昨年話題になった映画『名もなき池』をめぐる騒動。岐阜県関市の「関市映像作品撮影事業補助金」で2千万円を支給された(株)IROHA STANDARD(イロハ社)が本作を製作した。だが撮影現場のトラブル、不明瞭な会計など問題が多発し大コケ。イロハ社は関市に映画製作に要した請求書を提出したが大半が「偽造」だったのには驚いた(写真は新原光晴氏と系谷瞳社長)
民事訴訟の被告は系谷一家だけ


「刃物の町」岐阜県関市を舞台にした映画『名もなき池』。心を閉ざした刀匠が女子高生との交流を通じて再び自分と向き合っていくヒューマンストーリー。
というのが大まかなあらすじなのだが稚拙なカメラワーク、音ズレ、セリフが聞こえにくい、関市の宣伝になっていない等々、散々な内容だ。商業映画として成立していない。
同補助金では『怪獣ヤロウ!』も製作されたが、本作はローカル映画としては成功を収めた。ところが『名もなき池』はクオリティ以前に、そもそも関市内で上映すらされていない。
監督兼プロデューサーを務めた新原光晴氏の杜撰な管理体制は主演を務めた伊達直人氏をはじめ関係者からも厳しく批判されてきた。
一方、2千万円も払って自主映画以下の凡作を掴まされた関市だが、一部幹部職員が新原氏と親交があったことも判明。同市と新原氏、イロハ社の癒着も疑われる。市側は補助金返還を求め昨年5月に刑事告訴、8月に民事提訴に踏み切った。
被告は系谷瞳社長と役員の父母で、新原氏は含まれていない。補助金申請から取得まで系谷氏、新原氏のどちらが主導的な役割を果たしたのかは捜査に委ねるしかないだろう。そこで重要になりそうなのが今回、レポートする〝偽装請求書〟だ。
映画製作にかかった経費を示す証拠書類としてイロハ社は業者からの請求書を提出していた。ところが当の請求書に不正が指摘されたため、市側が業者に聞き取り調査を実施。筆者は調査の関連資料を入手した。
資料によればイロハ社が2023年度(令和5年度)に払った対象経費2210万974円のうち1923万6270円分は業者が請求書を発行しておらず支払いも受けていなかった。要するに偽造・偽装されたものだ。中にはイロハ社と取引実績自体がない会社まであったのだ。
A社 854万1356万円分の請求書は捏造
筆者は他自治体でも不正な補助金申請、公共事業をレポートしてきた。見慣れたつもりでもイロハ社側の提出書類の悪質性には驚く他ない。各社の状況をお伝えしよう。
①A社(IT、ネットコンテンツ会社)854万1356万円
A社は854万1356万円と多額の請求書に社名が使われた。名目をみると「ホリプロダクション・スタッフ業」、「映画製作費」、「作曲制作費・編曲パート諸経費」、「映画製作費・諸経費・楽譜制作」とある。ホリプロダクション・スタッフ業に至っては意味不明だ。本作にホリプロダクションは全く関与していない。新原氏は初期のキャスティングの段階でホリプロ所属タレントを候補に挙げていたが、実際は事務所側にオファーしていない。ホリプロのような大手事務所の名を挙げられば逆に疑われないと考えたのだろうか。
A社は市側の調査に対してイロハ社との取引実績自体がないと回答。「請求書は似たようなもの」を使用しており、印鑑はまるで違ったものだという。こんな嘘が本気で通用すると思ったのか不思議だ。それとも関市が容認するという確信があったのか。
B社 新原氏の協力者だったのに裏切られた
②B社(映画館)90万7267円
B社は映画館。過去記事ですでに紹介した兵庫県洲本市の洲本オリオンだ。関市とは無関係の洲本オリオンで昨年3月28日に『名もなき池』を上映した。上映期限は昨年3月末までという補助金の条件を満たすためだ。洲本オリオンは過去、新原氏と取引があったため、協力したという訳だが、同館にすれば裏切られた思いだろう。
しかも映画館なのに項目は「撮影班スタッフ諸経費」「上映管理費・ポスター制作費、印刷費」「撮影スタイリスト」で総額90万7267円という請求になっている。映画館が請け負うような業務ではない。
実際に支払われたのは会場レンタル代1万円のみ。上映したのも同館の好意だったはずだが、代表者によれば新原氏やイロハ社側からの謝罪はなかったという。
C社 唯一の岐阜県業者で一部支払い実績はあり
③C社(イベント会社)4万2965円
調査された8社のうち唯一の岐阜県内の企業だ。本事業は関市の観光PRが目的だから本来は地元企業に発注するのが望ましいだろう。ところが地元企業の顔が一切見えない。そういえば本編では序盤に地元で人気の飲食店が登場するが、同店は関市ではなく「山県市」である。関市とは無関係の上、新原氏は撮影班らと同店で飲食した際に「請求は関市へ」としてトラブルになっていた。
同社分では「ポスタースタンド・フレームセット」、「機材運搬衝立」として26万3685円の請求書が提出された。このうち4万2965円分の支払いはなかった。また「機材運搬衝立」の名目ではなく「物販用の棚什器・ワゴン等」のことだという。
D社 早々に映画製作から離れたが請求書に悪用された
④Ð社(製作関係者)57万8404円
初期の製作メンバーで早々に現場から離れた。にも関わらず57万8404円の請求書に名前が使われた。Ð社は新原氏らと面識があったが、偽装請求書に利用されたことになる。知人でもお構いなしだ。
E社 過去発行した請求書を偽造したもの
⑤E社(番組制作会社)564万7285円
同社は映画PRには協力したという。だが映画製作には一切、タッチしていない。キャスティング費用、キャスティング費・諸経費として48万6142円、また「構成・セッティング、機材費として507万6143円、総額564万7285円を請求したことになっているが虚偽だ。過去の請求書を偽造したもので、銀行口座は実在するが入金等は一切ないと関市に回答した。
F社 金額は正確だが請求内容が違う
⑥F社(広告会社)6万6千円
F社の場合は支払自体はあったという。名目は「台本プロットキャスト配布用印刷」6万6千円なのだが、内訳が違う。実際はF社が発行するタウン誌への広告掲載料だ。それも『名もなき池』の広告ではなく、「コウノトリ映画祭2023」である。
「コウノトリ映画祭2023」とは2023年4月22日・23日の2日間、豊岡市民プラザ(ほっとステージ)で開催されたスタジオジブリ作品の上映イベント。『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』の4作品が上映された。

過去記事でもレポートしたが、新原氏とイロハ社は「スタジオジブリ作品の上映権を持つ」などと欺き、岐阜県山県市、熊本県御船町で映画祭を開催。客入りは悪く主催者らは大きな負担を強いられた。「コウノトリ映画祭2023」の宣伝費を「台本プロットキャスト配布用印刷」として請求書に転用したのだ。
G社 間接的な取引 語学研修をシナリオ翻訳に転用
⑦G社(翻訳業者) 44万円
G社は語学翻訳、語学研修といった事業を行う。G社はイロハ社と直接的な取引はない。別の会社を通じてイロハ社スタッフの語学研修を担当したという。その時の請求書が「翻訳製作」(映画シナリオ翻訳)の名目で『名もなき池』の関連経費として関市に提出されていた。イロハ社とは一面識もなく、警察の事情聴取や関市からの調査書が届いた際は非常に驚いたという。
H社 プロモーションコンサルティング費は全くの嘘
H社(クラウドファンディングコンサル業)61万6238円
同社がプロモーションコンサルティング費として61万6238円をイロハ社に請求したことになっているが、実際は「クラウドファンディングコンサル費」として40万円の請求だったという。
I氏 関市までの交通費30万円は自費も新原氏から謝罪なし
I氏(音楽関係)30万円
当初、I氏は映画音楽の作曲を依頼され、ロケハン(ロケーション・ハンティング)のため2023年11月6、7日に関市を訪問。2泊分の宿泊費や食事代の一部は負担してもらったが、交通費30万円は自腹。
また作曲パートナーも交通費は自己負担だった。翌年2月以降は新原氏とは連絡が途絶え、その後、音楽担当が交代になったことも知らされないまま。遠方から来たI氏にすれば高額な関観光で終わっただけだ。
業者「警察から新原氏のことは聞かれなかった」
2千万円の補助金に対して偽装請求書は総額1923万6270円分。つまりほとんど映画に補助金が使われていないことを意味している。イロハ社・新原氏は補助金を何に使ったのか説明してほしい。またこの責任は誰なのか。
ある業者によれば警察から事情を聞かれた際、「新原氏については何も聞かれなかった」という。先述した通り、新原氏は市幹部職員と懇意にしており、同氏を追及するということは市の不都合を晒すことになりかねない。何らかの「忖度」を感じてしまう。
いずれにしても全く無関係の会社、架空の名目を持ち出し請求書を偽装したのは悪質だ。中には洲本オリオンのように上映の協力者ですら偽装請求書に利用されたケースもあった。この辺り、協力者を裏切り続けてきた新原氏らしさがにじみ出る。
関市民もすでに関心が薄れてきた『名もなき池』騒動だが、行政の補助金事業の闇を追及するには絶好の材料だ。



