都圏のニコイチ同和地区ってここだけ?なので興味あります。
    なぜ首都圏ではニコイチ流行らなかったのかなって。

    返信
      1. 切通しの脇…

        緑色2か所が墓地のある所で、十字の位置に祠。
        ただ本文に出てくる人名が付いたアバートの脇なので微妙かな~?

        返信

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