学術・研究:部落探訪(67) 神奈川県相模原市中央区田名陽原 “三軒村”

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

前回、相模原市中央区田名たなの部落の場所について情報提供を求めたところ、様々な反響があった。そして、その場所を解明することに成功した。

1934年の『全国部落調査』によれば高座郡 田名村 陽原みなばらにあるとされ、当時の世帯数は5、人口は30名とされる。

ここが陽原バス停。最寄り駅はJR相模線の上溝駅か番田駅だが、駅からは3~4キロ離れているので、歩いていくのはおすすめできない。

手がかりは『人権のとも』に掲載されたこの写真だが、この辺りには同じような家がいくつもある。

さらに南に進むと、「南光寺前」というバス停がある。このバス停の横にあるのが陽原自治会館なので、この辺りも陽原だ。

ここが南光寺。『人権のとも』にあった「三軒村」について寺で聞いてみたが、全く知らないという。

南光寺の山号は陽原山で、陽原という地名はこの寺に由来する。しかし、寺の宗派は臨済宗。神奈川の部落の寺は大抵の場合日蓮宗で、臨済宗の信徒であることはあまり考えられないので、ここに手がかりはありそうもない。

さて、『人権のとも』に掲載された家は、実は南光寺よりもさらに南にある。

カーセンサーの旗がひらめき、中古車が並んだこの一角は少し道が広くなっており、自動車を停められる。

少し風景が変わってしまってはいるが、『人権のとも』の写真の家に間違いない。門と家の間にロータリーのようなものがあり、確かに豪邸と言えそうだ。

さきほどの中古車屋は「株式会社エグザスコーポレーション(エグザスCorp.)」。1946年の航空写真を見ると、確かにこの辺りに三軒家があるように見える。

『神奈川県神社明細帳』によれば、明治28年の時点でここに白山神社があり、少なくとも3名の信徒がいたことが確認できる。

当時と番地は変わっていないようで、『神奈川県神社明細帳』の白山神社の住所にはアパートがあり、その傍らに祠のようなものがある。これは白山神社の成れの果てだろうか?

住民に『神奈川県神社明細帳』を見せて聞いたところ、「西川倉吉」という名前には見覚えがあるということだ。ただ、「ひいひいお爺さん」くらいの昔の先祖で、ほとんど分からないという。「三軒村」という名前についても、アパートの横にある祠らしきものがどのような由来のものも、知る住民はいなかった。もはや忘れられた部落である。相模原市は、ぜひ部落差別解消の参考にすべきであろう。

ただ、はっきりと言われたのは、『神奈川県神社明細帳』には「望地もうち」とあるが、ここは「陽原」だということだ。町内会も陽原だという。昔は望地だったが、はっきりとした時期は分からないものの陽原に変わったらしい。『全国部落調査』に陽原とあるということは、既にその時期にはこの場所は陽原と認識されていたということだろう。

昔の田舎の面影が少し残るものの、何の変哲もない住宅地の一角に過ぎない。

墓地を見つけた。墓石に刻まれた名字はことごとく「西川」。周囲の家の表札も「西川」が多い。ロータリーのある豪邸の西川さんが本家で、他は分家だという。

この場所は相模川の段丘崖の端にあり、西に相模川が流れているので、西川という名字は地形に由来するものだろう。

塔婆を見ると浄土宗のようでもあり、戒名を見ると日蓮宗のようでもあり、少なくとも臨済宗ではなさそう。特に定まった宗派はなく、その時々で思い思いの寺に葬儀を頼んだように感じるがどうだろう? こういうことは筆者より読者の方が詳しいかも知れない。

何か白山神社縁のものが残っていないか。田名八幡宮を訪れたが、手がかりは得られなかった。

八幡宮の近くには「アクアリウムさがみはら」がある。相模川をテーマとした小規模な水族館だ。部落を探訪した後に寄っていくとよいだろう。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(67) 神奈川県相模原市中央区田名陽原 “三軒村”」への11件のフィードバック

  1. 打切豊成

    望地は金井さんの天下だし江成さんの分家がいる陽原に押し付けられたましたか。

    返信
  2. .

    みな”ば”らでは?

    神奈川県神社明細帳には座間の白山神社も載っています。部落の白山神社かどうかはどうやって見分けるんでしょうか。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      すみません。みなばらでした。地元の方もみなばらって言ってました。
      部落の白山神社かどうか簡単に見分ける方法はないと思います。
      他の文献、特に全国部落調査と照合して部落とされていれば、その可能性が高いということになるでしょう。

      返信
  3. 打切豊成

    みなはらでもいい
    どうでもいい
    2ちゃんねる人権板ではQeQの影響もありスター部落だったね

    返信
  4. ホールマン

    いつも参考にさせていただいてます。ところで、現存最大部落と言われる東京足立区の本木は取材の計画ございませんか? 可能でしたらご検討願います。よろしくお願いいたします。

    返信
  5. クリーム

     QeQスター記事時代に、どん詰まりのような場所に行って(記事近隣なので表現をぼかします)出てきたアンパン顔のオヤジに三軒村を尋ねると「そんなもの知らねえな。聞いたことないな」との回答。さらに南に進むと、突き当たりに自民党県議ポスターのある大きな家があり、出てきた初老の男性に三軒村を尋ねると「(先程のアンパン顔オヤジ宅を指し)バカ。あそこだよ。刺青入れた怖い人達だぞ。たしか厚木の部落と親戚なはず」とご回答いただきました。

    返信
  6. 犬神差別

    たぶん西川さんは時宗。
    そこから2㎞くらい離れた時宗当麻派本山無量光寺の末である向得寺の末寺は喜願寺。
    喜願寺は八王子市泉町 – 旧南多摩郡元八王子村大字下一分方字四ッ谷茶筅村に在った廃寺になって墓地だけ残る部落寺だ。

    返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(293)埼玉県 狭山市 柏原 下宿

柏原(かしわばら)の部落は高杉晋吾『部落差別と冤罪』で、狭山事件に絡めて引き合いに出されている。狭山事件との接点と言えば、石川一雄氏の友人で一度逮捕されたものの釈放された東島明氏がこの地区の出身である。 なお、石川一雄氏 […]

学術・研究:部落探訪(292)熊本県 熊本市 南区 城南町隈庄 萱木

熊本では数多くの部落を探訪する準備をしてきたものの、いろいろあって気がついたら日没が近づいていた。最後の探訪先に選んだのが萱木(かやのき)である。ここを選んだ理由は、たまたま今いる場所から近かったからである。 地名で言え […]

学術・研究:部落探訪(291)熊本県 熊本市 南区 日吉2丁目 7, 14

熊本では時間が限られていたので、どの部落を探訪するのか迷った。その中で選んだのが、比較的規模の大きな未指定地区と推定される場所である。現在の熊本市 南区 日吉2丁目7番地、14番地で、昭和初期は100世帯あったとされる。 […]

学術・研究:部落探訪(290)熊本県 菊池郡 菊陽町 原水 馬場

『各墓地で憤りをあらわに「死んでも差別が」熊本県知事が部落視察』という記事が、2004年11月15日のウェブ版解放新聞に掲載されている。当時の潮谷義子熊本県知事が「部落の人びとは死んでまでも差別をうけるのか」と憤りをあら […]

学術・研究:部落探訪(289 後編)熊本県 熊本市 中央区 本荘・春竹

前回に続き、熊本最大の部落、本荘・春竹を探訪する。 食肉業者が集中し、部落のステレオタイプに合致する部落らしい部落なのだが、少なくとも現在は運動は盛んとは言い難い。むしろ、部落だの同和だのといったことは、既に終わったこと […]

学術・研究:部落探訪(289 前編)熊本県 熊本市 中央区 本荘・春竹

熊本県で最大かつ最も有名な部落と言えば本荘・春竹地区である。昭和初期の記録では本荘111戸、春竹307戸とされる。 2016年に日本テレビで「いのちいただくシゴト 〜元食肉解体作業員の誇りと痛み〜」というドキュメンタリー […]