アンチ個人情報保護⑥ ストリートビューと住所でポン!

By 宮部 龍彦

グーグルストリートビューの衝撃

アンチ個人情報保護法 シリーズ記事

個人情報保護法施行以来、社会の動きがひたすら個人情報保護へと突き進む中であっても、IT業界ではそれに対するアンチテーゼとも言える動きがあった。

今となってはすっかり定着してしまったが、2008年にグーグルが開始した「グーグルストリートビュー」。これは、現地まで行かなくても、インターネットで街角の画像を見ることができるという画期的なサービスで、現在では日本中のほとんど全ての地域がカバーされている。しかも、無料である。

しかし、サービス開始当初は「プライバシー侵害だ!」という批判が各所で巻き起こった。2ちゃんねるやブログで批判が巻き起こり、グーグルを擁護する意見を書こうものなら、たちまち袋叩きにされるような有様だった。

各地の地方議会では、国に対してストリートビューの規制を求める意見書が決議がされた所もあった。地方議会の意見書の内容はどこも似通っており、規制を求める理由として民家の私物や通行人が映り込んでいること、空き巣や振り込め詐欺等の犯罪に悪用される危険性、いわゆる同和地区が晒されるといったことが挙げられた。特に地方議会に活発に請願していたのは、同和団体の部落解放同盟である。

また、「こんな物が何の役に立つんだ!」といった批判も見られた。福岡県弁護士会は2008年12月1日に「ストリートビューサービスの中止を求める声明」を出したが、その理由の1つが「多数の市民に対するプライバシー権侵害を強いても仕方がないといえるほどの対立利益があるとは言えない」というものであった。

当時ストリートビューをなぜか目の敵にしたのは、独立行政法人産業技術総合研究所の主任研究員である高木浩光氏である。彼は情報技術に関するセキュリティーやプライバシーの問題について様々な情報について発信して評価する一方で、ヒートアップするともはや揚げ足取りとしか思えないようなことを言い始めたり、情報セキュリティとは関係ない部分にまで話が脱線してしまう癖があることから、影では「モンスター評論家」と言われてきた。当初は他人の家の中が見えることや、自動車のナンバーが撮影されていることなどをプライバシー問題として批判していたが、「個人情報保護法上は問題なのでは」という意見が優先になるにつれ、ストリートビューに使用するためにグーグルが巡回させている撮影車が交通違反をしているという、本題とはあまり関係のないことまで持ち出して批判するようになった。さらに、グーグルストリートビューを利用している不動産屋にまでクレームを入れるなど、氏の行動はますますエスカレートした。

その結果かどうかは分からないが、グーグルは削除要請を受け付けるようになった。とは言っても、到底「削除」と言えるようなものではなく、グーグルにクレームが来た物件に対してぼかしを入れるだけである。これはむしろ、その家の住人か関係者がグーグルに申請したという情報を付け加えるものであり、果たして「プライバシー保護」と言えるのか、微妙なところである。結局、グーグルによる「対策をしました」という言い訳のためのものに過ぎないだろう。

ストリートビューには道路沿いの家の敷地の中や、家の表札も映っていることがある。車のナンバープレートはぼかしが入るようになっているが、そもそもナンバープレートは個人情報保護法上の個人情報とはされていない情報だ。高木氏の活動は、余計な混乱を招いただけで、「プライバシー保護」の観点ではほとんど意味がなかったと言えるだろう。

このように、当初は物議を醸したが、撮影範囲が広がり、実際に多くの人が利用できるようになると、その便利さが認知されるようになった。例えば次のような使い方である。

  1. 車での移動を計画する際に、目的地付近に車を停められるような場所があるか確認する。
  2. 遠くにある不動産を買う場合に、周囲の環境を確認する。
  3. 遠隔地の会社などと取引する際に、相手の住所に実態があるか確認する。
  4. 土砂崩れなどの災害発生時に、被災前の様子と現状を比較して被災状況を把握する。

無論、家にいながら現地に行った気分になれるので、単純に娯楽のためのツールとしても秀逸だった。

プライバシー侵害の問題については、実は以前から地方自治体の情報公開制度に絡んで、税務や都市計画のために撮影した街角の画像でもプライバシーに当たるのではないかという議論はあった。しかし、公道から見えるようなものについてはプライバシーには当たらないということで、情報公開条例により公開されてきたのが実情だった。ストリートビューについても、インターネットサービスを所管する総務省が2009年6月に「個人情報保護法違反やプライバシー・肖像権の侵害にはあたらない」との見解を示した。

福岡市では、建物の外部に干していた下着などがストリートビューに写っているのはプライバシー侵害だということで訴訟になったが、結局裁判所はプライバシー侵害を認めなかった。また、ストリートビューが犯罪に悪用されたかというと、具体的な事例はほとんど出てこなかった。

いわゆる同和地区が晒されるということについては、ストリートビューは特に同和地区をターゲットとしているわけではないので、そもそも奇妙な批判である。むしろ、グーグルが同和団体に配慮するのではないかという憶測が生まれ、「ストリートビューに写っていないところは同和地区だ」と今でもネット等でまことしやかに言われることがある。実際のところストリートビューは撮影できるところであれば文字通り無差別に撮影しており、この噂には根拠がない。

ストリートビューが認知されるにつれ、次第に批判は終息し、今となってはすっかり定着してしまったのは前述のとおりである。特に2011年3月11日の東日本大震災では、ストリートビューを利用して被災前と被災後の状況が公開され、改めて防災や都市計画に有用であることが認知されることになった。また、テレビのニュースでも当たり前のようにストリートビューの画像が使われるようになった。今さら「ストリートビューなどというものが、何の役に立つんだ」と言ったら、一笑に付されることだろう。

IT業界に限らず、何か新しい製品、サービスを開発する時に、想定される客の意見を鵜呑みにしていては成功しない。客が望んでいるものと、客が必要としているものは必ずしも一致していないからだ。例えばアップル社のiPhoneがよい例だ。最初はIT企業が電話を作るなんて…と冷ややかな目で見られたが、結局はパソコンの市場を脅かすほどに爆発的に普及した。

もし、グーグルが「プライバシーへの懸念が」「こんな物何の役に立つんだ」という世間の声をまともに聞いていたら、今日のストリートビューの成功はなかったはずだ。

また、この一件から分かることは、個人情報とは何かということについて人々の認識が定まっていないことと、個人情報の有用性・危険性についての実情と我々が耳にする世論との間に大きな隔たりがあることだ。

街角の写真が「個人情報」なのかと言えば、筆者から見ても確かに個人情報であることはあり得ると思う。実際、フェイスブックやツイッター等のSNSやブログに掲載された写真をストリートビューの画像と照合することで、個人の住所が特定されてしまうということは頻繁に起こっている。しかし、今さらのようにストリートビューが非難の対象になるかと言えば、昨今では「そのような写真をSNSやブログに載せるのが悪い」と言われてしまうだろう。

何が個人情報かということより、何か不都合が生じた時に、何が原因とされ、非難の矛先をどこに向けるのかという問題の方が重要だろう。そして、それはしばしば非常に恣意的で、いい加減なものだ。

個人情報の問題について言えば、複数の情報源から個人の特定がなされる場合は、「批判の矛先の向けやすさ」によって批判対象が決まりがちだ。最初は新参サービスであるストリートビューに批判の矛先が向けられたものの、グーグルには巨大な資本と実行力がある。さらに「舶来物は天気のようなものだから仕方がない」という日本人の意識もあるだろう。そして、事実としてストリートビューは非常に有用なサービスなのだから、それが定着して、存在することが当たり前になってしまえば「ストリートビューは有用だからなくなったら困るけど、お前のSNSの写真などどうでもいい」ということになる。

「住所でポン!」とは何か

2012年6月2日、電話帳検索サイト「住所でポン!」が登場した。その後、徐々に各ページがグーグルで検索可能になり、同年8月頃には個人名でインターネット検索すると、「住所でポン!」が出るようになり、これが物議を醸した。このサービスは「ネットの電話帳」(https://jpon.xyz/)と名前を変えて現在も存続している。しかし、今でも「住所でポン!」という名前のほうが通りがいい。このサービスは筆者の手によるものなので、手前味噌になってしまうが、このサービスも個人情報保護に対するアンチテーゼと言えるものなので、詳しく説明する。

電話帳は大量に作られ、不特定多数に配布されてきたので、公に刊行された出版物であると言える。具体的には、NTTのハローページとタウンページのことだ。

「住所でポン!」は、1993年から現在までのハローページの内容を電子化したものを、そのまま掲載して検索可能にしたものである。電話番号、個人名、住所で検索可能であり、特に、2000年、2007年、2012年のデータは無料で公開し、グーグルなどのサーチエンジンでも検索可能な状態となっている。スマートフォンでも利用可能なので、ぜひアクセスしてみていただきたい。

国によっては電子化された電話帳がインターネットで公開されているが、日本でNTTが電子化した電話帳を一般に販売したのはごく一時期だけである。一方1993年頃から独自に電子化された電話帳を販売する業者が現れた。これは、全国の電話帳を収集し、全てのページをスキャナーでスキャンし、OCRで文字を読み取ったものである。無論、これはNTTに無許可で行われた。そのような事をした場合、NTTの著作権を侵害することになるのではないかと思われるかもしれないが、法律上は問題ないというのが通説である。

著作権法によれば、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定義されている。とすると、単なる名簿のようなものが「思想又は感情を創作的に表現したもの」とは言い難いし、明らかに「文芸」とは言えないだろう。電話帳の内容は、事実の羅列に過ぎない。例えば、「図書館が所蔵する過去の新聞を読んで、過去にどのような事件があったかをまとめた本を作って出版したら新聞社の著作権を侵害したことになるか?」という問題と似ている。当然、著作権を侵害したことにならないというのが正解だ。

日本では電話帳をNTTに無許可で電子化して販売することが著作権侵害に当たるかどうか、真っ向から裁判所で争われた事例はないが、アメリカでは電話帳に掲載された情報は著作物ではないとの裁判例がある(ファイスト判決)。

電子化された電話帳は、もちろん普通の電話帳のように住所氏名から電話番号を調べるために用いても便利だが、電子化されたことで用途が広がった。例えばカーナビには電話番号を入れると対応する目的地が自動的に設定されるものがあるが、それらは電子化した電話帳データを利用している。また、宛名書きソフトには電話帳データを内蔵したものがあり、電話番号を入れると一発で宛名が出てくる。

ナンバーディスプレイと組み合わせて、電話がかかってきたら相手の住所と氏名を自動的に表示するようなシステムがある。これは出前を行う飲食店やタクシー会社等にとっては非常に便利だ。

そのため、電子化された電話帳データというのは、多くの人は普段意識していないか、目に見えていないだけであって、実はあちこちに転がっている。そのようなデータを「ある手段」によってかき集めて完成させたのが「住所でポン!」である。

そもそもそのようなアイデアが生まれたきっかけは、ある部落研究者から、苗字の地域的な分布を研究すると部落の場所や人の流れを知るために役立つと言われたからである。明治以降、日本では苗字が主に男系の家系の「キー」になっており、また1つの集落で同じ苗字を名乗ったケースが多くあったので、苗字が共通する集落があれば、それは片方の集落は片方の集落から別れてできたものではないかといった推定ができるのだ。つまり、ある種の地理・歴史研究の一環だ。そこで、ある苗字から、その苗字が多い地域の地名をランキング表示できる「苗字でポン!」というサービスを開発した。これをさらに発展させ、地名から住民の一覧が表示させるようにしたのが「住所でポン!」である。

先程のような歴史研究の事例を挙げると、2016年1月、滋賀県甲賀市で「ニンジャファインダーズ」という興味深い試みがされた。これは「甲賀武士53家」と呼ばれる、甲賀忍者にゆかりがあるとされる苗字の世帯を電話帳で調べて、片っ端から手紙を送って忍者の子孫を探そうというものである。

最も商売に直結する用途で「住所でポン!」を活用していると思われるのが不動産業者である。不動産業者が土地の買い上げを行う場合、法務局から登記簿謄本を取り寄せて土地の持ち主を調べ、土地の持ち主と交渉を行う必要があるが、登記簿謄本には土地の持ち主の氏名と住所が記載されているだけで、電話番号までは書かれていない。そこで、電話帳を使えば高い確率で電話番号を知ることが出来る。郵便や、相手の住所に直接出向くよりも、電話を使ったほうがずっと安く迅速に仕事をすすめられる。

登記簿謄本と電話帳を照合することの有用性は、不動産業者に限らず、営業活動を行う業種全般に共通している。土地の所有者を調べるということは、誰がどれほどの財産を持っているか調べるということなので、高価な土地の所有者は資産家ということになる。つまり、金持ちの連絡先リストが作れるわけだ。また、登記簿には土地の差し押さえ状況の情報も記載されているので、借金のために土地を差し押さえられている人、つまり逆に金に困っている人のリストも作ることができる。

他に多いのが、選挙での利用だ。選挙の際、候補者は郵便料金無料の法定ハガキというものを有権者に郵送することが出来るのだが、ハガキの印刷や宛名書きは自分でやらなければいけない。選挙人名簿が電子データとして手に入れば楽なのだが、「個人情報保護」のからみでそれは出来ないことになっている。電子化された電話帳は選挙人名簿のように網羅的ではないものの、迅速かつ安価に法定ハガキを作ることができ、「住所でポン!」は確実に「金のかからない政治」に貢献しているだろう。

報道機関による利用も非常に多い。アクセスログを見ると1日に何百件と報道機関からのアクセスがある。筆者が大手マスコミの記者と「住所でポン!」を話題にすると、十中八九「実は自分も使っている」という返事が帰ってくる。特に災害や事故があった時に、現場近くの住民に電話して、状況を確認するのにたいへん役立つ。また、地方議員の名前で検索すると、かなりの確率で電話番号を知ることができる。

2014年8月に広島市郊外で起こった大雨による土砂災害、2015年9月に茨城県常総市で起こった水害、そして2016年4月の熊本地震においても、「住所でポン!」では被災地の電話帳情報が掲載されたページが連日アクセス数トップになった。「住所でポン!」が有用なのは、特定の地域の住民の一覧が出てくるため、被災した本人だけでなく、本人に連絡が取れない場合は近くの住民に連絡して安否を確認することが出来るところだ。

配達業者も「住所でポン!」を利用している。宛名の文字が悪筆などで読みにくい場合、電話帳に掲載された宛先であれば、「住所でポン!」による検索結果はよい手がかりになる。

もはや、「住所でポン!」は、ただ「便利」というだけではなく社会に欠かせないインフラとなりつつある。自画自賛になってしまうが、様々な場面での仕事の効率化、生産性の向上に寄与していることは間違いない事実であり、それによる経済効果もあるだろう。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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アンチ個人情報保護⑥ ストリートビューと住所でポン!」への5件のフィードバック

  1. xen

    google Mapストリートビューって、被差別部落だけ入れなかったりモザイクかかるのって解同が抗議とかした結果なんですかね。かえってわかりやすくなってる気がするんですけど…。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      被差別部落だけ入れなかったりモザイクかかるということはありません。
      さすがに向野の路地とかは単純に道が細くて車が入れないので見られませんが。

      返信
  2. 名前無し

    人格権の特集はいつ頃になりますか?興味があります。個人情報分野での立法の認識不足・行政の不手際・司法の恣意性を鋭く指摘するこのサイトは有難い存在です。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      ありがとうございます。たぶん、あと3回くらい先になります。

      返信
  3. おさるのえさやり係

    >「住所でポン!」は、1993年から現在までのハローページの内容を電子化したものを、
    >そのまま掲載して検索可能にしたものである。

    電話帳検索ソフト(黒船や写楽宝夢巣等)から、データ盗みましたとは絶対に書かないよね(涙)

    >ある苗字から、その苗字が多い地域の地名をランキング表示できる「苗字でポン!」という
    >サービスを開発した。

    はいはい、電話帳検索ソフトでは、とっくの昔にやってましたね
    写楽宝夢巣とか、バッチリでした

    返信