富岡八幡宮に「安寧」は戻ったか?

三品純 By 三品純

創建は1627年(寛永4年)という歴史ある富岡八幡宮(東京都江東区)。しかし由緒ある神社にも関わらず90年代から宮司の後継をめぐりトラブルが相次いだ。そして2017年12月7日、第21代富岡長子宮司とその運転手が、実弟で第20代宮司・富岡茂及び妻・富岡真里子 に日本刀で襲われる事件が発生。長子は死亡し、実弟は妻を殺害した上で自殺した。この衝撃的な顛末はまだ記憶に新しいことだろう。その後、富岡八幡宮は安寧を取り戻したのか? 

本誌が富岡八幡宮に関心を寄せたのは神道や神社本庁の問題というわけではなく、かつて富岡八幡宮で部落解放同盟東京都連を巻き込んだ差別事件が起きたからだ

真里子が被差別部落出身で、兄が重度の障害者だと長子や母、富岡聡子が持ち出して弟・茂永(20代宮司)を追い出したという話である。真里子は聡子らを相手取り損害賠償請求を起こしたが結局、取り下げられた。真理子はそもそも部落出自でもなければ、発言自体の有無も曖昧だったからだ。これは富岡八幡宮に限らず、政治・行政・企業でも起こりえる話。追い落としたい相手に対して差別問題、特に部落差別を持ち出す手法は珍しいことではない。その後、解放新聞などでも全く続報がないところを見ても“ 眉唾話”と見た方がいいだろう。

事件後は、宮司の補佐役だった丸山聡一権宮司が宮司代務者に就任し、昨年8月正式に宮司になった。一部には「宮司はやはり富岡家から迎えたい」という声も根強かったというが、どうあれ丸山氏のもと富岡八幡宮は再生を目指している。

さて例年2月の各地の寺社では節分祭が開催され、芸能人やスポーツ選手らが豆まきをすることで人気イベントになっている。同じように富岡八幡宮節分祭も多くの参拝客を集める。果たしてどんな盛り上がりを見せるのか2月3日の同社の節分祭に行ってみた。今年は石倉三郎、テリー伊藤、大和田伸也、オスマン・サンコン 、岩崎良美、また政界からは自民党・秋元司衆議院議員、柿沢未途衆議院議員といった著名人が参加。

豆まき前に挨拶に立つ丸山宮司。

「富岡八幡宮も春を迎えて新しい時をきざんでいきますのでよろしくお願いします」

丸山宮司がこう挨拶して豆まきが始まった。同社によれば豆まきの参加者は約190人ということだ。 入場制限もかかりとても混雑する中で参加者たちは「サンコンさんこっちにまいて」などと声をかけ盛り上がった。

俳優の大和田伸也。
俳優の石倉三郎と80年代アイドルの岩崎良美。

神社本庁からの離脱の影響は?

豆まきの様子だけを見れば富岡八幡宮も平穏を取り戻したかのようだ。また地元でもとても大切にされている神社ということはよく分かる。神社本庁の不動産売買をめぐり内部告発をした元職員によれば「富岡八幡宮はとても氏子さんがしっかりしている神社。富岡家から離れても関係なく運営されていくでしょう」と語る。

また長子宮司時代には神社本庁から離脱をしたことでも話題になった。同庁からの離脱については問題や支障はないのだろうか。同氏はこう解説するのだ。
「日光東照宮といった有力な神社ですら神社本庁から離脱して単立の神社になっています。離脱自体にデメリットはないです。強いて言えば神職は影響があるかもしれません。国学院大学や皇學館大學を卒業して新たに神職を目指す人が単立の神社で就職した後で神社本庁の包括神社の神職になるのが難しいとか。そういうことならありえます。しかし神社本庁の包括神社の場合は本庁の定めた規則に従わないといけませんが、単立の場合、その必要もありません。むしろ制約がなくなります」

となると単立の神社の方が独自性が保てるということか。神社本庁からも離脱し、富岡家からも離れた富岡八幡宮は今後、新しい伝統を築いていくことになる。

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