学術・研究:部落探訪(242) 静岡県 掛川市 浜野

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 鳥取ループ

前回は千浜を訪れた。せっかくここまでやってきたので、近くにある浜野の部落を訪れることにした。ここはかつての戸数が39、「西区」と称された。文字通り、浜野の西の端に位置している。

この部落の歴史はよく分からなかった。しかし、隣保館が存在することから同和地区指定されたことは間違いなく、白山神社と日蓮宗の組み合わせから歴史的な意味でも静岡の部落の鉄壁の条件が揃っている。

これは休心庵という建物。地図によって寺の記号があたりなかったりする。しかし、これは間違いなく寺である。

裏手には墓があり、花が供えられている。

境内はそこそこ広い。

住職は常駐していないが、寺の機能を備えている。ステレオスピーカー付きのブラウン管テレビが懐かしさを感じた。

古い家、新しい家が入り混じっている。千浜のような大規模な改良は行われてはいないが、それでも道は整備されているように見える。

そして、白山神社へ。コロナ終息のための祈願がされている。このように昨今の時勢を反映したものをしばしば他の神社でも目にする。読者もどこかの神社に通りがかったら注意して見てみよう。

この神社は社殿の中で集会できるようなものではなく、質素なものだ。

ここでも皇室の慶事に因んだものがある。

再び寺の方に引き返すと…

立派な集会所がある。市の施設かと思ったが、市のウェブサイトに該当する記述がないので、ただの自治会館ではないかと思う。

実は、隣保館は少し離れたところにある。

三邑院という臨済宗の寺があり、その近くの墓地から少し歩いてみる。

サッカーが出来る広い敷地の中にあるこの建物が隣保館だ。全隣館加盟館リストに載っており、掛川市では福祉館と呼ばれているようだ。

この日は閉まっていたが、使われている形跡がある。立地としては部落から離れているし、部落内に立派な集会所があるので、隣保館が必要かと言えば必要ないように思う。

鳥取ループ について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

我流style へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(242) 静岡県 掛川市 浜野」への2件のフィードバック

  1. 我流style

    掛川市の中、千浜、浜野から静岡に飛んじゃいましたね~
    探訪していない所を効率よく回るには西からですと浜松市春日、冨吉 磐田市国府台、菊川市下平川(奥ノ谷)河東(一之谷)島田市金谷(番生寺)、島田市松葉町、吉田町神戸、焼津市三ヶ名、藤枝市藤枝が効率的かと・・残念なのは千浜から1山超えれば河東で車であれば数分の距離であったことが・・

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      時間が限られていたのと、どうしても白山町に行きたかったのです。掛川近辺はまたチャレンジします。

      返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(251) 滋賀県 愛知郡 愛荘町 長塚

筆者が長塚を訪れるのは初めてではなく、実は10年ほど前にも一度訪れている。その頃と何も変わっていないように見えた。その時の様子は『同和と在日②』に書いている。 昭和初期の戸数は50。生活程度は悪くなく、明治21年の調査記 […]

学術・研究:部落探訪(250) 大阪府 大東市 北条3丁目“東之町”

前回は大東市野崎を訪れたが、当然北条も訪れねばなるまい。戦前の記録では333戸とされているが、1958年の記録には200戸とある。しかし、この地は一貫して都市化していることから、戸数が減ることはあり得ない。戦後間もない頃 […]

学術・研究:部落探訪(249) 大阪府 大東市 野崎1丁目

今回は大東市にやってきた。ここには2つの部落があり、いずれも元は農村にあった。そして、その後都市化して今に至っている。 野崎は戦前の記録では138戸と既にそれなりの戸数であった。過去の航空写真では比較的家が密集しており、 […]

学術・研究:部落探訪(248) 大阪府 守口市 金田町1丁目

大阪にも、それなりの数の未指定地区がある。今回はその1つである。事前に地図等で調べてみたところでは、確かに部落が存在していたとは考えられるものの、そこに何か痕跡があることはあまり期待できなさそうであった。 かつての部落名 […]

学術・研究:部落探訪(247) 大阪府 富田林市 若松1丁目

ここはかつては「南新堂」と言い、戦前には268戸の部落だったとされている。さらに昔は「富田」と言い、応仁の乱の落人の7戸から始まったとされる。 この場所を探訪しようと思ったのは、地元研究者からリクエストがあったからだ。し […]

学術・研究:部落探訪(246) 大阪府 箕面市 萱野1,2丁目“北芝”

今回の部落探訪は箕面市萱野である。最近はNHKのバリバラで紹介されたが、大阪の衛星都市の部落では珍しく「北芝」という旧村名が全面に出されることが多い。戦前の記録ではここは芝村の一部であり、戸数は54戸あったとされる。 「 […]