曲輪クエスト(374) 甲州市 勝沼町 等々力 箕輪

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By 宮部 龍彦

菊池山哉は次のとおり記している。

○栗原筋、日川の河原に点在し、農家である。九戸許り。

○鎭守は無い。

○明治四十三年の日川の大洪水に全村流れて仕舞ったと云。昔は助左衛門、兵太郎の二人の長吏が居ったが、その為古記録はないと。東山梨郡も、此処一ケ所である。

そして、さらに詳細な資料は国会図書館で見られる『未解放部落』である。「等々力一部」として記述がある。

「ぶどう畑中に孤立している小ムラ」とあるが、今もまさに記述の通り、一面のぶどう畑がある。そこに古村へと続く道がある。

1965年の記録でも戸数は8。少ない戸数のわりには広い土地を持っていて、ぶどう栽培により経済的に安定しているという。地名は箕輪みのわ。8戸のうち6戸がぶどう栽培をしていたという。

「南無日蓮大菩薩」「南無妙法蓮華経」とある。やはり日蓮宗と縁があるのだろう。

『未解放部落史の研究』によれば、元寇の捕虜が祖先との伝承があるという。

地図や地形図でも分かりにくいが、現地に行くと少しだけ周囲よりも小高くなっているように感じる。菊池山哉の記述通りなら、洪水の後に、比較的安全なここに移転したのだろうか。

南無日蓮大菩薩の他にも、観音や道祖神などが見える。かつては村のあちこちにあったものが、ここに集められたのだろう。

この石もかなり古いもので、風化が激しくて文字がよく読めない。鉄分が多くて、錆の色をしている珍しい石だ。

山名伸作の探訪記にも勝沼町のM地区として書かれている。その記述でもやはりぶどうの産地である。

そしてこんな記述がある「ブドー組合長の息子さんは差別を受けて自殺し、娘さんはそのことで東京の方へ家出してしまい、組合長もクリスチャンになられたという」。

『未解放部落』にも「勝沼町等々力のムラの娘は、奉公中、塩山市の職人である青年と結婚約束をしたが、青年の周囲の圧力に依って結婚できないとわかると、共に服毒をして永遠のちぎりを結んだ」と書かれている。

見た目は周囲と変わらず、むしろ大きな家が多い。昔は茅葺きだったと思われる家がいくつかあるが、今も住宅として使われているものもあれば、物置になっているものもあるという。

念のために住民に聞いてみると、ここが箕輪で間違いないそうだ。ただ、もう昔を知るような人は生きていないと言われてしまった。

『未解放部落』によれば1973年の時点では8戸中7戸までがぶどう農家。しかも会社員の1戸は建物だけで他出していると書かれている。「生計も豊かで、子女は多く外部人と結ばれ」とあり、当時の時点で周囲と変わらなくなってきていたようである。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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曲輪クエスト(374) 甲州市 勝沼町 等々力 箕輪」への4件のフィードバック

  1. 匿名

    貴殿のマッポンで確認させてもらったが、
    一宮町田中の近津姓が1軒居られるようですね

    返信
  2. 清水川

    長野県 野沢温泉村
    横落 地区
    旧名 墓原(はから)

    兵庫県 姫路市 花田町 高木地区
    皮革のムラ

    対馬 厳原市 下原
    日掛(ひかげ)地区
    処刑場→ダム

    レポートを お待ちしています。
    #dc9c815ed1c2fa23507fa937b292324b

    返信
    1. 宮部 龍彦 投稿作成者

      newschallenger.com で依頼して頂きたいです。
      やってもいいんだ!
      #764a457d9acada0daa4d9092a7ec5e9b

      返信