学術・研究:部落探訪(104) 東京都墨田区東墨田“木下川” (後編)

アバター By 鳥取ループ

石原慎太郎が東京都知事だった頃、東墨田では夜中に消防車が行き交うことが度々あった。そのことについて、地元では、皮革業者が自分の工場を燃やしているためだと噂されていたという。

なぜそう言われたのかというと、都の方針で排水規制が厳しくなったために、各工場は高価な排水処理設備を導入しなければならず、それに従えば経営が立ち行かなくなった。そこで、工場をたたんで埼玉県の八潮市に移転する業者が続出したという。

住宅地には古い家もあるにはあるが…

ケアハウスや、真新しい住宅が立ち並んでいる場所も多い。工場が撤退した跡地が、次々と住宅地になっているようだ。

ただ、皮革関連業者が全くなくなったということはなく、皮の加工工場、染色工場もある。

工場には決まって「この地域は特別工業地区です。多少の臭気・煤煙・騒音はご承知ください」という注釈が掲げられている。確かに工場によっては機械の騒音が響いてくるし、皮革工場や油脂工場からは独特の臭いも漂ってくる。

そう言えば、社会福祉会館の同和相談室の窓にも同じ内容の張り紙があった。

これはたぶん、排水処理設備と考えられる。

ここも皮革工場。大量の豚革が積み上げられている。機械で革を加工している様子が外からも見える。

新しい住宅が立ち並ぶ通りの前にあるのは…

清掃工場。今、南青山が話題となっているが、ここはそれとは対極的な場所だ。

ちなみに、清掃工場にはゴミの焼却で発生する熱を利用した温水プールが併設されており、安く利用できる。

ここは白髭神社。このような場所に来ると、ついつい氏子の名前が気になってしまう。

木下川は滋賀県の部落からの移住者が多いと言うが、名字は様々で、確かに滋賀の部落でよく見かける名字がちらほらあるような気がするし、そうでもないような気もする。

いずれにしても、ここにかつて賤民が住んでいたとしても、それが今の住民とつながっているということはないと考えられる。少なくとも戦後は「皮革=部落」というステレオタイプによって部落とされているだけである。では、そういったステレオタイプをなくそうとしているかというと、社会福祉会館の状況からはむしろ逆のことをしているようだ。

廃墟となった工場に、何のことやらよく分からない張り紙が。

東本願寺の教会があった。

学術・研究:部落探訪(104) 東京都墨田区東墨田“木下川” (後編)」への2件のフィードバック

  1. アバター部落とはなにか

    亀戸が始発「日暮里駅」行きバスに乗車すると、東墨田、泪橋、三河島を通るルートがあり、私は最近気に入っています。下町生まれ、育ちの私ですら墨田区や荒川区はなじみがなくディープであるせいか、最初こそいろいろと驚くことが多かったのですが、ふらりバスの旅にでかけることがあります。安くてお得な店も多く、掘り出し物探しにはうってつけです。

    泪橋で下車してバッハで一杯コーヒーを啜り、𠮷原散策から浅草へ出てもよいし、三河島あたりを闊歩しながら、生地問屋会でぶらり楽しむなんてコースもあります。また同じ亀戸が始発「上野広小路」行きは下谷界隈を通るので、また違った雰囲気が味わえ、東京の奥深さを堪能できるのです。

    ところで記事にある「東墨田」ですが、東武亀戸線沿線は戦前かと目を疑うような場所も残されていて、いろいろと歩いてまわると発見があると思います。最近では人気の高い「清澄白河」界隈も、東京のスラムだった場所が部落のような扱いになっていたかと思います。どのような理由で開発が入ったのかは存じ上げませんが、私が以前勤務していた建築会社は手を付けたくない場所のひとつでした。そんなことを書きながら、六本木や白金、世田谷だって。これ以上は書きませんが、東京にもいろいろとあり、また差別も根深く残っていると思います。

    例)川向う(隅田川を渡った東側という意味です)

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  2. アバター大徳寺

    前編と併せて非常に興味深く、分かりやすい解説でした。
    白人貴族のコスプレをして日本を貶める、日本の自動車評論のルーツとも言える地区ですね。
    今度機会がございましたら、石鹼・化粧品業界と芸能界の関りも取材していただきたいです。

    返信

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