学術・研究:部落探訪(199) 福岡県福岡市博多区大井2丁目

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , , | 投稿日: | 投稿者:
By 啓発センター

福岡空港のすぐ近くに同和地区があるので行って欲しいというリクエストがあったので、行ってみた。確かに福岡空港の北の「大井」という場所に集会所と公営住宅があり、それらは同和対策によるものと推定される。しかし、戦前の記録には部落としての記載がない。

実は福岡にはそのような由緒不明な同和地区が多数ある。エセ同和地区ではないかの検証も含めて、研究が必要だろう。

明治時代の地図には大井という地名は出てこず、該当する場所には「大浦」という小さな集落がある。そして、戦後間もない頃の航空写真では家が密集した集落があり、戦前よりも家が増えているように見える。

大井町のバス停周辺はホームセンター等の商業施設がある。

現在の地名になったのは福岡空港が出来てからしばらく後のこと。そして、大浦があったのはこのホームセンターの場所である。

道路を挟んだ反対側は民間の団地、公営団地、事業所が入り混じっている。

公営団地がある辺りにあったのが大井天満宮。新しい神社で、昔からここにあったわけではない。

その横には平成7年と記載のある顕彰碑があり…

さらに昔のものと思われる無骨な石碑がある。ただ、気になったのは古い石碑には大浦という名字の人物が多数記載されているが、新しい石碑には大浦姓は見られないし、電話帳や住宅地図でも周囲に大浦姓は見られない。改姓したのだろうか?

近くに大井集会所がある。

なお、福岡県では公共施設の設置管理条例で同和対策に関わるものはインターネット版の例規集で施設名と所在地の一覧が省略されている。逆に同和対策に関わらないものは省略されていない。これは鉄壁の法則である。

大井集会所はインターネット版例規集で記載が省略されている施設なので、同和施設であることは間違いない。

集会所の周囲にはやや古くなった公営住宅がある一方で…

公営住宅の新設も進められている。古い住宅は取り壊され、住民はこちらに引っ越すことになるのであろう。

空港に近いが離着陸のコースにはなっていないようだ。しかし、ホームセンターのある側はそれなりに空港の騒音がする。少しでも空港の騒音から離すように移転されたのだろう。

空港までは歩いても行けそうな距離。思い立ったら東京でも大阪でも沖縄でも行けるのは悪くはないのではないだろうか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

関連記事

学術・研究:部落探訪(256)滋賀県 蒲生郡 日野町 豊田

蒲生郡日野町豊田は滋賀県の中でも有名な部落の1つである。最も環境が厳しかった一方で、環境改善事業が早い時期から行われ1991年11月に「環境改善事業完了祭」が行われ、同和対策の終結を目指すことを宣言した。 昭和初期の記録 […]

学術・研究:部落探訪(255)滋賀県 東近江市 御園町

今回訪れたのは御園町。かつては薗畑という名前で、例のデータだと昭和初期には103戸の部落だった。近世は横井村と呼ばれ、明治初期の記録では156戸とあるから、明治以降から昭和初期にかけて世帯数が減った珍しい部落である。 さ […]

学術・研究:部落探訪(254) 京都府 相楽郡 笠置町 有市(前編)

笠置町は京都府内では井手町に次いで同和関係者の比率が高い自治体として知られる。その理由は、笠置町自体が全国でも最少クラスに人口が少ない町である上、有市という農村部にしては大規模な同和地区を抱えているためである。 戦前の記 […]

学術・研究:部落探訪(253) 滋賀県 愛知郡 愛荘町 山川原

戦前の記録では、山川原の戸数は144、生活程度は中。あそこは部落ではないと言われるくらいに、住民は豊かだったと言われる。江戸時代は「川原村枝郷皮田」が正式な名称であり、野良田村という通称もあった。それが、明治4年の解放令 […]

学術・研究:部落探訪(252) 滋賀県 愛知郡 愛荘町 川久保

「夜も煌々と電燈の光が川久保村の空一ぱいに輝き、まるで不夜城のようでした」―いにしえの滋賀県の部落を記録した書、『滋賀の部落』にはそう記されている。1931年(昭和6年)当時の戸数は25戸134人、 1996年時点で72 […]