東京都渋谷区の「同性パートナーシップ条例」が2015年に施行されて以来、各自治体でLGBT施策が進んでいる。世はLGBT時代だ。LGBTを冠した団体が増加し政治集会、シンポジウム、あるいは企業・公務員の総務・人事担当者を対象にした研修会を開催している。様々な団体、取り組みがある中で反イスラエルを鮮明にするLGBT団体がある。虹色の運動家たちとイスラエル問題。一見関連性は見い出せないが、なぜイスラエルを問題視しているのか? これを検証するとLGBTどころか、人権問題に共通する“罠”が見られるのだ。
LGBT団体が反イスラエルの声を挙げる。彼らは反シオニズムなのか。あるいはユダヤ教にLGBTを排除する教義があるとか。それともまさかのユダヤ陰謀論者? というわけではなく純粋にイスラエルがパレスチナを攻撃することへの抗議だった。イスラエルへの抗議を展開するのは「フツーのLGBTをクィアする」「プラカとか作るフェミとLGBTの会」という団体だ。
「クィア」という用語については補足が必要かもしれない。クィアとは従来、「ホモ」「おかま」という侮蔑語だったが、むしろ肯定的に使い現在は「非異性愛者の連帯」といった意味で使われている。
さて、いずれの団体もイスラエル批判を鮮明にしている。また「フツーの」(略)の場合、協力団体、友好団体を見ると関西共同行動、ATTAC関西といった著名な左翼団体が並ぶ。つまり一般的なLGBT団体というよりも左翼色が強い。「プラカとか作るフェミとLGBTの会」のHPを見ると、日本企業へイスラエル産のワインの排除、輸入禁止を求めている。イスラエル産のワインはパレスチナから収奪した土地を使って栽培されたものだからイスラエルのパレスチナ入植を容認、助長するという考えだ。
このためLGBT界の最大級のイベント「東京レインボープライド」でイスラエル大使館が出展すると「プラカとか作るフェミとLGBTの会」などLGBT団体やフェミニズム団体が抗議している。その理由というのが「ピンクウォッシング」にあるという。これも聞きなれない用語かもしれないので補足する。
軍事行動が活発なイスラエルには、国際的な批判が集まりやすい。そこでLGBT政策をアピールすることで軍事国家のイメージを相殺しようというわけだ。またイスラエルと対立する中東諸国は同性愛者への弾圧が厳しい。対してイスラエルがLGBTを擁護し「優しい国家」を演じることで中東諸国を「人権抑圧国家」と印象付けする効果ももたらす。
政治的背景は異なるが類例がある。国連人権理事会が定期的に日本の人権状況に対して勧告する。この場合、理事会の委員というのはおおかたアフリカ、アジアなど途上国の出身者だ。彼らは自国に深刻な人権問題を抱えている。要するに自国の人権問題に対する批判逃れのために先進国に批判の矛先を向けるのだ。人権で押せば思考停止に陥る日本など格好の餌食である。イスラエルのピンクウォッシングはその「軍事版」といったものだろう。今、世界的に注目されているLGBTだけに社会的反響も強い。政治利用には最適だ。
だからこんなことが起きている。イスラエル大使館はゲイカップルの代理出産合法化などの取り組みを訴える。男性の同性愛者が女装する「ドラァグクイーン(ドラッグクイーン)」の著名アーティストを2016年の東京レインボープライドに招へい。この動きに対してLGBT団体が抗議活動を展開する。これが2013年の東京レインボープライドから繰り返されてきた。LGBTを口実にパレスチナの迫害を止めよ、というわけだ。
ただ、どんな国家であってもLGBTに取り組むこと自体は悪いことではない。ニューヨークの旅行会社Wonderful Odysseys Worldwide Travelが実施する「ゲイにやさしい都市トップ11」ではイスラエルの首都・テルアビブが1位に輝いている。これ自体は責められる話ではない。政治利用ではなく政策や啓発の結果なのだろう。ただ一方で、「イスラエルがLGBTを利用している」という疑問視も理解できる。「不都合な事実を人権で洗う」という嫌な現象は十分、想定できる。しかしこの現象、表面上はLGBT団体とイスラエルとの対立ということになるが、現状の国内の人権施策を考えると実に示唆に富んでいる。
権力側がLGBT、そして人権問題を免罪符にする
現在は「LGBTブーム」。冒頭述べた通り、各自治体が競うようにLGBT施策を進めている。中には「LGBT差別禁止条例」」こんなものまで成立している。なにしろ普段は腰が重い日本の行政。ところが「人権問題」となると話は別だ。なにより「差別行政」というレッテル貼りは自治体にとって恐怖そのもの。「石川一雄さんは無実だ」こんなゼッケンをつけた解放活動家、チョゴリを着た朝鮮学校関係者が庁舎にやってきて「差別」を連呼する光景。職員たちはただ震え上がるしかない。もしやレインボーフラッグを振りかざしLGBT団体が役所に押し寄せはしないか? 職員たちは、こんな不安に駆られているかもしれない。しかもこのところ「差別」という非難の声は先鋭化している。そんな世情にあって、LGBTブームに乗り遅れることはできない。だから行政におけるLGBT推進は「理解」というよりも「ごもっとも」「仰せの通り」という懐柔的な空気が伝わってくる。あるいは「LGBTに配慮している」というアリバイ仕事なのだ。
またそれは政府、そして自民党も同様だ。自民党は友好関係にある「自由同和会」とLGBT問題についても討議を進め「LGBT理解増進法」の制定を検討している。自由同和会。この団体についての詳細は省略するが、会員には建設業者、土建業者が多く占められる。自民党から発せられる「オジサン臭」と自由同和会の「ガテン臭」、対してファッション性が強いLGBT。不釣り合いな組み合わせではあるが、彼らもLGBTに「商機」を見出そうと必死だ。
さらに注視すべきはLGBTに限らず、人権の政治利用である。政権の脛に傷があれば、逆に人権施策に逃げ、左派や野党からの批判逃れ、ガス抜きというのは大いにありえる。特に森友・加計学園問題や自衛隊日報問題、裁量労働制データ問題など政府、自民党は厳しい状況だ。そこで名誉回復の一手で「人権」に逃げるというシナリオは十分想定できる。いわんや現在、ブームにあるLGBT。名誉回復の材料としては格好のネタである。つまり日本版のピンクウォッシングというわけだ。まさか青いバッジ(拉致問題)を外して虹色のバッジ(LGBT)をつけるというわけではあるまいが、今後LGBTの政治利用は一層、進むだろう。
ただこの現象を当事者たちはどう考えるのか? 政治や行政は人権問題に屈服しやすいもの。しかしその声が静まった時に梯子を外すのも”スピード対応”である。政治利用されるとはえてしてそういうものだ。いつしかLGBTブームが去った時に残ったものが”アリバイ対策”だけ・・・。そんなシナリオも考えられる。LGBT当事者にとってみれば現状のブームを歓迎するむきもあるだろう。しかし実は政治と行政を動かしたつもりが利用されていた!? 日本版ピンクウォッシングを注視すべきである。