実録・淡路島5人殺害事件(6)平野達彦は統合失調症だったか?

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By 宮部 龍彦

2017年3月22日、神戸地裁で平野達彦に判決が下された。主文は「被告人を死刑に処する」「押収してあるサバイバルナイフ1本を没収する」である。

一審は裁判員裁判であったので、ある意味「市民感覚」に即した判決であると思われるはずだ。いくら精神障害があったと言っても、理不尽な理由で5人を殺害した結果は重大。むしろこのような人間を絶対に社会に出してはいけないと裁判員も考えたということなのか?

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しかし、一審で死刑判決が出されたのは、単純に市民感覚によるものと言えないところがある、

この裁判は、当初から裁判官も裁判員も弁護士も傍聴人も、平野達彦が精神障害者であると確証を持っていたことであろう。具体的には、平野達彦は統合失調症ではないかということだ。裁判の中でも、この「統合失調症」という言葉は何度も出てきた。

裁判員からは1度だけ、平野達彦の妄想は本人が嘘をついているのではないかと鑑定人に質問があったが、裁判所指定の鑑定人はそれを否定している。何度も本人と面会して確認したし、通常人よりもIQが低めの平野達彦が一貫して鑑定人を騙し続けるのは不可能ということである。

一方別の裁判員からは被害者を殺害した行為は妄想によるものではないと言えるのかと鑑定人に質問があり、鑑定人が殺害行為は妄想ではないと答える場面があった。いずれにしても、この裁判では裁判員はあまり積極的に質問しなかった。

筆者を含め、多くの人は「統合失調症」について誤解しているかも知れない。

ツイッターで「集団ストーカー」「電磁波攻撃」で検索すると、妄想としか思えないようなことを延々とつぶやいているアカウントを何百と見ることが出来る。それらは統合失調患者によるものと思われ、隠語で統失あるいは糖質と言われることがある。

しかし、実際にはそれらの原因は統合失調症に限らない。身体の病気がそうであるように、違う病気でも同じ症状が出ることがある。例えば、「咳」という症状にしても咳という病気があるわけではなく、喘息でもインフルエンザでも結核でも肺がんでも同じ症状が出る。

それと同じように、妄想という症状を生じる精神障害は統合失調症に限らないのだ。例えば認知症、脳への外傷、薬物といった原因でも同様の症状が出ることがある。また、そもそも人間は突拍子もないようなファンタジーを信じ込んでしまう生き物であるという側面もあり、特にその傾向が強い人と、明らかな人格障害を明確に線引きすることは難しいということもある。

ただ、統合失調症という精神障害が存在することは明らかである。

筆者はツイッターで延々と「集団ストーカー」による攻撃を主張している人物に実際に会ってみたことがある。本人は統合失調症であることを否定したが、しばらく話していると「こうやって話しているうちにも、貴方の顔が別の人に入れ替わって見えることがある」と言われた。これは「カプグラ症候群」と言って、統合失調症の典型的な症状の1つである。このように、統合失調症の場合は妄想以外にも様々な特徴があるので、精神科医であれば別の精神障害と区別することが出来るという。

統合失調症の原因は、脳内の神経伝達物質であるドーパミンの分泌異常という説が有力である。実際に、ドーパミンに関連する器官に作用する薬が、多くの場合統合失調症の治療に有効である。

ただし、それも完全に仮説の域を出たわけではなく、他の要因もあると言われる。統合失調症はかつては精神分裂病と言われたが、末尾の「病」が「症」に変わったのは、決定的な原因が分からないため、病気というよりは「症候群」と言ったほうが正確だからである。

さて、裁判の中で平野達彦本人は統合失調症であることを一貫して否定して、なおかつ「精神工学戦争」等は妄想ではなく真実だと主張し続けた。無論、そのことは統合失調症を否定する理由にはならず、むしろ彼の異常さを印象づけることになっただろう。

しかし、一審で証言した2人の精神鑑定人は統合失調症を否定した。裁判所が指定した鑑定人は「統合失調症様の症状」は認めたが、統合失調症そのものであることは否定した。検察側の鑑定人に至っては、「精神工学戦争」等は妄想ではなく平野達彦のIQが低いから本やインターネットの情報を鵜呑みにしてしまったものだと主張した。ただ、両者に共通しているのはリタリンの大量摂取による薬物中毒の後遺症があったということだ。

言ってみれば自分で覚せい剤を服用するか、あるいは大量飲酒して犯罪を起したようなもので、これだけでも同情の余地がない。加えて、判決ではその影響さえ否定された。

平野達彦の法廷での言動はあまりに異常であったので、もし精神鑑定人が、病名は何であれ平野達彦は精神病で心神耗弱状態であったと鑑定すれば、裁判官も裁判員も事実関係については納得したであろう。特に裁判官は、妄想はなかったとする検察側鑑定人の証言に対しては終始懐疑的であった。

いくら凶悪な犯行と言えど、鑑定結果によっては、裁判官が「感情はともかく法律上は減刑せざるを得ない」と言えば裁判員は受け入れた可能性はあったと思う。つまり、一審が裁判員裁判だから死刑判決が出たというわけではない。

しかし、妄想の症状を認めた裁判所指定の鑑定人でさえ、犯行は妄想によるものではないと証言した。その結果、死刑回避の余地がなくなったのである。判決には「被告人は各犯行当時,切迫した恐怖を感じていたわけではなく,直接的に殺害を促すような幻覚・妄想等の症状があったわけでもない」とある。

いずれにしても、鑑定人がいずれも平野達彦が統合失調症であることを否定したのは、平野達彦には妄想以外あるはずの統合失調症特有の症状が見られなかったということであり、平野達彦が統合失調症であった可能性は極めて低いだろう。

狂気と常識

平野達彦が神戸地裁で死刑判決を受けた後、弁護士が大阪高裁に控訴した。そして、平野達彦の身柄は大阪拘置所に移された。

そこで、一度だけ平野達彦に面会したことがある。

平野達彦は法廷ではややしかめっ面をしていたが、拘置所の面会室で私の前に現れたときは、おだやかな表情で、落ち着いている様子だった。取材に来た旨を話と開口一番に言われたのはこんな事だった。

「連絡なしに来られるのは非常識やないですか、先に手紙をください」

それに対して、それはそうですが、実際に面会できるかは拘置所に電話しても教えてもられないし、実際に来てみないの分からないのでアポ無しで来たと言い訳した。

「“たつひこ”さんですか、同じ名前ですね」

その程度の雑談には応じてもらえたが、事件や死刑になった心情については一切答えてもらえなかった。

いずれにしても、筆者の印象では、平野達彦はおそらくは普段は常識的な人物なのだろうということだ。しかし、「精神工学戦争」について話せば途端におかしくなる。そして、事件そのものについては裁判の時と同じく、心を閉ざしているようであった。

筆者は、平野達彦が言う通り、手紙を送って改めて面会したい旨を伝えたが、返事はなかった。

とりあえず、手紙に次回訪れる日を書いて、その日に大阪拘置所に行ってみた。そして、面会を申し込んだところ、拘置所の職員からこう言って断られた。

「今、被告は懲罰されているところなので面会できません」

(次回に続く)

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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