鳥取ループ(取材・文) 月刊同和と在日2012年2月号
京都から20分、閑静な住宅地
山科駅からJRは東海道本線(琵琶湖線)と湖西線に分岐している。東海道線から見える景色は大津の街並みや田園風景だったりするのだが、湖西線は琵琶湖沿いを通るだけあって、琵琶湖がダイレクトに見える。滋賀県らしい風景を堪能したいなら湖西線に乗るべきだろう。
その湖西線に「おごと温泉」という駅がある。今回の舞台はそこだ。駅を降りるとそこには滋賀銀行と平和堂(フレンドマート)。これで周囲に田んぼが広がっていれば滋賀県では定番の風景だが、おごと温泉駅周辺は「仰木の里」と呼ばれる起伏が多い住宅地になっている。場所によっては琵琶湖まで見渡せ、とても景色がいい。京都駅まで20分で通うことができ、交通の便も申し分ない。
しかし、その地で大きな騒動が起こっていると聞きつけ、今日はそれを確認するために訪れた。地元住民の案内で、駅より小高い場所にある住宅地に入ると、早速見つけた。
「守ろう。私たちのまち 仰木の里。建設反対!! 幸福の科学学園 仰木の里東1丁目自治会」
白地にオレンジ色でそう書かれたのぼりが立てられていた。また、そののぼりの横の掲示板には「STOP!! 学園建設 幸福の科学学園関係者の戸別訪問を一切お断りします。湖都が丘自治会」と書かれたラミネートカードが掲げられていた。
雄琴北2丁目の住宅地に入ると、そこには少し異様とも言える光景が広がっていた。1戸1戸にさきほど見たのと同じのぼりが立てられている。のぼりが立っていない家もあるのだが、その家もよく見ると、例のラミネートカードが玄関に掲げられている。つまり、この地域では、ほぼ全ての住民がこの地域に建設が始められている幸福の科学学園に反対しているのだ。
筆者が取材に来たのは午前8時ごろ、ちょうど通勤通学の時間帯だ。住宅地の各所には地元の主婦とおぼしき人が立っている。聞いてみると、子供の通学の安全のために見張りをしているという。というのも、因果関係は不明だが学園建設に絡んで住民と幸福の科学のあいだで揉めるようになってから、動物の死骸が道端に置かれたり、車に傷がつけられたりといった事が相次いでいるという。
さらに学園の建設現場の方に向かうと、さらに白いのぼりを立てた家が多くなった。建設現場の周囲の住宅地はどこもそのような状態で、その光景は圧巻だ。
「幸福の科学の信者さんがいたら、ここには居づらいでしょうね」
と地元住民は話す。
住民から総スカン
なぜ、幸福の科学はここまで住民から嫌われるのか。その理由を一言で言ってしまえば、住民の立場からすれば「教団が気持ち悪いから」ということに尽きるだろう。
幸福の科学は新興宗教の中でも「新・新宗教」と言われる。その教義は非常に斬新…というより、前衛的と言う言葉がふさわしい。一応、仏教系の教団ではあるのだが、教祖である大川隆法氏(教団内部では「総裁先生」と呼ばれる)を本仏(教団の用語では「エル・カンターレ」)、つまりは仏そのものとして崇拝している。
また、特徴的なのは大川氏による「霊言」である。幸福の科学の教義では、霊とは死者の魂ではなく、存命中の人も含め人間の霊界における分身のようなものとされている。それが「守護霊」である。大川氏は守護霊を幸福の科学本部に呼び出し、霊に成り代わってその意思を代弁することができる。それが霊言である。
もちろん、死者の霊に限らず存命中の人物の守護霊を呼び出すこともできる。最近では金正日総書記の死去に伴い、北朝鮮の新たな指導者となった金正恩の守護霊を呼び出して、「父(金正日)を注射で殺した」という霊言を引き出して、「スクープ」として都内で教団広報誌の号外を配った。当然、これらの活動は外部の人から見れば奇行に映る。
北朝鮮の指導者の霊言というような突拍子も無いことなら笑い話で済むだろうが、中には少し深刻なこともある。
「大川隆法が、最澄さんは地獄に堕ちたなんて言ってるんですよ」
住民は憤りながら筆者にそう言った。最澄といえば天台宗の開祖であり、天台宗と言えば比叡山だ。仰木の里は比叡山の麓にあり、天台宗の僧侶や檀家も多い。そのような地域から見れば「最澄は地獄に堕ちた」と言うのは確かにとんでもない話だろう。
もちろん、幸福の科学側もいたずらに住民との対立を望んでいるわけではなく、実際に何度か住民向けの説明会を開いている。しかし、住民からすれば教団側の関係者の考えがあまりにも突拍子もないために、逆効果になっているのが実情だ。
「確かに教団の人は最初の印象は紳士的なんですよ。ただ、話しているうちに本性が出てしまって、そこで平行線になってしまうんです」
幸福の科学は何十回も住民には説明しているというが、実際は「延べ回数」で、住民1人に対しては数回程度だという。
また、「教団の人のおかしさ」を言葉で表現するのはなかなか難しい。しかし、例えば最初は「宗教は自由なんだから、あなたがたも歩み寄りなさいよ」というような態度であった地元自治会の関係者でさえも、実際に説明会に参加した後だと「ああ、反対運動する気持ちがよく分かった」と考えが変わってしまうという。そして、皮肉なことに反対運動を期に地元の自治会の団結力がますます高まっているという。
政教分離の抜け道としての学校
住民が学園の建設に反対するもう1つの理由が、その立地だ。学園の建設予定地は斜面に囲まれた土地にある。よく見ると同様の土地に建つ周囲の住宅や学校は周囲をコンクリートで補強してあるのだが、学園の場合は土が剥きだした。住民によれば、補強のために必要な開発許可申請が出されていないので、完成後もこのままではないかということだ。
2011年12月12日に住民から行政に対して学園の建設確認を取り消すことを求めて審査請求が出されている。その直接の理由は、前述のように危険な土地を補強せずに建設をすすめていることと、実際は開発許可が必要な工事をしているのではないかという疑惑があることだ。
なお、この審査請求は2012年6月4日に却下された。理由は既に開発委員会が開発許可は不要との判断を出していること、土砂崩れなどの危険が生ずる証拠がないといったことだ。
しかし、開発許可の問題以前に、幸福の科学の学園が建設されること自体に対して大きな反発があるのだ。住民の間では、学園ができたことを皮切りに、周囲に次々と教団施設が作られるのではないかという危惧がある。すると、教団の会員以外の人は居づらくなり、また近寄りがたくなってしまう。また、住宅地としての価値も下がってしまうおそれがある。住民の話によれば、実際に、学園の建設が決まってから、近くの小学校の転入生が急減しているという。
もう1つの不満は行政による学園に対する補助だ。私立学校には行政から私学助成金が出されるなど、優遇を受ける。しかし、学園に補助に値するほどの公共性があるのか住民は疑問を持つ。
「幸福の科学学園は寮制ですし、どう考えても地元の住民は通わなくて、通うのは信者さんだけですよね。同じ宗教系の学校でも、例えば比叡山高校なんて比叡山の門徒はごく一部ですよ」
既に幸福の科学学園が栃木県那須郡那須町に開校している。その学園生活を紹介した冊子があるのだが、生活の中にお祈りや、経典(大川隆法氏の著作)を読む時間がある。学園は入学者を会員に限定しているわけではないのだが、現実問題としてこれでは会員以外の子は学園内での居場所がないだろう。そもそも、自分の履歴書に「幸福の科学学園卒業」という経歴を好んで書きたい人がどれだけいるだろうか。
また、那須の学園は住宅地からかなり離れたところにあるのに対し、仰木の里の学園は前述のとおり住宅地のど真ん中だ。そのことも住民の反発を大きくしている。
しかし、いちがいに幸福の科学だけを責められない点もある。新興宗教としてよく比較対象とされるのが創価学会だ。創価学会は東京都新宿区信濃町の土地を次々と買って教団の施設を建て、信濃町駅の周辺を宗教都市化してしまった。また、創価学園や創価大学もある。その影響は幸福の科学よりずっと大きいし、創価学園、創価大学に入るのは9割以上は学会員であると言われる。それらとどう違うのかと聞くと、住民も「創価学会はちょっと怖いので…」と、はっきりとは答えられない。こうなると力関係の問題だろう。
幸福の科学学園をめぐって仰木の里で起こっている問題は、宗教と教育、教育とお金という今まで見過ごされてきた問題を浮き彫りにしていると言える。事実上特定の宗教団体のための学校に、公金を支出することが正当なことなのかということだ。憲法89条には、
「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」
とある。私立学校への公金の支出は、政府でなく民間による教育への支出なので、これに違反しているように思えるのだが、「行政が管理監督するので公の支配に属する」という緩やかな解釈で行政や司法は「合憲」と判断してきた。しかし、宗教系の学校となるともっと話は複雑になる。例えば学校内でお祈りのような宗教活動が行われているのなら、宗教活動にも公金が支出されていることになってしまうのではないかという点だ。ご承知の通り、公人が神社に参拝した時の数万円の玉串料が「違憲」と判断されてしまうくらい宗教活動への公金の支出は厳しく禁止されているのに、そこに「教育」というワンクッションを置けば何でもありになってしまうことは筆者としても釈然としない。
幸福の科学と創価学会といえば、対立関係にあるのだが、地元の創価学会や公明党から学園建設に対する反発の声はあまり聞かれないという。それは、表立って反発すると「ブーメラン」になると考えているのではないかと、うがった見方をしてしまう。(鳥)
本誌の取材に対して幸福の科学の回答
本誌では地元大津市の幸福の科学および学園事務所に取材を申し込んだが、いずれも「東京の本部に聞いてください」ということであった。ここに、幸福の科学本部への質問と回答を掲載する。
Q 仰木の里は、学園建設反対ののぼりだらけになっていて、ある意味異様な状況になっています。そもそもここまでこじれてしまった原因と、今後の対策についてお聞かせいただきたいと思います。
A 幸福の科学学園は、住民の皆様にご理解を得るために、「学園説明会」「対話会」「中高層説明会」「那須本校見学会」等を、延べ30回以上開催をしてまいりました。一部の方々にはまだ御理解いただけておりませんが、今後も話し合いを続けていきたいと考えています。ただ、一部の反対活動は、国や地方への財政貢献を踏みにじり、地元の経済の活性化を妨げる偏見に基づいており大変遺憾です。
Q 現在の場所に建設されることになった背景はなんなのでしょうか。たまたま土地があったためなのか、あるいはあの場所であることに意味はあるのでしょうか。
A 「幸福の科学学園関西校」建設予定地(滋賀県大津市仰木の里)は教育施設等を誘致するために造成された土地であり、土地の公募に際しても、教育施設が、ふさわしい施設として具体的に例示されていたと同時に、周辺環境や交通機関の便利さ、ならびに教団施設である「琵琶湖正心館」が近くにあり、ゆかりのある土地である事などが選定理由です。
Q 大川隆法氏が過去に著書で「最澄は無間地獄に堕ちた」という趣旨のことを語ったことについて、比叡山の麓という土地柄もあって一部の住民が問題視しています。この発言は事実で、現在でもこのような見解なのでしょうか。
A 1987年時点では、経典「黄金の法」(土屋書店)にそのような記述がありました。ただし1995年改訂時に削除され、「黄金の法」(幸福の科学出版)では「現在(一九九五年)も、あの世で反省行に打ち込んでおります。」となっております。総裁は宗教家として霊界探求を行い、客観的で、公正な眼で真実と思われることを述べておられます。このような表現を通して信者を増やす意図などなく、宗教戦争をしかける目的もないことを付言します。
Q 幸福の科学学園は、会員以外の生徒が入学することを想定されているのでしょうか。また、「サクセスNO.1」の生徒が優先的に入学できるというのは事実でしょうか。
A 幸福の科学学園は、会員子弟以外の生徒の入学も想定しています。また、全員、一般入試により選抜いたします。
Q 幸福の科学学園の担当者が住民のPTAでの役職、職業などを知らないうちに把握しているとして、住民が気味悪がっていると聞きました。実際に貴教団で住民のプライバシーを調査するようなことをされているのか、お聞かせ下さい。
A そのような事は一切行なっておりません。
Q 那須の学園について、総工費、会員以外の生徒の入学はどれくらいかといった実績をお聞かせください。
A 那須本校の総工費は約66億円です。会員子弟以外の受験もありましたが、合否につきましては個人情報のため、公表しておりません。
Q 今後、他の学校を設立する予定はございますか。
A 2016年に、千葉県長生郡長生村に幸福の科学大学を設立する予定です。
Q 仰木の里の住民感情が悪化している一方で、地元の会員の方から見てあの状況をどう捉えられているのか、差支え無ければ実際に現場の方からお話をお伺いさせていただきたいと思います。
A 取材につきましては幸福の科学グループ・広報局にて対応致しております。