【パノラマ映像】
横須賀のマチュピチュ(前編)

車で走っているときなど、山の上に家があるような風景はよく見かける。ただ、大抵の場合は遠くから見ると険しい場所にあるように見えるが、近づいてみると案外緩やかな斜面だったり、山というよりは台地だったということがある。 しかし […]

大学とは何か? 京大吉田寮・立て看板が消える日

1913年(大正2年)に建設された京都大学吉田寮は開寮以来、同大の象徴的な施設となり多数の人材を輩出してきた。しかも長い歴史を持つため文化的価値も高い。吉田寮から貴重な資料が出てくることもある。単なる寮ではなく「歴史的建 […]

慰安婦報道・植村隆の原点は早稲田奉仕園だった!

長年、左翼運動・市民運動の主要テーマだった「従軍慰安婦問題」。その最大の根拠となったのが作家、吉田清治(故人)による「吉田証言」。戦時中、旧日本軍が韓国・済州島で朝鮮人女性を拉致、強制連行したと自著『私の戦争犯罪』で述べ […]

3月12日14時から
東京地裁で第8回口頭弁論

やはりと言うべきか、出版禁止関係の仮処分の特別抗告が棄却され、マンションが差し押さえられた件も保全抗告が棄却され、特別抗告をしなかったため、仮処分関係の手続きは事実上これで終わりで、あとは本訴で争うのみという状況になって […]

部落探訪(61)
三重県伊勢市朝熊町(後編)

朝熊町は旧集落と、新しく切り拓かれた大久保地域でかなり様相が異なる。そこからさらに北にはゴルフ場があり、1994年に開催された「世界祝祭博覧会」(まつり博・三重’94)の会場跡がある。 まつり博の時は、近鉄朝熊駅が最寄り […]

部落探訪(61)
三重県伊勢市朝熊町“北部”(前編)

三重県と言えば同和利権の権化のように言われることがある。確かに、1969年から1993年度の決算実績によれば、県では1.5%、市町村では5.6%を同和事業が占めていて、この比率は中部・東海地方で最も大きい。 しかし、隣の […]

部落探訪(59)
和歌山県東牟婁郡串本町和深前地

今回は皆ノ川に続き、さらに『人間みな兄弟』を製作した亀井文夫監督の足跡を追った。筆者が訪れたのは串本町和深(わぶか)。ここは本州最南端の部落である。 1934年当時は世帯数52,人口318,1954年当時は世帯数81,人 […]

直撃! 崇仁協議会 ヤクザ、武富士、地上げの過去を追う(1)

「有限責任中間法人崇仁協議会」(現在は一般社団法人)。崇仁を語る上で、同団体は欠かせない。崇仁地区を拠点にする同和団体なのだが、崇仁の土地買収にも深く関わってきた。今回、取材を申し込んだところ、同会の中口寛継理事長の快諾 […]

日本人のおなまえ研究(3)
在日の創氏改名は強制だった?

「日本人のおなまえ研究」と言いつつ、在日コリアンの名前を研究しているこのシリーズ。最後に、コリアにおける名字の歴史について宮本洋一からお話をうかがった。 なお、朝鮮、韓国という言葉は民族全体を表すには適当でないという理由 […]

日本最大のタブー地帯
京都・崇仁地区に「熱」と「光」を

JR京都駅東側、京都市下京区の七条通から東海道線を挟み、南に下り九条通まで、東に鴨川、西に河原町通りに囲まれた地域、通称「崇仁地区」。関西最大級の部落であり、また東海道線より南の東九条は在日コリアンの集落として知られる。 […]

部落探訪(58)
大阪府大阪市淀川区加島一丁目

普段から示現舎を読んでいる方は、一時期、どのサイトを見ても加島駅から徒歩8分の分譲住宅の広告が頻繁に表示されていたかも知れない。あるいは今も表示されているかも知れない。筆者もあの広告が気になったので、今回は大阪市淀川区加 […]

北朝鮮擁護論から見えた空疎な”香山リカ話法”

スポーツの祭典という建前は何処へやら、北朝鮮の外交ショーになってしまった平昌五輪。国内外から“平壌五輪”と冷ややかな声も挙がっている。その一方で、相変わらず北朝鮮擁護を繰り広げる政治家、文化人も存在し「話し合いで解決」な […]

部落探訪番外編
大阪市北区中津
「下三番青年会」の最後

※写真は豊崎辺りにある、あばら家。戦後間もない頃は、梅田駅の北側のかなり広い範囲がスラムだった。 以前、中津探訪記を掲載したところ、中津会館について様々な議論があり、電子メール、電話、手紙で徹底解明の要望が多数あった。そ […]