実録・淡路島5人殺害事件(5)平野達彦の愛読書

By 宮部 龍彦

再び平野達彦の裁判に場面を戻そう。冒頭で述べた通り、裁判の場面での平野達彦の言動は狂気と言う他ない。裁判を通して最初から最後までまともだった時はなかったと言って過言ではない。

2017年2月13日に開かれた第2回後半からは、平野達彦はファイルとノートとペンに加えて、書籍を持ち込んだ。その書籍は、被告弁護人側の証拠としても提出された。その書籍の名前を記さなければならないだろう。

シリーズ記事一覧

『 電子洗脳 』
『ニューロウォーズ』
『早すぎるおはなし』
『集団ストーカー認知・撲滅』
『精神医療ダークサイド』
『精神科は今日もやりたい放題』
『フューチャー・オブ・マインド』
『新宗教ガイドブック』
『 気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル 』
『 恐怖の地震兵器HAARP 』

これらの本はアマゾンでも売られている。以下にアマゾンのリンクを貼っておく。レビュー欄を見ると興味深いだろう。

これらの本が提出されたのは、平野達彦が「テクノロジー犯罪」が存在することを証明する信頼できる資料と主張したからだ。特に『 電子洗脳 』は、今回の事件を起した動機に関係している「精神工学兵器」や「ブレインジャック」 の存在はこの本で知ったのだという。なお、平野達彦がこれらの本を傍聴席に見せるような仕草をしたため、裁判官から注意される場面があった。

『 電子洗脳 』 の内容は、電磁波によって人体を攻撃し、さらには精神を操作することができる精神工学兵器が旧ソ連によって開発され、アメリカによっても開発されたというものである。そして、日本ではソニー、NTT、ホンダ等が同様の技術を持っているという。

『 電子洗脳 』『ニューロウォーズ』 『 気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル 』『 恐怖の地震兵器HAARP 』 は、率直に言えば疑似科学、陰謀論の類である。

そして『集団ストーカー認知・撲滅』 は、おそらく著者自身が確実に精神障害を抱えていると考えられるような、異常な内容である。「集団ストーカー」の被害にあうと、そのことを主張しても統合失調症患者と誤認されて「強制拉致入院」させられてしまう。マスメディアはそのことを全く取り上げないどころか、漫才のネタ、テレビ・ラジオのコマーシャルまでもが「仄めかし」攻撃をしてくるといった内容だ。

『精神医療ダークサイド』 『精神科は今日もやりたい放題』 は他の本とは違い、誤診による不適切な薬の投与、患者の虐待といった精神医療についての問題を告発した本である。平野達彦は、自身の措置入院は「精神工学戦争の人体実験」と主張したが、弁護人からこれらの本は精神工学戦争の存在を主張するものではないことを指摘されると、押し黙ってしまった。

平野達彦は、書籍以外にも、以前からインターネットから「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」といった概念を取り込んでいた。

このような疑似科学、陰謀論の本を提出したことは、平野達彦にとっては不利に働いたように思えた。それは、検察側が用意した精神鑑定人が、ブレインジャック等の主張は精神障害による妄想ではなく、書籍等から取り込んた知識ではないのかということだ。

これには説得力のある部分がある。人間が非科学的なことを本気で信じるということは、ありふれている。誤解を恐れずに言えば、宗教がその筆頭だろう。

精神障害を持っていなくても、あからさまな疑似科学や陰謀論を信じる人は非常に多い。ツイッター等のSNSで「HAARP」「ケムトレイル」で検索すると、それを本気で信じていると思われる人が毎日のように書き込んでいるのが見られることだろう。

他にも似たようなものとして、「がんが治る」と怪しげな民間療法に傾倒して命を落とす人は絶えないし、「花粉を水に変えるマスク」などというあからさまな疑似科学商品のテレビCMが何度も何度も流されていたことがあったし、福島原発事故では核爆発だったなどという雑誌の記事が堂々とヤフートップに掲載されることもある。疑似科学であるEM菌については国会議員による議員連盟までできている。

こういった根拠のない考えを共有する集団を「下位文化集団」と呼ぶと検察側鑑定人は説明した。そして、平野達彦が不合理な考え方を取り込んでいったのは「IQが84とやや低いことが影響していると考えられる」とも検察側鑑定人は述べている。確かに、頭の悪い人が疑似科学や陰謀論を信じることと、精神障害による妄想の線引きは難しい。

しかし、裁判官はこの検察側鑑定人の意見については疑問を呈している。平野達彦の考えが「下位文化集団 」によるものであるとしたら、拘置所に入って完全に社会から切り離されている平野達彦が、かたくなに自分の考えを変えないのはなぜかということだ ― ― オウム真理教の信者でさえ逮捕された後に信仰を捨てた者がいるのに。

これについては、筆者はまた別の疑問を持っていた。平野達彦は「脳内への音声送信」、そして電磁波攻撃による身体に刺すような痛みやかゆみがあると主張している。これは平野達彦が嘘をついているのではなく、実際に幻聴や幻覚としてそのような体験をしていたと考えられる。最初はそれは病気だと思ったが、ネット上の情報から電磁波攻撃だと分かったと語っている。

また、平野達彦は、おそらくどの書籍にも、あるいはネットにも載っていないような突拍子もない事を主張することが度々あった。そもそも、精神工学戦争が国家によるものと言いながら、身近な隣人が電磁波攻撃をしているということが突拍子もない考えであり、どの本にも書かれていなかったであろう。

国家による精神工学戦争が行われているといった考えをネットや書籍から取り込んでいたとして、なぜ平野毅や平野浩之が電磁波攻撃を行っているという考えに至るのか。また、隣人から電磁波攻撃を受けていると考えるなら、なぜ中川原に戻ったのか。そして、なぜ殺さなければならなかったのか。

当然、裁判官はこの点に疑問を持つのだが、これらを聞かれる度に平野達彦は沈黙し、答えたとしても理由は二転三転している。断片的に分かるのは、中川原に戻ったのは「大地震(東日本大震災)の警告があったので電磁波攻撃はもうされないと思ったため」「単に資金が付きたから」のいずれか。そして、殺人をしたのは5人は「工作員」であったから「正当防衛」「緊急避難」のため。復讐のためではないかという裁判官からの問いかけには沈黙している。それ以外のことは全くわからない。

平野達彦が特徴的なのは、極端な左翼陰謀論者であったことだ。これが逆で、政権与党への支持や中国韓国への差別発言をぶちまけたなら、「ネトウヨの犯罪」として一部のメディアは飛びついて詳細に報じられたのかも知れない。しかし、平野達彦の世界観では、「日本会議に関連した右翼団体、暴力団、同和団体、大企業、利権団体」が日本共産党をはじめとする反戦団体に攻撃をしかけているというものだ。

もう1つ気になったのは、宗教、身分、部落問題へのこだわりだ。

例えば精神工学戦争をしている団体として創価学会を上げていた。確かに、創価学会は「集団ストーカー」をしている団体としてSNS等でよく言及され、政権与党とも結びついているのでそういった陰謀論の対象となることは分からないでもない。しかし、平野達彦は被害者の平野静子が自信の祖母を生長の家に勧誘していたことに異常なこだわりを見せていた。それだけでなく、平野毅の家も生長の家の信者と決めつけており、その真偽は分からない。

なぜ生長の家にこだわるのか。平野達彦は日蓮宗のサイトから生長の家をカルト宗教と思うようになったと語っている。これは正しくはいくつかの日蓮正宗の寺院のウェブサイトのことと考えられる。日蓮正宗は「諸宗破折ガイド」という本で様々な新興宗教を批判しており、検索するとそこから生長の家を批判した部分がウェブサイトに引用されているのをいくつか見ることができる。

また、平野達彦は、自信の家は士族と庄屋の家系だと言っている。そして、兵庫県立淡路病院(現在の淡路医療センター)入院中に元オウム真理教信者で小作人である医師に攻撃されたというのだ。なぜ攻撃されたのかと言うと「士族は小作に恨まれているから」というのだ。では、なぜ医師が小作人だと分かったのかと聞くと、それに対して平野達彦は答えられなかった。

平野達彦は、裁判官や弁護士から突っ込んだ質問をされると、時々押し黙って何も答えられなくなることがあった。もしかすると、その部分は何の「出典」もなく、完全に彼の妄想なのかも知れない。

そして、これはメディアが今後も報じないと思うのが、平野達彦の部落問題へのこだわりだ。

平野達彦が淡路島にいた頃には部落問題には無縁であった。しかし、おそらく2000年前後のこと、明石市のバイク店でアルバイトをしていた時に体調不良で数日無断欠勤した。するといきなり解雇され、賃金も払わないと言われた。なぜかとバイク店のオーナーに聞くと「部落なめんなよ」と切れられたというのである。それをきっかけに部落問題に興味を持ち、インターネットで調べたという。

2017年3月3日の公判では論告求刑後に解放同盟や自由同和会が精神工学戦争をしかけていると主張し、ここで「穢多」という言葉を連発した。傍聴メモにはこうある。

1970年以前から日本国政府工作員である同和団体、部落解放同盟、全自由同和会は・・・精神工学戦争(テクノロジー犯罪・集団ストーカー犯罪)を行っており、精神病者や危険人物にでっち上げるなどし・・・昔から穢多非人は差別されているうんぬんを主張していますが・・・私たち人に対する人体実験を兼ねた精神工学戦争を行う口実にはなりません、穢多勢力は私たち人の全てを調べ・・・穢多と呼ばれている人たちでも精神工学戦争の被害に遭っている人はいます、穢多公が公権力を不適に使用し・・・社会的信用を奪っています、前の天皇裕仁が・・・昔から穢多の職業と言えば火葬場職員・・・昔も今も穢多地区に犯罪者・・・

ここで、さすがに裁判官が止めに入った。その時のやりとりが次のような感じである。

裁判長「 被告人、被告人、被告人! 」
裁判長「被告人が先程来、使っている言葉につき差別的な表現は止めてもらいたい」
平野達彦「どの表現ですか?」
裁判長「 「穢多」という言葉は使わないように 」
被告人「 「同和」に 」
裁判長「では今までしゃべった部分も「同和」と替えます、続けてください 」

同和団体が精神工学戦争を仕掛けるという考えがどこから出てきたのかは分からない。しかし、ツイッターで 「同和 ストーカー」 「同和 電磁波」 で検索すると同様の妄想と思われるつぶやきが多数見つかることから、平野達彦オリジナルの妄想というわけではなさそうである。

平野達彦が法廷で異常な言動を見せる度に、傍聴席からはどよめきが上がった。

被害者の怒りの矛先は…

裁判を通して、平野達彦が反省の弁を述べたことは一度もなかった。殺害は間違っていたのではないか、被害者や遺族をどう思っているのか、裁判官や検察官から聞かれても多くは「察してください」「答えたくない」と言うのみだった。

検察官から謝罪の意志があるか質問された時は「何十年も電磁波攻撃・集団ストーカー犯罪の被害者なら分かる」と答え、さすがに弁護人もこれはだめだと思ったのか天井を仰ぎ見るような仕草を見せた。

特に遺族からの質問については、何を聞かれても「答えたくない」の一点張りであった。唯一答えたのが、平野毅の孫から「 仕事も就かず親の金でナイフを買って殺人行為に及ぶこと自体恥ずかしいことだと思いませんか?」と言われたのに対する「君も電磁波攻撃を止めなさい!」だった。

平野達彦の言動があまりにも異常なので、彼を人間とは見れなくなった。一部の被害者遺族もそう見ているフシがあり、言ってみれば凶暴な動物を野放しにしたことであるかのように、怒りの矛先は周囲にも向いた。

具体的には平野達彦の両親、兵庫県や洲本市といった行政、洲本警察署である。

平野達彦の父親は息子の起した事件について、死んで侘びたいという旨のことを話したが、無責任であると被害者からも検察からも批判され、むしろそれは逆効果になっている。得に被害者は平野達彦を野放しにし、事件の後も直接遺族のところに謝罪に来たことが一度もないと批判している。

そして、遺族は措置入院を続けなかった兵庫県、危険な人物として長らく把握しておきながら事件を防げなかった洲本市や洲本警察署にも怒りをぶちまけた。しかし、そこは「人権」という問題と法律の壁があって、警察や行政が出来たことには限界があったのだろう。

この事件の後に起こった、障害者が被害者となった「津久井やまゆり園事件」は大いにマスメディアで話題になり、障害者に対する差別が事件の背景にあると連日主張されたのは周知の事実と。しかし、見落とされがちなのは、そちらも触法精神障害者による犯罪という一面もあることだ。津久井やまゆり園事件の加害者である植松聖も一時期措置入院されていたことから、少なくとも行政や精神科医によって精神障害者として認定されたこともまた事実である。

世の中の差別意識といった情緒的な議論よりも、触法精神障害者に対してもっと強力で柔軟な対処を出来るように法制度を変えるための議論のほうが重要だろう。

マスメディアが触れなくても、いわゆる「キチガイ無罪」という認識はネットでは当たり前のように広まっているし、法制度の不備は間違いなく精神障害者に対するヘイトを溜めている。疑似科学や陰謀論の類が殺人事件の直接に原因になったとは思えないが、これらを批判する側が逆に名誉毀損や業務妨害として訴えられるようなリスクを抱えなければならない現状も理不尽である。

また、 平野達彦の両親に対する遺族の怒りは理解できるが、現状では両親が何か出来たかと言っても「引き出し屋」のような違法行為に近いようなサービスに頼るしかなかったのではないだろうか。

(次回に続く)

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

うましくにいせ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

実録・淡路島5人殺害事件(5)平野達彦の愛読書」への6件のフィードバック

  1. .

    『日本会議の研究』が出たのは2016年、淡路五人殺傷事件は2015年。平野は菅野完のベストセラーが出る前から日本会議に注目していたということでしょうか。あの本が話題になるまで、「日本会議って何?」という一般人が大半だったと思いますが。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      日本会議ってそんなに無名だったでしょうか?
      鳥取市の竹内功元市長の支持母体だったので、私はかなり前から知っていましたが。

      返信
  2. 斉藤ママ

    いつも解説ありがとうございます。
    録音や愛読書等の証拠を沢山残しているのは怪しいですね。
    普通は証拠隠滅するじゃないですか。
    裁判官は、「はい、犯人確定」と、証拠を認めちゃったのですか?
    馬鹿じゃないでしょうか?(失礼!)

    返信
  3. うましくにいせ

    なぜ精神に介入する電磁波マイクロ波可聴効果を否定出来るのでしょうか?日本は大東亜戦争前から研究していたようですから陰暴論として片付けるほうが、ナンセンスです。アメリカ大使館員がマイクロ波で病気にさせられたことをご存じありませんか?クリントン政権が、人体実験を禁じたころから、にほんで始まりました。宗教団体が参加していますね。日本の最大の闇です。いや世界の。

    返信
  4. 匿名

    集団ストーカーに類する裏社会は現実に存在しているのに裁判官が無知だとまともな判決など出せませんね。
    その裏社会の知り合いがたくさんいますよ。絶対に話すなって言われたような気もするけど…秘密にするのは卑怯ですから、そおゆうのは表に出していかなきゃならない時代だと思います。

    返信
  5. けんま行為

    「詳しくわかるハセカラ騒動 ハセ カラ編 けんま行為」

    https://lawyer-karasawa-lawyer.jimdofree.com/%E8%A9%B3%E3%81%97%E3%81%8F%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8B%E3%83%8F%E3%82%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E9%A8%92%E5%8B%95-%E3%83%8F%E3%82%BB-%E3%82%AB%E3%83%A9%E7%B7%A8/%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%BE%E8%A1%8C%E7%82%BA/

    このようにメンタル的におかしい状況であると思われる人に助言等をして鉄砲玉にする人がいるわけです。
    難病者なんかをカルトが狙うのも暗示性が高い人たちだからと言われています。認知症を狙うのもそれでしょうね。

    おかしな話を流布している人は政治的立場に関係なくいます。単なるお金集めと奴隷集めだと思いますが。
    EM菌などの世界救世教もそうです。それも宗教法人としての資金、人的資源(票を含む)がほしいだけでないでしょうか。
    同じようなことを規模が小さいですが野党の政治家もやってますよ。
    国立大にもオカルト研究をしている人が結構いますしノーベル賞受賞者ですらその後ニセ科学を研究する人になることもあります。

    触法精神病者は詐称もできますし、精神科医自体がまともじゃないこともあります。また教育される国によっては他国からは頭がおかしく見える教育をなされることもあるでしょうね。

    ここで指摘された著者がどういうバックグラウンドか紐解いていくのもいいと思います。
    著者の攻撃対象と真逆の世界がどんな所か見えてきますから。

    書籍は人間に感染するウイルスと思っていいかもしれない。聖書もコーランも神道も儒教も使い道によってはテロリストを作れます。

    昔は書店員が「精神世界」コーナーに整理していました。よき司書がいれば察せたわけです。インターネッツは異なる意見の外界から途絶された使い方もできます。
    実はカルト養成所みたいなところです。

    ここに挙げられた日本のカルトのひとつに「悪魔崇拝を批判する」内容を信奉している人がいました。
    これ共産圏起源なんですよ。

    触法精神者を操ってるのは誰なんでしょうね。
    #424fb214beb552b00b0e305db3839786

    返信