香港で続く反政府デモが長期化している。デモの発端となった「逃亡犯条例」をめぐっては香港政府が正式に「撤回」したと伝えられたが、市民・学生グループの反発は収まらない。これに対して中国当局、中国側メディアはデモ隊を「暴徒」と断じて、牽制している。情報も市民生活も混乱する最中だが、一部市民たちがネットを駆使して独自に情報発信を続けて、デモ隊への理解を呼びかけている。メディアや政府を介さないリアルな香港とは? 現地の言葉、広東語にも精通し香港市民と独自のネットワークを持つX氏に“市民目線 ”の香港の実情を聞いてみた。
中国建国記念日に黒服部隊が結集する?
香港デモ隊に対して隣接する深圳(広東省)では人民解放軍が待機し、睨みを利かせている。人民解放軍が市民と対峙するという光景は我々、日本人にとっても“トラウマ ”ではないか。1989年、中国で起きた「天安門事件」。生身の人間が戦車に立ち塞がる姿は悲劇という生易しいものではなかった。あれから30年、あの陰惨な記憶と香港デモを重ねて見る人も少なくないだろう。もちろん香港市民も天安門事件を意識しているに違いない。
もし香港デモが30年前に起きていたら…。天安門事件なみの悲劇が起きたかもしれない。「中国当局は報道や通信の自由がある香港で武力鎮圧できないし、米中貿易戦争のさなかに国際的非難を受ける行動は取りたくないでしょう」とX氏は分析する。建国記念日はもう間近で、なんとかデモを鎮圧したいという思惑もあるが、さすがに“世界各国の目 ”と大方の情報は共有できるインターネットの存在も侮れない。強引な中国であっても迂闊なことはできないはずだ。
また中国側にはまだ余裕があるようにも見える。この点については香港の憲法と言われる「香港特別行政区基本法」の存在が大きいと同氏は指摘している。基本的に香港の自治、そして一国二制度というシステムは同法が根拠だ。しかし基本法の期限は28年後の2047年。中国当局としては急いて事を仕損じるよりも失効後を視野に入れ、長期的に着手すると同氏は分析している。
さて香港市民からは「五大要求」として
(1) 逃亡犯条例改正案の撤回
(2) デモを「暴動」とみなす政府見解の取り消し
(3) デモ逮捕者の釈放
(4) 警察の暴行を調査する独立委員会の設立
(5) 民主的選挙で指導者を選ぶ普通選挙の確立
がスローガンとして掲げられてきた。同氏の解説は頷ける。
「(1)は今回実現出来たとして、(2)~(4)は 行政当局がどこまで譲歩出来るかでしょう。(5)の「普通選挙の実現」について は香港返還の1997年以来の課題として、中国政府は却下し続ける一方で、従来から何度も市民デモが行われて来た一番の懸案事項。香港市民として今回の一連の 出来事は、『直接選挙が実現していないことが「諸悪の根源」である』との理屈です。とは言え中国共産党が方針転換してここで普通選挙を認める可能性は低いでしょう」
普通選挙の実現という大目標。逃亡犯条例の撤回が落としどころにならずに、デモが鎮静化しないのはそもそも根底に「普通選挙の実現」があるからだ。市民にとっては香港返還以来の悲願であるが、同時に中国としても妥協できない一線だ。いずれにしても香港市民たちの抗議は続く。
X氏がデモ隊有志から入手した香港デモの日程表を見てみよう。本稿が出る25日には「捕まった“義士”の初公判」が開かれ、罪状認否や保釈が 審議される。おそらく裁判所前には被疑者を支援するデモ隊が集結すると見られる。28日の「雨傘革命五周年」については補足が必要かもしれない。2014年、香港特別行政区行政長官選挙に対し全人代常務委員会が自由な立候補を阻止する決議をした。これに学生組織「学民思潮」などが反発し、大規模なデモに発展。この際、デモ隊は警察の催涙弾を防ぐために雨傘を持参したことから雨傘革命と命名された。10月1日、 国慶節の日にはデモのシンボルカラー「黒」の“勝負服 ”で臨む予定だ。表を見る限り、当面はデモが収束しそうにない。そんな香港人たちの日常生活は?
デモが日常化した香港の今
「デモ」のイメージが定着しつつある香港。しかし本来は世界屈指の観光地、商業都市と連想する人が多いだろう。日本で言えば東京都の約半分ほどの小さな面積にも関わらず富と繁栄と観光スポット、エンターテインメント、様々な魅力が詰まった世界でも例を見ない都市だ。あるいは著者と同世代に「香港」と聞けば「Gメン75香港空手シリーズ」と答える人が少なくないかも? 日本のアクション俳優・倉田保昭と香港肉体派・俳優、 ヤン・スエの格闘シーンはインパクト大。そしてご存知、ジャッキー・チェンを生んだアクション映画の本場でもある。それから香港グルメも人気で西貢区の海鮮レストラン街は日本の旅番組でもたびたび取り上げられてきた。バブル期には買い物ツアー、そして高速船でお隣・マカオのカジノで遊興する。日本人にとっての香港はこんな豪奢なイメージではないか。
香港・中国人だけでなく、元支配層だった白人や植民地繋がりでのインド人、 メイドとして出稼ぎに来ているフィリピン人やインドネシア人まで、多種多様な人種が集まる香港。100万ドルの夜景と称賛されてきた高層ビル群をバックに今でも謎めいた魅力がある。さらに歴史を遡れば、40~50年前までは麻薬と売春の街とも言われ、その時分は犯罪や汚職が蔓延していた。こうした負の側面も香港の一つの裏の顔だ。このため「1974年に『廉政公署』という汚職取締専門の役所が設けられ、それ以降急速に政治や経済の汚職事件が減少しました」(X氏)。
また一般的に香港の治安は良好で、百貨店や商店は夜10時頃まで営業しているという。「深夜1~2時でも、帰宅する若い女性が一人で街中を歩くことも出来ます。“ 痴漢に注意! ”とか “ 被害にあったら沈黙しないで! ”というステッカーが地下鉄や公共スペースに貼られているから犯罪がゼロというわけではありませんが」(同)。
しかし今や香港警察に対しての信頼感は低いという。「香港でヤクザと警察がつ るんでいるという噂は昔から絶えませんでしたが、今回の警察の一連の対応か ら、その疑惑が噴出した形となりました。デモ隊は、対峙する警官(機動隊)に 対して現地でヤクザを意味する“黑社會”(ハクセーウイ)と連呼し罵倒したり、 汚職警官を意味する“黑警”と街中に落書きしています」(同)。
具体的には721事件(元朗駅でヤクザと思われる白衣の集団が棒で市民を襲ったが通報を受けた警官が全く姿を現さなかった事件)や831事件(太子駅で無抵抗の市民を機動隊が殴打した事件)といった傷害事件が「警察不信」の契機となった。いずれも警察の対応が後手後手に終わっ ただけではなく、その後繰り返される記者会見でも、メディアや市民からの鋭い質問に対して警察上層部からは誠意ある回答が見られず、結果として今や香港警察は「香港市民の敵」として認知されてしまった。そのため香港市民は、何か街中で事件があるごとに手持ちのスマホで警察の動きを撮影し、ネットに投稿し、市民に自衛を呼びかけている。
日本でもよくあるだろう。テレビや新聞で「市民」と報じられた人物が実はネットで「過激派」と特定されていたという現象。「ネットで真実」というチープな表現は使いたくないが、それでもインターネットの存在によってこうした闇が暴かれる。
「例えばデモ隊に扮した警官と思われる人物に対して撮影者が、“警官じゃない のお前ら? なんでデモ隊のフリをしているの?”と問い詰めるシーンが撮影さ れています」(同)(*動画参照)」
市民たちは特にSNSを活用して情報共有や意思決定をしている。リアルな集会を開催しなくてもネット上で活動方針が策定できるというわけだ。体制側の監視や盗聴への自衛策もある。
「例えば仕事や遊びで深圳(大陸)に入るときは、携帯をもう1台用意し、そちらに別の番号のSIMカードを挿入。デモ関連の画像や動画はない状態で越境します。香港を出境し大陸へ入境するときには、スマホの内容を調べられ、場合によっては騒乱分子として入境拒否されたり拘束されるとの報道もありました。この措置は香港-深圳直接の境界だけでマカオや珠海を経由していけば問題ないとの噂もあります」(同)
香港の華、映画の悪役は 北京語
この通り、ネットをフル活用して、香港政府や警察当局を翻弄するデモ隊。日本メディアではこれを「暴徒」と報じる向きもあるが…。「一部の破壊活動をしている連中はさておき、大多数の香港市民は平和的にスローガンを唱えて町中を練り歩いたり合唱しているだけです。日本で例えて言えば、渋谷のスクランブル交差点で、その場にいる人達が夜21時になったらほぼ全員で合唱するような活動がメインです」とX氏は指摘する。またこんな裏話も披露してくれた。
「小話として、映像の中で警官が強力な懐中電灯を身にまとっていますが、これはレーザーポインターを使って警官を「襲撃」するのが流行っており、その対抗策です。レーザーポインターで警官をポイントした若者を警察が拘束したのですが、その際の逮捕の理由として、「攻撃性武器をもって警官を襲撃した」という理由だったから、だそうです(笑)。それ以来、一部警官に反感を持つ若者の間では、警戒しつつもレーザーポインターで警官を「襲撃」するのが流行って
いるようです」(同)
一時は香港の書店経営者が中国に拉致されるという報道もあった。言論の自由はどの程度の守られているのか。
「一般的な中国批判の論調のものであれば多数売られていると思いますよ。なにせ、街中の一等地に法輪功の連中が掲示を飾って宣伝活動してますから(笑)。具体的には香港島の銅鑼湾のそごう(一番の繁華街のシンボル)の隣で法輪功が活動しています。数年前悪名高き慰安婦像も置いてありましたが、先日行ったら消えてましたね」(X氏)
思ったよりは自由なのか、それとも不自由なのかは判断が難しい。しかし中国という存在が大きなプレッシャーになっていることは紛れもない事実だ。1997年の返還時には中国化を恐れて富裕層は海外に移住したというが今後、香港市民たちの国外脱出は起こらないだろうか。
「今回のデモ参加者の手記に『家庭を持って稼いでいずれは外国へ移民しようと思った普通の中流階級の男として…』みたいな文章がありましたから、金があれば海外で住みたい、と思う人は多いでしょうね。少なくとも海外にも拠点を置いてパスポートを複数持っている人もいますが、貧乏な下級市民としては難しいでしょう。返還前に目ざとい金持ちは皆海外へ避難したものです。今の所それほど中国化していないということもあり、いつでも海外に出られるようにできるのを理想として、香港で暮らしている人(戻ってきた人)もいるようです」
こうX氏は国内事情を説明した上で「じわじわと北京政府は影で香港に影響を及ぼしている、というのは香港市民の共通感覚だと思います」と話した。デモ隊参加者に限らず市民全体に危機感が高まっているのか? あるいは意外なところで「中国脅威論」が存在しているようだ。
「香港映画の多くで、悪役は基本“北京語 ”(『ニーハオ』と話す大陸標準の“普通話 ”)を話します。香港を東京に置き換えて言えば、悪役がみんな大阪弁を話すようなものです(笑)。返還後はヒロインに大陸の女優(北京語を話す)が起用されることも多くなってきてはいますが、少なくとも悪役が大陸から越境してきて悪さをする、というプロットは未だに健在です」
伝統の香港映画から見ても中国の描写は「悪」として登場するわけだ。きっとデモ隊の参加者たちも悪役・中国と脳裏によぎっていることだろう。(続く)
神原元が言及しているフリーライターとは、ひょっとしたら三品さんのことですか。
https://twitter.com/kambara7/status/978487032149241856
自分は絡みがないですからね。寺澤有さんとかじゃないでしょうか。