大学とは何か? 京大吉田寮・立て看板が消える日

三品純 By 三品純

1913年(大正2年)に建設された京都大学吉田寮は開寮以来、同大の象徴的な施設となり多数の人材を輩出してきた。しかも長い歴史を持つため文化的価値も高い。吉田寮から貴重な資料が出てくることもある。単なる寮ではなく「歴史的建造物」と言ってもいいだろう。ところが昨年12月19日、京都大学は「吉田寮生の安全確保についての基本方針」を公表し、今年9月30日までに寮生全員の退寮を求めている。また吉田寮の保存についても目途は立っていない。同時に京大当局は立て看板にも制限を加えようとし、学生との間で摩擦が起きている。この一件、単に京大内部の権利闘争という以上に「大学とは何か」という根源的な問題を呈してはいないか。

吉田寮(東寮)。歴史の重みと趣きを感じる。

吉田寮は言うまでもなく京大生を対象にした学生寮である。通常、吉田寮と言われる施設は写真の東寮のことを指す。もちろん京大にとってかけがいのない施設だが、同時に部外者のマニアも少なくない。吉田寮は、北海道大学・恵迪寮けいてきりょう、東京大学・駒場寮こまばりょう(2001年廃寮)と同様に数百円程度の宿泊料(カンパ)を支払えば一般人でも利用可能だ。このためこれら大学寮の宿泊目当てで訪れる一般人、バックパッカーらマニアもいた。ちなみに著者も90年代、吉田寮をはじめ、これらの寮に宿泊したことがある。駒場寮については外部者用の一室を割り当てられたが、恵迪寮・吉田寮については寮生たちの集団部屋に入れてもらった。ここにはSNSなどネット上では味わえない本物の“相互交流”の世界があった。人によっては「狭い」「プライバシーがない」「汚い」と感じるだろう。しかし今の社会が失った「緩い空間」が確かにあった。もちろんこの「緩さ」は学生たちの生活の堕落も生みかねないが、「文化」「芸術」「学術」の育成の場でもあった。

一方、立て看板は各種部活動、サークル活動、文化活動の情報発信の役割を果たしてきた。立て看板を「大学の華」と評するむきもある。立て看板はその大学が持つ自由度、活気、文化レベルの象徴と言ってもいいかもしれない。新興大学や活気のない大学には立て看板は立たない。学生たちにとって立て看板の製作自体が創作活動の一つだ。一応、立て看板について補足をしておくと、ベニヤ板の四方に角材を打ちつけた看板のこと。これを使って部活・サークルが部員募集、イベント告知を行う。

このため目立ち、ウケる文言や絵柄を工夫しなければならない。だからたいてい立て看板職人のような学生がいるものだ。世代で異なると思うが「大学」と言えば立て看板を連想する人もいれば、見たこともない人もいるだろう。もちろん立て看板がなくても大学は成立する。学生によっては「胡散臭い」「左翼っぽい」「邪魔」と捉えるかもしれない。私自身も学生時代はそんな風に感じていた。だが実際に「立て看板」が無くなった母校を見れば、何やら空っぽの冷蔵庫を開けたような感覚を覚え寂しさも感じてしまう。立て看板がない大学はとても無機質なのだ。

確かに自治寮、自治学生会館、立て看板、こういった存在はセクト活動と表裏一体であり、個人的には嫌悪感も抱くが同時にノスタルジーと情緒も感じている。

寮生の退去、そして厳格な立て看板制限

2月13日、久しぶりに吉田寮を訪れてみた。この日は、緊急シンポジウム「立て看・吉田寮問題から京大の学内管理強化を考える」が開催される。ついでに寮に宿泊しようと思ったが、シンポジウム準備で多忙のためか受付では「泊まることはできますが・・」とやんわり断れてしまった。内部の写真も撮りたかったが個人の持ち物もあるという理由で許可されなかった。それにしても以前より増して老朽化が進んでいる。もっとも20年前ですらお化け屋敷のような雰囲気だったから仕方がない。

もともと70年代から老朽化対策が求められ、大学当局と交渉が続いたが進展しなかった。2012年に食堂が補修されたが、最も老朽化が激しい東寮については補修するということで大学側と合意したが実現せず。2015年になると大学側と学生の交渉も中断され、同年7月突然、大学側が入寮募集停止を要請した。その後も十分な交渉がないまま、今年の9月30日までに吉田寮生全員の退寮が決定。しかもまだ新しい西寮からの退去も通告された。単に安全性の確保というよりも単に自治寮の廃止が目的というのは火を見るよりも明らかだ。本当の目的は大学の管理強化がなのだろう。

一方、立て看板については学内問題と同時に「京都市」という地域性が影響している。観光地であり、文化遺産を抱える京都市は「京都市屋外広告物に関する条例」によって屋外での広告物が厳しく制限されている。立て看板も屋外広告物に該当し、その規制の対象というわけだ。しかし長年、ある程度、容認されてきたのも「京都大学」がゆえか。古い住民からすれば「京大さんがやらはることやから」で済んできたことも、昨今の厳格化社会では「京大さん」では許されなくなったのだろう。

京都市は、昨年11月14日、大学当局は立て看板設置者に向け、市条例を遵守するよう通知したという。そこで大学側は立て看板についての厳格なルールを定めた。今後も立て看板自体、設置可能だが◎公認団体のみ◎設置期間=1か月◎縦2メートル、横2メートルという条件付きだ。設置場所も大学側が指定した場所のみ。5月1日から施行されるという。

もともと立て看板は内外に向けアピールする目的があり、学外の一般人もサークル活動やイベント、シンポジウムに参加したものだ。全国の大学で管理強化が進む中、「開かれた大学」という言葉は死語になりつつあるが、立て看板は「開かれた大学」の証でもあった。

確かに市条例の規定で言えば立て看板は規制の対象になっても仕方がない。だがなぜ今のタイミングで立て看板規制を要請したのか? 京都市広告景観づくり推進室に聞いてみると「以前から立て看板を路上に設置しないよう京都大学側にお願いしてきました」と説明する。同室は行政指導を認めたが、その時期、内容については「個別の詳細は非公開」ということだった。確かに伝統大学だけを特別扱いするというのも行政的には難しいのかもしれない。ただ「学生がやることだから」という社会の鷹揚さも欲しいところだ。

鵜飼哲教授「外に向けたメッセージを排除するのか?」

さてシンポジウム「立て看・吉田寮問題から京大の学内管理強化を考える」では現役の吉田寮生を始め、研究者、また一橋大学の鵜飼哲教授も登壇し、吉田寮の存続と立て看板の必要性を訴えた。学生たちからは寮が音楽活動、演劇の練習場にもなっており、芸術活動・文化活動の拠点になってきたことが説明された。また鵜飼教授は「かつて町には映画などのポスターやビラがありふれていたが排除されてしまった。立て看板という外に向けたメッセージを排除するのか」と状況を嘆いた。立て看板がSNSなどで代用できないことを指摘した上で「立て看板によって大学に必要な緊張感をもたらす」と必要性を訴えた。確かに鵜飼教授の言うように昔はそこいらにポスターが貼られていたもの。ある朝、突然『スターウォーズ』のポスターが電柱に貼り付けられ、いつの間にか消えていた。昭和の当たり前の光景だ。大学にだって立て看板は当たり前のようにあった。

ただ現役学生にこの点について聞いてみると、単に管理体制の強化というよりも、サークル活動や部活動に関わる学生が減少したこともあり(当局の管理とは別に)必然的に看板を作る団体が減ったという意見も聞いた。また「友人はSNSで作る」こんな話も聞いた。なるほど部活やサークルの面倒な人間関係や行事に束縛されるよりも、SNSで同じ趣味、志向の人と知り合った方が手軽で気楽なのかもしれない。

立て看板が持つ意味を訴える一橋大学・鵜飼哲教授。

鵜飼教授の主張も、登壇した学生たちの話も同意できる部分が多い。ただ疑問も残った。学生側は大学当局の管理強化を批判するが、立て看板の設置はむしろ一般学生側からも大学側にクレームがあることだ。要するに「立て看板は怪しい」「怖い」「古臭い」と考える学生も少なくない。私自身、実際に就職試験の面接で「おたくの大学は立て看板がたくさんあって左翼っぽいね」こう言われたこともある。他にも同様のことを言われた学友がいた。だから立て看板に対して拒否感を持つ学生も少なくないだろう。こうした学生に対して啓発や理解を求める行動が不足しているようにも見えた。この点について鵜飼教授に話を聞いてみると「確かに一般の学生が立て看板を嫌う傾向がある」と認めた上で「しかしなぜ立て看板が必要なのかしっかり話し合うことが必要だ」と教授は語った。この問題は一部の学生が声を挙げるのではなく、全国の大学で管理強化が進む中、学内全体で話し合う場を持つ。そういう機会を持っていいのではないか。

では今後、吉田寮・立て看板問題はどうなるのか? 京都大学に聞いた。今後の吉田寮の保存・管理については「現在のところ、吉田寮現棟の老朽化対策については、本学学生の福利厚生の一層の充実のために収容定員の増加を念頭に置きつつ、検討を進める予定です」という説明だ。また安全性について問題がない西寮について退寮を求めていることについては「現状、吉田寮生が現棟と新棟のいずれに居住しているかを大学が把握できていないため、全員退舎することとしています」とした。

対して立て看板の制限についてはこう説明する。

「新たに制定した立看板規程は、「京都市の条例を根拠に立て看板の設置に制限を設ける」ものではありません。本学外構周辺に設置されている立看板について、京都市から、京都市屋外広告物等に関する条例に抵触していることのみならず、道路にはみ出すと不法占用になること、強風による倒壊など危険を及ぼすことになりかねないことなどの指導を受けたこと、並びに本学周辺の住民の方々からも、歩行者に危険である等のご指摘を受けたことなどを踏まえ、そのような立看板が設置されることのないようにするとともに、構内の指定場所に要件を満たした立看板の設置を認めることとする規程を新たに制定したものです」

その上で「本学外構周辺に設置されている立看板については、過去に倒れた立看板が通行人に当たり、救急車で運ばれるということがありました。また、倒れてきた立看板に当たり負傷したという報告を複数回受けているほか、立看板が倒れたり、風であおられて浮き上がっていたりしている状況を確認しております。強風注意報が発令されたにもかかわらずそのままにされていたことから、強風により歩道にはみ出すなど危険な状態にあった立看板を大学が撤去したこともあります。さらに、本学周辺の住民の方々から、歩行者に危険である等のご指摘を受けたり、児童の通学路への設置を回避するよう要請を受けたりしております。京都市に所在する大学として、本学だけ法令違反の状態が続くのは社会的責任の観点から不適切と思われることから、市の指導等を真摯に受け止め、新たな規程を制定しました」

ということだった。

開かれた大学ってなんだ!?

もう平成も終わりを告げようとしている。そんな中、自主寮、立て看板といった存在は過去の遺物かもしれない。ただかつて大学に限らず日本社会はもっと鷹揚で、もっと牧歌的で、緩い空間が許されてはいなかったか? これは単に「懐古趣味」だけでもないと思う。もちろん60、70年代の学園紛争で学生による破壊活動があった。凄惨な闘争もあった。こうした犯罪行為は言語道断だ。しかしそのことと行き過ぎた管理強化はまた別の話ではないか。立て看板が規制を受けることは同時に社会の寛容さの喪失という気がしてならない。「開かれた大学」という言葉ももはや白々しさすら感じる。文科省のHPを見ると、「開かれた大学づくり」として大学をこう位置付けている。

大学(短期大学を含む)は、地域や社会の知の拠点として、住民の生涯学習や多種多様な主体の活動を支えると同時に、地域や社会の課題を共に解決し、その活性化や新たな価値の創造への積極的な貢献が求められています。また、こうした取組を継続して行うことで、大学が地域等に支えられる機関として確固たる地位を築くことにつながっていくと考えられます。

とは言え実際には国公立大学も管理強化が進み、むしろ「開かれた大学」とは逆行している。

もっとも表面的には「開かれた」「多様性」「ダイバーシティ推進」スローガンだけはやたら美しい。かといって現実問題として、多様なる人々の居場所を奪っている。大学には野球、ラグビー、駅伝、アメフト、こういった花形スポーツのスター学生がいる。その一方で個性的、特殊な趣味者、オタク、マニア、こんな連中もいる。さえない、モテない、暗い、こんな学生たちもいる。吉田寮のシンポジウムでもいるわ、いるわ、さえない連中がたくさんいた。しかしそんな連中でも輝ける、個性を発揮できる、そんな場所が大学だ。作家、俳優、音楽家などこうした特殊な能力の持ち主たちだって緩い大学の空間から羽ばたいた者も多いだろう。本来の大学にはあらゆる人間を包括するダイナミックさがあった。しかし管理強化によって大学の魅力まで消してしまいかねない。吉田寮が消え、誰も見えないところに立て看板が立つ、一見は京都大学内の学内問題に過ぎない。だが失うものは寮でも看板でもない。日本社会に僅かに残った「自由な空気」を奪ってしまうのではないか。

大学とは何か? 京大吉田寮・立て看板が消える日」への3件のフィードバック

    1. 三品純三品純 投稿作成者

      寮生さんコメントありがとうございます。
      たぶん皆さんと国家観だとか、人権観だとか異なると思います。
      だけどこの問題は別です。
      大学って社会の自由度を示す最後の砦だと思っています。
      たぶんこんな記事では反論にもアシストにもならないけども
      陰ながら応援しています。

      返信
  1. 明美

    三品さん
    私は個人的に示現舎のお二方の活動に予てより共感しており、内心応援していました。そんな示現舎さんに吉田寮と立て看板の問題を取り上げていただけてとても嬉しく、また有難く思います。
    吉田寮は京大の他の寮よりもある種の個人主義的(良くも悪くもバラバラ)な側面が強いと感じます。ですので或いは意外に思われるかも知れませんが、私のような寮生もいます。笑
    当然ながら寮生といってもその思想や価値観は(少々傾向のようなものはあったとしても)様々です。それゆえ廃寮の危機に遭っても寮側としての意思の統一が難しく、なかなか一枚岩になれないという現実があり、どのようにしてこの問題に立ち向かうべきか、それぞれが頭を悩ませています。
    応援ありがとうございます。あなたがたのような心あるジャーナリストが大学全体、日本社会全体の問題として吉田寮を取り上げてくださったことに、いち寮生として、心から感謝します。是非またいつか寮にいらしてください。

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