現在、交野市役所で発生したパワハラの公益通報潰しについて追跡取材中だ。各地で同種案件が発生する中で滋賀県の「社会医療法人誠光会」(草津市)でも役員報酬の不正問題を告発した理事、職員らが不当な処分を受けていた。しかも告発者らは三日月大造知事、滋賀県庁健康医療福祉部にも相談したが〝黙殺〟され続けたそうだ。現在、滋賀県庁は調査を進め、また関係者に対して警察は事情聴取を行ったという。年明けには何らかの進展がありそうだが――。
公益通報のきっかけは不当な報酬増額

滋賀県は弊社にとって創業の地、原点のような自治体である。それも特に因縁が深い草津市にある「社会医療法人誠光会」で起きたトラブルだ。なお一般的に「草津」といえば群馬県吾妻郡草津町の印象が強いと思うが、繰り返しになるが滋賀県の草津市である。
草津市は京都、大阪へのアクセスが良好な上、企業、大学の誘致などで人口が増加。新住民の転入に伴いマンション、商業施設が続々と建設された。誠光会の医療施設は草津市の発展とともに拡大したようだ。
「湖南地方の代表的な病院。県の災害拠点病院にも指定されています。もとは水野外科医院という小規模な病院から始まって、現在は500床を数える大病院になりました。行政との関係は深いとは思いますよ」(地元市議)
同会が運営する「淡海医療センター」は中核病院、基幹病院で地域医療に貢献してきた。コロナ禍で同センターには入院待機施設「県安心ケアステーション」が設置。当時、医療業界では病床逼迫が深刻化する中で同センターが感染拡大の防止に貢献した。
このような地域の名門病院、誠光会に異変が発生したのだ。
一部役員と社員による特別背任、また県庁職員への贈賄、供応接待、組織的隠ぺいについて内部関係者が草津警察署に告発したことが発端。関係先に警察の家宅捜索が入ったとの情報がもたらされた。
内部で何が起きていたのか。告発文を元に、これまでの経緯をまとめてみた。

もとは2021年8月、T理事とK社員が賃金規定にないにも関わらず年俸制に変更した上、稟議承認決裁を受けることもなく自らの給与を増額。次いで2023年8月、当時の理事長K氏(現会長)が先のT理事とK社員と共謀し、社員総会の同意がなく役員報酬を増額。この結果、誠光会に対して約2千万円の損害を与えたと指摘した。
告発者は3名の理事と不正を事実認定するよう関係者に働きかけたが、K会長、T理事、K社員、またその他の理事らによって隠蔽されたという。同時に告発者は監督官庁である滋賀県健康医療福祉部の担当者に相談。今年1月27日、1月31日、4月24日、5月13日に面談して事実関係を報告したが特に目立った対応はなかった。それどころか5月13日は正式に公益通報を提出することを担当職員に提案したが、「公益通報の提出は待ってほしい」との返答に留まったと訴えている。
実は誠光会のK会長と担当者は懇意にしており、癒着があったのではないかと告発者らは憤る。
その後、6月に入っても対応がなかったため、告発者が県担当者に確認したところ「すでに調査に入った」と回答。ところが誠光会側には特に調査などは皆無。同時期には滋賀県議を通じて、三日月大造知事と健康医療福祉部部長にも情報提供を行い対応を求めたが進展はなかった。
告発者らは排除、当事者たちは昇進の怪人事
公益通報は国に認められた制度である。告発者の主張や地位は尊重されるべきだ。しかし実際の運用は「正直者がバカを見る」が現実ではないか。
筆者も和歌山市の職員が公益通報した結果、自殺に追い込まれたという痛ましい事件をレポートした。
【和歌山市】同和事業の不正を公益通報したら報復人事で職員無念の自殺 隣に解放同盟員という異常な職場環境
また行政側は告発内容を精査した痕跡が見えない。現在、追跡している交野市のパワハラ問題では告発者に対して「客観的合理的根拠」を求めた。もちろん「悪意」がある通報の可能性は否定できない。しかし交野市の告発者が提出した資料は音声データなど詳細なもので、それでも「客観的合理的根拠」と強弁するのはもはや〝聞く耳持たず〟と同然だ。
公益通報とは過酷なものだが、やはり本件の誠光会問題も通報者に対して不当な扱いがあった。同会は2月に第三者委員会を設置するもそれは元理事長であるK会長が選定した弁護士事務所によって設置されたもの。要するに「第三者委員会」という体裁だけ整えたのだろう。
今年2月、告発に関わった職員X氏が第三者委員会のヒアリングに向け準備をしていたところ「情報漏洩があった」ことを理由に出勤停止処分となる。これでは適正な調査が行えたとは思えない。
3月の臨時理事会では第三者委員会の報告書が提出され理事らが30分ほど縦覧しただけでその後、回収された。
それどころか今度は内部通報者の一人、Y氏について事務手続き上のミスが大事になったと責任を問われ退職に追い込まれたのだ。
6月には告発者に協力した3人の理事が解任されてしまう。公益通報潰しと言っても過言ではない。
逆に元理事長K氏は一度は責任を取って辞任したものの「会長」職を新たに設置し就任。またT理事は理事長特別補佐、K社員は本部長代理に昇進したのだ。異常な人事である。ではなぜK会長、T理事、K社員は優遇されたのか。
地域医療連携推進法人ができる以前は取引業者を理事長、本部長、事務長が自らの判断で決定できたため業者との癒着が常態化していたという。このような体制に戻す狙いがあったと告発者らは推測している。
県担当者「情報開示請求は難しい」
告発を受けて関係者らはどう説明するのか。T理事を直撃したところ「回答はできません。大阪の弁護士法人三ツ星に一任しております」との回答だ。
また同弁護士事務所にも確認したところ担当弁護士は事務員を通じて「答える立場にありません」とのコメントを残した。
これに対して公益通報を受けた滋賀県庁はどう説明するのか。関係者によればすでに複数の職員が事情聴取を受けたというが…。告発文でも名指しで批判された担当職員が取材に応じた。
―最初の告発、1月31日に情報提供を受けたことについて県としてどう対応しましたか。
理事の一人から情報提供を受けて、法人として調査を行った結果をまた教えてください、とお伝えしました。
―告発者が〝公益通報の準備をしている〟と相談したところ〝提出は待ってほしい〟と言ったのはなぜでしょうか。
おそらく録音されてのことだと思いますが、「公益通報」と発言したのかは記憶にありません。県として詳細は話せませんが、対応の準備をしたとお伝えしたと思います。
―6月13日に告発者が(担当者に)相談したところ「調査に入っている」と回答したそうですが、どのような調査でしたか。
現在も調査中ですのでお話できません。
―告発した誠光会の社員の方が退職に追い込まれたり、理事が解任されましたがそのことはご存知でしたか。監督官庁として指導はしましたか。また告発を受けた側は理事長がその後、会長として復帰、またT理事、K社員は昇進しています。これは県として問題視しなかったのですか。
今、調査しているのは報酬の増額についてです。法人内の人事については県が関与、お話する立場にはありません。
―担当職員様はK会長と非常に懇意にしており、法人側に配慮、忖度していたとの指摘がありますが、どのようなご関係ですか。
K会長とは確かに面識はありますが、ただし医療関係の会合などでお会いする程度です。
―そもそもの話になりますが、不正な報酬の増額について県は問題だとお考えですか。
これについては調査中ですので、現時点でお答えすることは控えさせてください。
―今年1月27日、1月31日、4月24日、5月13日に告発者らと面談されています。この時の記録は情報開示請求することは可能ですか。
調査に影響がある可能性があるため、公開はできないと思います。
現在、調査中であるため詳細な回答はもらえなかった。誠光会の関係者、また担当弁護士も沈黙し、滋賀県側は「調査中」を繰り返した。経験上、こうした場合、行政側が示す「調査中」とは残念ながら信頼性が高いとは言えない。本件について公益通報の隠蔽についても深刻な問題だが、それ以上に医療法人と行政の癒着という点も見逃せない。
県職員への聞き取り調査やまた関係先への家宅捜索など警察も捜査に入っており、年明けに何らかの進展があるとみられる。公益通報制度で告発者が不遇に追いやられる構造を是正してほしいものだ。



