【豊田市郷土資料館企画展】日本人はどう「スペイン風邪」と闘ったのか?

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By 三品純

豊田市郷土資料館(愛知県)の企画展「スペイン風邪とコロナウイルス」が地元で話題だ。同展では約100年前、世界各地で広まったスペイン風邪の関連資料を展示している。当時の生活、世相、報道を学び、コロナウイルス対策の一助にしようとの試みだ。現代と比較して医学、医療品、生活物資、情報などが不十分な中で昔の日本人はどうやってスペイン風邪に立ち向かったのか? 先人たちの知恵や教訓に学んでみたい。

コロナウイルス禍での子供たちの体験談も紹介。いずれ貴重な資料になるだろう。

スペイン風邪について補足をすると1918年から1921年の間、世界的に広まったパンデミック(感染症)だ。第一世界大戦を終結させた一因との説もあるから、どれだけ甚大な被害をもたらしたのかよく分かる。国内の感染期や被害状況については東京都健康安全研究センターの「日本におけるスペインかぜの精密分析」から抜粋する。

入り口はコロナウイルスに関係するスクラップを貼り付けてトンネルにした。
スクラップのトンネル。志村けんさんの死を報じるスポーツ紙が目立った。

展示は資料館1階第2展示室にある。なにしろここはトヨタ自動車のお膝元、豊田市。それだけに大がかりなアトラクションがあるかと思いきや当時の新聞資料、学校日誌など展示物自体は地味だ。しかし普段、閲覧する機会がない当時の地方紙など興味深い資料があった。まずはとりわけ目についた『東加茂』(大正8年2月号)を紹介しよう。

東加茂とは旧東加茂郡地域で配布されたローカル紙だ。豊田市という名称はトヨタ自動車に由来したのはご存知の通りだが、東加茂郡、西加茂郡などの町村が合併した自治体だ。この一帯、古くは三河国加茂郡と言ったが、要は加茂郡とは豊田市の旧名である。「100年前流行性感冒予防心得」と銘打ち展示されているが、いくつか引用してみよう。

この時代の刊行物の文体は格調高い上、妙な親しみが沸くのはなぜだろう。

流行性感冒は主に人から人へ伝染する病気である かぜを引いた人が咳やクシャミをすると眼に見へない程微細な泡沫が三四尺周囲に吹きとばされ夫れを吸ひ込んだ者は此病に罹る。

今で言うところの「飛沫感染」に対して注意喚起をしているようだ。距離は3、4尺(1m~1m30㎝)と説明しているが、現代の保健指導と大差がない。

沢山人の集つて居る所に立入るな。時節柄芝居寄席活動写真などに行かぬがよい

この時代も密を避けるのは基本のようだ。芝居寄席活動写真とはいかにも大正らしいが、ちょうどライブハウスやナイトクラブに注意喚起するようなものか。

人の集つて居る場所電車汽車などの内では必ず呼吸保護器を掛けそれでなくば「ハンケチ」も手拭もあてずに無遠慮に咳する人クシャミする人から遠かれ。

公衆エチケットの意識は低い時代だろうから、こんな呼びかけもおせっかいと感じたに違いない。「呼吸保護器」とはいかにも器具のようだが「マスク」のことだ。「口覆器」という表記もあるが、ともかくこの時代にマスクが普及していく。大正9年1月18日の「自宅で出来る口覆器(マスク)其の製法は極めて容易」という記事は口覆器に対してマスクというルビがふってある。コロナ感染が拡大した3~5月頃はマスク不足にも悩みメディア、ネットで自作マスクの製作方法が紹介された。スペイン風邪の時代でもマスク需要が高まり自作した人も多かったようだ。

『東加茂』に戻るが、印象的だったのは

治ったと思っても医者の許しのある迄は外に出るな 地震の震り返しよりも此病気の再発は怖ろしい

という一文。スペイン風邪流行期は約3年間で第1~3波が来襲したわけだから、人々の恐怖心も強かったことだろう。危機感に溢れた一文だ。コロナウイルスから回復しても再び感染、また後遺症に悩むというケースが報告されている。再発の危険性はスペイン風邪もコロナウイルスも同様だ。この点は特に肝に銘じておきたい。

ハラノマスク? 大正時代も政府マスクを配布した

当時の新聞資料を見るとマスクに関するエピソードが目立った。マスクに対する関心の高さは今も昔も変わらないようだ。コロナウイルス感染拡大が懸念された3月頃から各地でマスク不足が報告され、ネット転売も禁止された。静岡県議が大量のマスクをネットで販売し批判された一件も遠い昔のよう。また家電メーカー大手、シャープがマスク製造を始めたのも注目された。世界各地でマスクの値段が上昇したことからSNSでは「マスクが通貨になる」と皮肉る声も。

そしてマスク不足を解消すべく安倍政権が配布した“アベノマスク ”は論議を巻き起こした。野党、メディアから非難轟々でSNSでは送付されてきたマスクに落書きをして投稿する人もいた。100年前ならば間違いなく大好評だったろうが…。7月には医療関係者向けに再び政府マスクを配布する案も浮上したが見合わせに。この事態も大いにマスコミを賑わせた。感染症下ではマスクはトラブルメーカーだ。

さて散々な言われようのアベノマスクだが、国費によるマスク配布はスペイン風邪下でもあった。

感染力の強さで病院の収容機能がパンクいわゆる医療崩壊だ。

地元紙、中日新聞の前身の一つ『新愛知』(大正9年1月14日)では「国費で口覆を配布」という記事を報じた。当時の政権は「平民宰相」と呼ばれた原敬首相の時代だからさしづめ“ハラノマスク ”といったところ。大正9年だから流行の第3期目で、今風に言えば第3波だ。「帝都の流行性感冒益々蔓延し死亡激増」というから相当、深刻な状況である。

記事を見ると「極力市民の自営を喚起し尚最後の手段として国費を以て口覆(マスク)を配布し強制的に之を励行せしむる」とある。非常に緊迫した思いが伝わってきた。第3波でありながら巷ではマスク着用が徹底してなかったのかもしれない。現代と言えばもしマスクを忘れて公共スペースに入ろうものならば人の視線が気になるというもの。今やマスクは公衆エチケットの必携アイテム。マスクの徹底については現代人の意識が高そうだ。

同じく『新愛知』(大正9年11月20日)は軍隊も感染対策に敏感だったことを報じた。新兵がマスク着用でない場合、兵営に入営できず入隊3週間はマスク着用という。なにしろ精神論、根性論のイメージが強い日本軍。感染を恐れてマスクを着用したらむしろ「貴様、それでも帝国軍人か」と鉄拳制裁を食らいそうなもの。だがスペイン風邪の猛威だけはさすがに慎重になったようだ。

“大正のウーバーイーツ ”もダウン

コロナウイルス禍で損害を受けた業種は多い。しかし医薬品関係、小売店などは比較的好調、また飲食店でもテイクアウト需要に商機を見出している。目下、注目されているのがオンラインデリバリーサービス「ウーバーイーツ」だ。一方、スペイン風邪時代の飲食店でもデリバリーならぬ「出前」が重宝された。この時分はうどん屋が繁盛したという。

米の食事がとれないのでうどん屋の出前の注文が相次いだ。今でこそ病気の時にも受け付けやすい食品はあるだろうが、昔はうどんが最も食べやすかったのだろう。悪寒が激しいから温かいうどんを食べたい、という気持ちはよく分かる。そんなわけでうどん屋は大忙しになったが、そのうち配達人も感染してバタバタと倒れていき閉店したうどん屋も出てしまった。

それからうどん屋が繁盛したのはもう一つ背景があるようだ。当時、台湾や朝鮮、東南アジアからも米を輸入していたが、蘭貢米(ヤンゴン米、旧ビルマ)を食べたら感染したという噂が広まった。挙母小百年史に残された証言でも当時、外国米を食べていたという記録が残っている。

挙母は現在の豊田市西部だ。

このようにスペイン風邪で繁盛したうどん屋だが、調べてみるとうどん屋は古くから意外な利用がされてきた。「うどん屋感冒一夜薬」(当時の記事の表記、現在の商品名はうどんや風一夜薬)という感冒薬がうどん屋で販売されていた。なんでもこの薬は戦前、非常に親しまれ株式会社うどんや風一夜薬本舗HPうどんや風一夜薬の由来によれば小説『二十四の瞳』でもその名が出てくる。

うどんやでかぜ薬?

戦前派ならいざ知らず、かぜ薬に『うどん屋』と付いているのを不思議に思う人も多いのではないでしょうか。このかぜ薬、生まれは明治九年の大阪。かぜの早期治療には、アツアツのうどんを食べ、この薬を飲んで、一晩ぐっすり眠ることが養生の基本であるという考えから、うどん屋で売られていました。

株式会社うどんや風一夜薬本舗HPより抜粋

うどん屋は庶民の味であり、古くからのファストフード。もっとも身近な飲食店と言えよう。特に大阪は今でも方々にうどん屋がある。単に庶民の味というだけではなく、いざという時の生活インフラの一種だったからうどん店が普及したかもしれない。

株式会社うどんや風一夜薬本舗HPより
今でも使う吸入器はこの時代にもあった。

撮影不可の展示物もあるため写真で紹介するのはこのぐらいにしておくが、関係資料から強い警戒感と恐怖感が伝わってきた。一方、女性がマスクのデザインや柄にこだわるなど現代人にも通じる現象も笑ましい。時代は変われども人は変わらず――。

情報も物資も恵まれた状況とは思えないし、医療・福祉制度も今よりも脆弱だったはずだ。ただ資料から当時の人々の強い意志を感じた。逆に今の時代は日々、情報に溢れ振り回されている感がある。歴史的な危機に立ち向かった100年前の人々に敬意を払うとともに先人たちの経験をなんとかこれからの社会に役立てたいものである。

なお来場者はコロナウイルス禍での自身の体験談を記入すると豊田市の名産、小原和紙のお札か缶バッチがもらえるのでお試しあれ。

来場の際はくれぐれもマスク着用を。

豊田市郷土資料館
企画展「スペイン風邪とコロナウイルス」
開催期間:7月14日(火)~11月29日(日)
開館時間:午前9時~午後5時
祝日を除く月曜日は休み(ただし8月10日、9月21日、11月23日は開館)
入館料:無料
豊田市陣中町1-21-2
http://www.toyota-rekihaku.com/       

         

三品純 について

フリーライター。法政大学法学部法律学科卒。 月刊誌、週刊誌などで外国人参政権、人権擁護法案、公務員問題などをテーマに執筆。「平和・人権・環境」に潜む利権構造、暴力性、偽善性を取材する。

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【豊田市郷土資料館企画展】日本人はどう「スペイン風邪」と闘ったのか?」への2件のフィードバック

  1. 和泉守

    興味深く拝見させていただきました
    先日、大阪から大府や半田に出かけたこともあり知っていたらついでに立ち寄ればよかった…と思いました 11月までならまた行こうかな
    風邪をひいたらうどん…
    実は私はいつもそうしています
    この時代も、令和に生きる私たちもいろんな共通点があるのだなと思いつつ…先人に学べるものは学びつつ日々過ごすしかありませんね
    マスク大嫌いな私も反省…帝国軍人に学べさせていただきます(笑)

    返信
    1. 三品純 投稿作成者

      驚くぐらい現代と考えることが変わりませんよね。

      うどんは今後、研究する価値があるテーマと思っています。

      返信

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