1921年の『地方改善ニ關スル調査』によれば、筑波郡小張村大字小張の字谷津向に古村があった。本籍は11戸だが、そのうち現住は6戸と記録されている。そこは、現在のつくばみらい市小張である。
藁細工をやっていたようである。

谷津向という小字は愛宕神社の近くにあることが確認できる。

愛宕神社自体は相当立派なもので、明らかにわずか6戸の古村単独の神社ではない。神社の裏手や脇に古村があることはよくある。神社は後回しにして、このあたりではないかという所へ先に行ってみる。


事前にストリートビューで鳥居と祠が確認できていたのだが、現地に行くと鳥居が倒れてしまっている。

茨城では今年に入って何度も地震があった。8月23日にはつくばみらい市で震度5弱を観測した。それで倒れたのだろうか。


祠を覗いてみた。中に小さな像が納められている。狐の姿はしていない。お稲荷さんではないのだ。これは白山神社だろう。
足元には銀杏が落ちている。栗も、くるみも落ちている。山の幸である。

周りの家の佇まいは、茨城でよく見る隔絶した古村のそれである。人目につかずに作業ができるようなつくりになっている。

墓地があった。墓石には「杉原」とあり、「小松原」とある。前回の足高でも、祠の鰐口と墓地に小松原の名があった。これはもう、ここで間違いないだろう。
聞いたところでは、さきほどの祠は小松原家の土地にあり、杉原家も氏子なのだという。病気になったときにお参りすると治る、と言われてきたそうだ。
氏子と思われる家を訪ねてみたが、留守だった。

馬頭観音もある。

帰りがけに、詳しい方に出会った。地元では「権現様」と呼んでいるという。5軒ほどがあそこの氏子だったが、今は若い人がいなくなり、管理する人もほとんどいないそうだ。

鳥居が倒れたのは数ヶ月前とのこと。やはり地震が原因だろう。
茨城のこの辺りで権現様と言えば、白山である。軒数もおおよそ合う。ここに古村があったと見て間違いないだろう。



