橋本町は唐津市最大の部落で、1935年の記録では115軒とされている。そして、1980年代は220軒あったようである。
飛行機の時間に追われながらの探訪となった。
部落は山奥にあるというわけではなく、佐志川の河口に近いのだが、東側の山からアプローチした。途中で気になる廃墟があったので撮影。
高台の辺りは地名では八幡町なのだが、ここには同和対策で作られた保育所や改良住宅がある。
さらに進むと、お寺の門が現れた。やはり、日蓮宗である。
お寺は高台にあって眺めがよい。
かつては部落と一般の境界には細い道があって、生け垣で隔てられていたというが、おそらく橋本町と桜町の境界のことと考えられる。写真中央の赤いのぼりが見える建物(ふくしま食品)の向こう側が桜町だ。
お寺の横に4階建ての鉄筋の建物が。これが隣保館である。まるで都市部の隣保館のように大きなものだ。
この部落には番神堂がないのか聞いてみたが、ないようだ。あれほど立派なお寺があるのだから、あえて番神堂を建てる必要がないのだろう。
かつては家がひしめきあって消防車も入れなかったというが。今は広い道が整備されている。
ただ、細い路地もいくつか残っている。
商店が集まっている一角がある。ここは橋本町と桜町の境界にあたる。昭和の頃までは毎朝買い物をする住民で賑わっていたであろうが、今はどの店も廃業してしまったようだ。
部落に限ったことではないのだが、やはり空き家が多い。
こちらが桜町。確かに橋本町に比べて大きな家が多いが、別け隔てられているような感じではない。
このアパートや庚申塔があるのも桜町側である。
再び橋本町側に戻る。この廃墟が印象的だった。
この慰霊碑は戦死者のためのもののようだ。刻まれた名前には福島、濱本という名字が多い。
お土産に、寺から見えたふくしま食品で佐賀牛のたたきを買った。これは犯罪的に美味いので、橋本町を訪れたら必ず買うべきだろう。
『幕藩体制下の被差別部落:肥前唐津藩を中心に』(明石書店:2008年) を
読むといいのかも?
部落地名は書かれてますでしょうか?