学術・研究:部落探訪(121) 福島県白河市旭町1丁目“下町”

アバター By 鳥取ループ

東北には部落はない、あるいは東北はもともと全体が部落のようなものと言われるが、実際は東北にも部落があるとされる。今回訪れたのは福島県白河市。1935年の記録では「下町」という9軒、61戸の部落があったとされ、革、食肉が主な産業だったという。

また、1962年の同和地区精密調査によれば大正10年の記録で、白河市三十三間町に部落があるとの記述がある。

筆者は10年ほど前にも車で福島を訪れたことがあったが、神奈川県から半日以上かかった。当時は圏央道がなかったので、埼玉県まで一般道を通るか、都心を通るしかなかったので、いずれにしても渋滞に巻き込まれた。しかし、今なら3時間で行ける。

ヤフー地図によれば、この辺りに白山神社があるはずなのだが、見えるのは空き地と廃墟となった物置らしきものだけ。

しかし、住宅地の中を進むと、何やら風情のある一角が。

古くて大きな家があり、金色のプレートが掲げられている。

「毛皮の輸出」という記述が目に留まった。職業からするとここではないだろうか。しかし、目の前にあるのは豪邸で、この説明からも貧しいどころか大変な金持ちだったようだ。

中では何から作業をしている。出入りしている人に白山神社について聞いてみたが、よく分からないとのこと。ただ、神社らしいものならそこにあるよと指差す方に行ってみると…

小さな祠と、参道のようなものが現れた。

これは間違いなく白山神社。

やや殺風景ではあるが、しっかりと神社の造りをしている。

神社の前には旭町集会所という、立派な町内会館がある。

「森本七郎の神様」と表札の出た家が。もしかすると、神主さんだろうか? しかし、見た目通り空き家になっていた。

松尾芭蕉の句碑があるこの通り、三十三間通りと言うらしい。白山神社、皮革業者、三十三間町と、ここが記録にある部落であるという状況証拠が揃ってきた。

付近の住民に「下町」を知らないか聞いてみると「下町ならそこ、松島さんって大きな家があるでしょ」と指を差された。

住民にはこう語る。

「子供の頃は、下町の子と会う度に喧嘩してて、それはもう戦いの日々だった。喧嘩っ早いからね」

まだ差別があるのかというと、「別に避けようという気はないのだけど、下町は下町の人で仲間意識が強いから、今でもあまり付き合いはないね」ということだ。

ここは太鼓店で、中には太鼓の部品のようなものがあるが、もう閉業してしまったという。入り口は空いていたが、呼んでも誰も出てこなかった。

太鼓店はもう1軒あったが、ここも閉業したという。

ちなみに、この菓子屋は営業中で、手作りのスイートポテトや揚げ饅頭が売ってあった。安くて種類が多くて美味しい。

松島家は確かに地元の名家で、毛皮だけではなく、動物の剥製等も扱っていたそうだ。しかし、既に主人が亡くなってしまい、子供も都会に出て跡継ぎがいないという。ただ、家を荒廃させるままにすることを忍びなく考えた息子が、保存のために動いているそうだ。さきほど見たのは、そのための工事だったのだ。数年後には、記念館のようになって中を見られるかも知れない。

下町の住民に「差別」について聞いてみた。「部落地名総鑑」に載せられたことがあるというような話は聞いたことがあるが、白河市はそういった教育はまったくやってこなかったし、親が子に話すようなこともないという。筆者がそういう事を聞いて叱られるということはなかったが、基本的にはあまり話題にしたくないことのようだ。

部落には心なしか空き家が多い一方で、新聞販売店や、新しい住宅も見受けられた。

「寝た子を起こすな」という考えがある一方で、松島家の保存のように地域の歴史を受け継いでいく動きもあるように見える。

学術・研究:部落探訪(121) 福島県白河市旭町1丁目“下町”」への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です