学術・研究:部落探訪(124) 福島県会津坂下町 塔寺大門“塔寺二区”

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

1921年の記録によれば、会津坂下町には41戸の部落がある。1935年の記録では34戸で食肉、皮革、草履づくりの仕事をやっていたとされる。無論、同和地区指定はされていないが1963年に国からの補助で同和事業が行われたとされ、1968年の同和地区実態調査結果に当時の様子が書かれている。

また、ここは春日八郎の出身地としても知られる。

会津若松から越後街道沿いに会津坂下町へと向かう。昨今、部落についての正しい知識が広まると都合が悪い守旧勢力が、情報保障の概念も理解せず、部落探訪シリーズの抹殺を目論んで屁理屈をこねているが、ならぬことはならぬものなのだ。

現地につくと、意外にもきれいに整備されており、観光客のための駐車場が用意されている。

ちょっとした道の駅のようになっており、ここはもはや観光地。

この恵隆寺のための駐車場が昔からあったのだが、最近になってリニューアルされたようである。

早速、この地について聞いてみた。部落とか差別されている村と聞いても、何のことやら分からない様子。同和地区実態調査結果には燃料は石油とプロパンで風呂のない家が多かったと書かれているが「昔の田舎の部落はみんなそんなもんじゃないか」という反応。ここでいう部落は、あくまで集落のことである。

ここは越後街道の宿場で、昔は商店が並んでいたのだという。そのため、街道沿いの家はそれぞれ屋号を持っているそうだ。

また、塔寺の自治会は1区、2区に分かれており、坂道になっている街道を会津若松方向に降りていった側が2区なのだそうだ。そこは確かに昔から肉屋が多かったが、十数年前に近くにあった屠場が毎年一千万円程度の赤字を出しているということで廃止になり、多くの肉屋が会津若松の方に移っていったそうだ。

街道沿いには商店や新しい家があるが…

少し裏手に入ると寂れた田舎の風景に変わる。

なお、塔寺出身の有名人に、歌手の春日八郎がいる。ただ、春日八郎の実家は借家であり、地元で商店をしているとか、塔寺に居着いているような家ではなかったという。当然、春日八郎の生家は残っていない。春日八郎が幼いころ家が貧しかったというのは知られているのだが、春日八郎が部落出身と言えるのかは微妙である。

ここのは白山神社がある。近くの人に神社の由来を聞いてみると、「新潟の方から来た」という。同和地区実態調査結果には部落の起源について「上杉の残党」との記述があるので、そのことと符合する。

神社の前には肉屋が。塔寺にはもう2軒しか肉屋が残っていないそうなので、そのうちの1軒ということになる。ここは主に馬肉の卸をやっていて、北海道のばんえい競馬にコネがあるので、よい肉を仕入れることが出来るのだそうだ。

塔寺で馬肉が扱われるようになった理由は、越後街道の宿場であるこの地には古くから博労つまりは馬の売買をする市場があり、明治の頃からは農耕馬として貸し出された馬が働けなくなった時に馬肉として利用するようになったという。

ちなみに、西七日町に来た力道山が馬刺しを広めたという説には異論を唱える。肉屋が馬刺しを客に提供するためには馬刺し用の肉を卸す業者がいなければ出来ないはずで、戦後間もなく冷蔵庫が普及した頃にそれは始まったのだという。何が言いたいかというと、つまりは「西七日町ではなくウチが元祖だ」ということだ。それどころか、戊辰戦争など関係なく、会津の馬肉自体が塔寺が元祖なのである。

会津の肉屋は「伊藤系」「小林系」「鈴木系」の3派閥があり、互いにライバル心を燃やしているようである。先程の話の真偽はともかく、互いに競争してよい物が提供されるのなら消費者にとっては有り難いことだろう。

筆者も国産モモ肉馬刺しを買ったので、近日Youtubeで食レポしようと思う。筆者が買っている間にも、すぐ次の客が入ってきて1万円分注文しているような状況だったので、これは間違いなく美味いはずだ。

福島県特産品として唯一県から認定され、各地のデパートの物産展でも売り切れ続出だそうである。

神社の近くには集会場もあった。「塔寺二区」とあるので、間違いなくここが2区だ。

さきほどの駐車場の近くにも神社らしきものがあるが、この由来はよく分からなかった。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(124) 福島県会津坂下町 塔寺大門“塔寺二区”」への15件のフィードバック

    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      塔寺ではゲネについては聞きませんでした。

      まず、ゲネという言葉について調べようという考えが頭になくて、西会津町を探訪した時に、私から言ったわけではないのに地元住民からゲネという言葉が出てきてびっくりした次第です。

      返信
      1. +

        塔寺を探訪した和田献一は、確か『部落解放』で「なぜ部落が二区と呼ばれるのかといえば、本村に対する枝村だから」と説明していました。しかし、ひょっとしたら肉屋の肉に引っ掛けた駄洒落が語源なのかもしれません。

        返信
        1. 鳥取ループ 投稿作成者

          一区に対する二区という以上の意味はないと思います。自治会が分かれているというだけの話で、名前の意味を深読みしたらきりがありません。

          返信
          1. +

            それが、和田のルポには「部落はT二区と呼ばれ、自治会名と行政区名とに用いられている。T地区に一区や三区がなく二区とだけ呼ばれているので」云々とあるんですよ。

          2. +

            同じルポに「T地区を一区、県道からを二区とするように求めている」ともあるので、今の塔寺に一区があるとすれば、後から作ったのかもしれません。『部落解放』1994年12月号のpp.24-29です。

          3. 鳥取ループ 投稿作成者

            そうだったのですが。ともかく私が探訪した時は地元の方は一区と二区があると、はっきりと仰ってました。部落解放の記事が事実だとすれば、後で一区が作られたんですね。

  1. 奈良の人

    観光地化し融和した部落ですか、いいですね。
    観光ついでに行ける部落として、香川県直島をリクエストします。
    部落の方は二戸一が立ち並んでるありきたりな外観ですが、島全体が芸術の島として近年は外国人観光客も多数来られています。
    関東からは遠いですが、観光旅行ついでにどうぞ。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      ありがとうございます。探訪候補にいれておきます。
      こんな離島でも香川県特有の太陽熱温水器付きのニコイチがあるところが興味深いです。

      返信
      1. .

        香川の話題が出てましたので、少し見解をお聞きしたいのですが、
        https://goo.gl/maps/y3NXkJkARgihz42Z6
        丸亀市の塩屋部落と思われるニコイチなのですが、
        他の改良住宅は市営なのですが、当該は普通に「一般県営住宅」となっています。
        ご存知と思いますが、ニコイチ太陽風呂という典型的香川の改良住宅なのですが、
        ココだけが「県営」なのは何か有るのでしょうか?
        普通は同和対策は市町村が管轄なので「県営」なのがすごく気になっています。

        返信
  2. 部落探訪

    この回のカテゴリーが「部落探訪」ではなく、ただの「探訪」になっていますよ!
    「部落探訪」で検索すると漏れてしまっています。

    返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(287)埼玉県 本庄市 児玉町下浅見

早稲田大学本庄高等学院の近くに部落があるようなので、特定してほしいとのリクエストがあった。そこも旧児玉町で、周囲に多くの部落があるのだが、その中でも学院に最も近い下浅見(しもあざみ)の部落の特定を試みた。 ここには戦前に […]

学術・研究:部落探訪(286)埼玉県 本庄市 児玉町吉田林

小林初枝『こんな差別が』には次の記述がある。 私の友人の弟で岩上姓なる青年が、部落外の娘と恋仲になりましたが、娘の親戚から、「せめてもう少し離れた土地の岩上なら、世間さまへいいわけもきくが、児玉で岩上といやあ、だれでもい […]

学術・研究:部落探訪(285 後編)埼玉県 本庄市 児玉町児玉 下町

前回に引き続き、下町の探訪である。そもそも「下町」とはどこの、どの範囲を指すのか、文献だけでは分かりにくかったが、現地を探訪するうちに次第に全容が分かってきた。 それを理解する鍵は、小林初枝『こんな差別が』で挙げられてい […]

学術・研究:部落探訪(283)山梨県 笛吹市 一宮町田中 西組

「国連NGO横浜国際人権センター山梨ブランチ」を取材するために山梨県を訪れていたのだが、地元の方から、山梨県の部落と言えば笛吹市の田中が有名と聞いた。未指定地区であるが、とある全日本同和会の幹部もここから出ているという。 […]