お年玉企画「岐阜県高山市上宝町鼠餅と鼠石の旅」

三品純 By 三品純

今年も残すところわずか。さて来年の鼠年を迎えるにあたり、日頃の感謝を込めてお年玉企画・土曜日増刊号は「岐阜県高山市上宝町鼠餅かみたからちょうねずもちと鼠石の旅」だ。ご覧の通り「宝」「鼠」「餅」が並ぶおめでた~い地名、そして不思議な鼠石伝説の旅をお楽しみください。

「ようこそ鼠餅」を期待していたのに。これではモニュメントにならない・・

このところ街歩き、エリア特集、テレビやガイドブックの類で無理やり「奥」をつける風潮がある。高山市がある奥飛騨、奥日光、奥秩父、この辺りなら分かる。山の深さ、膨大な森林、雄大な河川などの景観はまさに「奥」というに相応しい。しかし「奥代官山」とは何か? 「奥渋谷」とは何事か? 土地の広さなど知れている。少しも奥の感じがないし、深みがない。この「奥」をつければセレブ感という浅はかさが耐えられない。

しかし高山市上宝町は紛れもなく「奥飛騨」。説明のしようがないほどの「奥」なのだ。山が深く霧に隠れた谷が出てくる。谷の川沿いに集落が点在し、不便だがそれでも地域に根差して自然とともに生きている。同町はかつて吉城郡上宝村といったが、合併により高山市に編入された。現在は「高山市上宝町鼠餅」という。今思えばあまりに下調べが足りなかった。鼠餅という地名だから町のPRを兼ねて「ようこそ鼠餅」といったモニュメントがあると思い込んでいた。そこで「上宝町鼠餅」という縁起のいい地名を紹介するつもりだったが、その目論見は失敗だ。

鼠餅山中、観光地っぽい案内はこれだけ

この鼠餅、なにせただの山中だ。現在は二戸ほどしか家がないことは聞いていた。そもそも冬季期間は鼠餅までのルートは通行止めになる。ところがいつの間にか冬季閉鎖中の道に迷いこんでいた。すると通行止めの立て看板に「上宝町鼠餅」の文字が…。曲がりなりにもモニュメントとしては味気ない。つまならない。もう少し鼠年感溢れるものはないものか。

お墓があって怖かった。

取材というよりも気ままな旅、行き当たりばったりの旅のつもりだがにしても下調べが足りなかった。まさか冬季閉鎖の地域とは…。とにかくここにいても仕方がないので高山市上宝町支所まで退避することにした。支所の中に市立図書館の分室がある。とりあえず鼠餅という地名について調べることにした。

ついでに地域の人にも鼠餅について聞いてみるが、特に思い入れというものを感じなかった。「ああ、鼠年だからね」という素っ気ないものだ。考えてみれば干支は周期的にやってくる。もし鼠餅がおめでたいってことでイベントやPRをしていたらそういう情報が流れているはずだ。しかしここはただの山林。ちょっと気の利いた自治体ならば便乗するようなものだが、何しろここは地味な岐阜県。そういうアイデアがあるとは思えない。モニュメントがない以上、鼠餅の由来について何かエピソードを集めたい、そう思いほぼ無人の市立図書館分室で資料を漁った。

鼠餅の由来は・・・

『上宝村史』にはこう書かれていた。鼠餅の名称は、このムラの草創の頃、「ネズコ(黒桧)」がその場所に繁茂していたことによるという。鼠餅に所在する土産神神社は古来、木花佐久夜毘売このはなのさくやびめを祀り、氏子の婦女たちから安産の神として信仰されてきた。

鼠餅の名称は、このムラの草創の頃、「ネズコ(黒桧)」がその場所に繁茂していたことによるという。鼠餅に所在する土産神神社は古来、木花佐久夜毘売このはなのさくやびめを祀り、氏子の婦女たちから安産の神として信仰されてきた。

黒桧くろびとはヒノキ科の植物で別名が「ねずこ」。どうやら鼠とは無関係だった。しかしまんざら鼠と無関係でもなさそうだ。土地の老人によれば「ネズミは子をたくさん産む」からこの辺りの神社は安産祈願に訪れる人もいたという。しかしこれでは待望のモニュメントにならない。何らかの写真素材になるものが必要だ。しかしその矢先、上宝町双六には「ねずみ石」なるものがあると聞いた。文献にも少し紹介されており、写真もあるが小さいし白黒だから何のことかよく分からない。

それにものすごく有名な名所でもなさそう。とは言え双六という地名も正月らしくて気に入った。上宝町支所は山の上にあるが、上宝町双六は谷にある集落だという。さっそく向かった。

「双六川沿いに行けばいい。案内もあるからすぐに分かるよ」

こう教えてもらう。そして双六川沿いを走ると、奇妙な看板が見えてきた。すぐ分かるという意味がよく分かった。住所は上宝町双六1190だ。

ちょっと不気味だった。

まず「ミズネ」という黄色い文字が見えた。なんだか怪しげだ。しかしその隣には「ネズミ石」の文字が。確かに鼠状の形が浮き出ている。しっかり鼠だ。

この角度だと分かりにくい?
確かにねずみだ。
松を添えるとお正月っぽいかな。

石の隣に上宝村教育委員会の名で解説があった。昔、双六川の底からねずみが這い出してこの「鼠石」に宿った。このねずみの精は村人と親しんだという。ところが後世、村人たちは珍しい石ということで桂峯寺(上宝町長倉)に寄進してしまった。すると次々に人が死んでいくので易者に占わせたところ、ねずみが寂しがり双六の村人を呼ぶということだった。村人は驚き桂峯寺から再び石をもらい受けこの地に置いたという。

川がとてもきれいだった。

さてこの「鼠石」、もちろん人が塗料で加工したものではなく、花崗岩かこうがんに鼠状の石英が浮かび上がったものだ。鼠餅にまつわる記念碑はなかったが、しかしこの鼠石は新年を迎えるにあたり良い出会いであった。ただこの鼠石に触れると雨が降るという言い伝えがある。実際に雨が降り、そして雪になったから驚いた。

ついでに参考情報。この近辺を訪れる予定があれば、高山市丹生川町兼道89号にかかる大黒橋も通るといいだろう。 恵比寿峠を越える道であることから「大黒」の名がついた。これにちなみに橋には大黒様の像が設置されている。鼠石に大黒、恵比寿峠というのもなかなか縁起が良い。また丹生川町の荒城温泉恵比須之湯あらきおんせんえびすのゆは秘湯として人気である。

カテゴリー: 探訪 | 投稿日: | 投稿者:
三品純

三品純 について

フリーライター。法政大学法学部法律学科卒。 月刊誌、週刊誌などで外国人参政権、人権擁護法案、公務員問題などをテーマに執筆。「平和・人権・環境」に潜む利権構造、暴力性、偽善性を取材する。

お年玉企画「岐阜県高山市上宝町鼠餅と鼠石の旅」」への2件のフィードバック

  1. アバターますお

    鼠石の話題、ありがとうございます。飛騨は私の故郷であり、小学校の遠足では鼠石まで歩いていき、双六川の川辺でお弁当を食べたものです。懐かしく思い出しました。

    返信
    1. 三品純三品純 投稿作成者

      ありがとうございます。思い出のお役に立てれば何よりです。ただ高山市ももっとアピールしてほしいですよ。せっかくの年だから記念イベントみたいなのをやれば上宝町の町おこしになるのにと思いました。

      返信

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