学術・研究:部落探訪(23) 奈良県奈良市紀寺町梅園町

アバター By 鳥取ループ

興福寺の前の三条通に「傳説三作石子詰之旧跡」という碑がある。


昔々、春日大社の鹿を殺した者は石子詰の刑に処するという掟があった。ある時、興福寺の三作という小僧が誤って鹿を殺してしまい、三作は石子詰により刑死したとの伝承である。

これが、その三作の墓と伝えられている。三作の話が史実かどうかは定かではないが、室町時代末期に鹿を殺した幼女が斬首されたという記録があり、その話がもとになったとも言われる。

石子詰の伝承の解説。一部消されているのは、何か人権上問題のある表現がされていたのだろうか。

さて、刑罰の執行は、賎民の役目であった。三作の石子詰の際に検分役だった者が住んでいたと伝わるのが、今回紹介する梅園町である。

あいにく、雪模様であったが、まず目についたのが、このスーパー。

そして、ファミリーマート。部落には工場や老人ホームもあって、完全に都市化している。

写真を撮り漏らしてしまったが、近くには「子ども発達センター」がある。実はこの建物は2000年までは「梅園隣保館」であり、その後「梅園人権文化センター」「あすか人権文化センター」と名前を変え、2011年に子ども発達センターに転用された。つまり、その頃から事実上同和地区としての扱いをされなくなったものと考えられる。

そこで、もうこの部落は融和ないし解放されたのではないかと思ったら、筆者にとってはどこかで見たような風景が現れた。一角だけ、このようなニコイチが並んでいる。

屋根が平らなので、初期のタイプの改良住宅である。一部の家は庭が荒れ果てていて、明らかに空き家になっている。

しかし、確かにここは梅園町だ。

自動車が路上駐車されていると思ったら…

タイヤが潰れていて、明らかに動かない車だ。つまり、不法投棄である。

このように放置された自動車が数台あった。

奈良市の中心部にあり、いくらでも土地の買い手はあると考えられ、実際に様々な商業施設がある中で、この一角だけは明らかに異世界である。市としては土地を転用するなり民間に払い下げたいのだが、居住者がいるので、とりあえず新規入居者の募集をやめて、既存の住民の退去を待っている状態であることが想像できる。

そして、似たような光景を、奈良の各所の部落で見ることになった。

学術・研究:部落探訪(23) 奈良県奈良市紀寺町梅園町」への5件のフィードバック

  1. アバターメメント

    初めて投稿させて頂きます。
    奈良市佐紀町奥に京都南部に繋がる場所で
    歌姫という地域がございます。
    その地域周辺には
    戦争当時赤紙を断った人々が住む集落があった場所と聞いております。
    御興味がありましたら是非。
    それでは。

    返信
    1. アバター鳥取ループ 投稿作成者

      それは興味深いですが、現在の地名で言えばどこのことでしょう。奈良市歌姫町とは違うのでしょうか?

      返信
      1. アバター通りすがりの地元民

        昔から、佐紀の墓と歌姫の墓が、分けています。
        我が家の墓も、佐紀の墓にあり。不思議な光景です。
        昔は、一本杉が立ち並び、区別しているように並んでいました。
        今は、境目もなくなり、木を伐採したので、一つの共同墓地に見えますが。
        厳密には、佐紀町民と歌姫町民の墓地を分かれています。
        ちなみに、佐紀の墓を佐紀旧墓と呼び、
        旧在所の山上、門外、公家茶屋、山陵、二条、常福寺の名前の刻んだ
        無縁墓用の石の花立があることから、
        歌姫と分けた歴史の中で、佐紀周辺の共同墓地だったことがわかります。

        返信
  2. アバターあきら

    上の方ではありませんが、それっぽい地域は佐紀町と歌姫町の境界あたりにあり、県営の団地と古い長屋が密集してます。
    かつて四代目Y組の有力組織だった初代K組の本部もすぐ近くにありました。
    そこが同和とはあまり言われていないのですが、奈良は同和と暴力団が近い存在の土地柄でもあるので、その一帯がなんなのか不思議に思っていました。

    返信
    1. アバター鳥取ループ 投稿作成者

      調べました。佐紀新町ですね。ただの古い団地のようです。

      返信

メメント へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo