すでにTV、新聞等で報じられた通り中国の第13期全国人民代表大会(全人代)は国家安全法(国安法)を香港に導入する方針を採択した。同法によって香港内の反政府活動、また言論・表現活動が禁止される。これまで中国政府は香港内で「国家安全条例」の制定を求めてきたが、民主活動家、学生や市民の抗議活動によって阻止されてきた。本来は対外アピール上、「香港の政治意志で決めた」という形式を重視したがついに強硬策に出た。国安法の香港適用ということで中国政府主導による直接的な運用に踏み切ったのだ。
全人代のフェイク動画で泣き笑い
「賛成2878票、反対1票、棄権6票」。大型モニターに国安法の香港導入を決定する評決結果が映し出された。SNS上では抗議活動などが実況中継されていたが全人代結果を受けると落胆、嘆きのコメントが殺到した。全人代は議会というよりも中央政府の方針を追認する機関に過ぎない。このため上記写真のようなパロディ画像を投稿してささやかな抵抗をするのが精一杯だ。全人代の評決ボタンは本来、「賛成、反対、棄権」だが「賛成、支持、同意」という具合に「反対や棄権」の意思を示すボタンがない。中には真に受けたユーザーもいたが、それも全人代の性質を考えれば心情は理解できる。
もっとも国安法の適用がなくても香港ではデモ隊に対して激しい弾圧が加えられているのは過去、報じた通り。香港市民を悩ませたのは国安法だけではなく、中国国家の替え歌など侮辱行為の禁止、立法会の議員宣誓の際の国家斉唱の義務付け等を定めた国歌条例案も大きい。
このため香港中心部(中環)で1000人以上のデモが決行された。立場新聞など現地ニュースでは合計396人が逮捕。そのうち80人が未成年で12歳の少年も混じっていたという。デモ隊は「香港の独立、唯一の道」と叫びながら行進したが、しかし警察当局の「大圍捕的方式」(大量に警官を動員して徹底的にデモ隊を包囲する)によって撤退を余儀なくされた。
当サイトも過去、激しい香港市民の抗議デモを報じてきたが今回ばかりはかつての勢いを失っているようにも見えた。SNSを通じてデモ参加者に聞いてみると「コロナウイルス」と無縁ではないことが分かった。世界的なコロナウイルス禍にあって香港でも感染防止を理由に集会の不許可で組織力が弱まったとの説明だ。また武勇派(勇武派という表記が一般的)と呼ばれた学生グループも激しい弾圧によって運動離れが顕著だという。すでに移住を決める家庭、また共産党の影響下の香港でいかに生活を保つかを考えた方が得策、と考える人々も目立つそうだ。
それでも多くの香港市民が声を挙げるのはやはりそれだけ中国共産党を警戒しているということ。一般的な民主国家の場合、政府や首脳に対して賛同も批判も許されるし、また沈黙・無関心という選択肢もある。しかし中国共産党下では沈黙・無関心も「批判」と受け止められかねない。つまり大袈裟に声を挙げ、身振り手振りで「賛同」「賞賛」をしなければならない。
北朝鮮などを見れば分かりやすいだろう。金日成、金正日親子の死に際しても「悲しみをこらえる」というのではなくオーバーな動作を交え大泣きしなければならない。自由に慣れた香港人にとってこうしたやり方は到底容認できないはずだ。それを示す風刺漫画があったので掲載しておこう。
立法会に汚物が‥
一方、28日の立法会(議会)では国歌法案の採択に際して、民主派の議員が抗議の意思を示す汚物を持ち込んだ。この模様は『報道ステーション』(同日)でも放送されたが、モザイクがかかりその内容が分からなかった。議長席に持ち込もうとしたところ警備員と小競り合いになりそのまま床に落としてしまったということだ。このため議場は悪臭に包まれたという。立場新聞など現地ニュースを見ると「腐乱植物」とあるが、写された映像資料を見ると植物というよりも別のリアルな汚物にも見えた。
決して推奨されるべき行為ではないが、こうした民主派の議員たちが憤るのも無理からぬこと。
もともと中国共産党政府が国安法適用を急いだ要因として、今年9月に開催される立法会選挙を重視してのことだ。現状、香港の自治を求める市民の声は強く立法会選挙も民主派の議席が激増する可能性がある。そこで立法会選挙までに国安法を運用して民主派候補たちを取り締まろうというのだ。こうした民主派にとっては一国二制度の終焉どころか自身の身辺が危うい。
対して林鄭月娥香港特別区行政長官は国安法に対して自らの地位を安定させようと協力的だ。中国政府系のメディア『環境時報』によると国安法の必要性を訴える街頭署名に自ら訪れスタッフを激励した。また同紙は主要閣僚も現場に訪れ署名したと伝えている。
この通り行政トップと主要閣僚が完全に中国政府の傀儡と化したようである。国安法の採択について李克強首相は「一国二制度は守っていく」とコメントしているがもちろん実際は香港の中国本土化と見るべきだろう。こうした動きに対して日本の国会も与野党議員が声を挙げているがすでに国安法の適用が決まった今、果たして日本から何ができるのか。