学術・研究:部落探訪(190) 埼玉県深谷市針ヶ谷

アバター By 鳥取ループ

深谷市はりには、戦前には15戸の部落があったとされる。主に農業をしていたようだ。現地の地図を見ると、石碑の記号がある。そこに何か手がかりがあると思い、その場所を訪れた。

深谷に来ると他の地域とは違う独特の景色が広がっている。土地が広い、山が見えない、家がまばら、そして何より田んぼより畑が多い。

深谷の名産品と言えばネギだ。

方向を間違えて部落とは無関係な霊園に来てしまった。

そこから石碑の記号がある場所に向かうと…

墓地が現れた。墓は全て「長谷川」姓である。

そして、墓地には立派な石碑がある。

石碑に本多静六とあるが、これは石碑の文章を書いた人の名前で、内容はこの地で生まれた長谷川盛枝せいしという人物を顕彰するものである。

生誕地は針ヶ谷68番地とある。「水平運動」「部落解放」「融和」「地方改善」「社会事業」という言葉が出てくる。全国部落調査を作った「中央融和事業協会」の名前もある。

裏面には功労者の名前が。中央融和事業協会の会長だった平沼騏一郎を筆頭に、戦前の融和運動や水平社運動で重要な役割を果たした人物が多数刻まれている。

そして、下の方には地元の功労者が刻まれている。功労者が必ずしも部落民だったわけではないが、長谷川が多く、北本という名字も特徴的である。

長谷川盛枝の墓はあの墓地にあり、そして、子孫もここに住んでいるという。

部落内の様子は周辺と変わらず、部落とは分からない。住民に同和事業がされたのかどうか聞いてみると、よく分からないということだった。

古い家と廃墟が一部にあったが、それ以外はむしろ大きな家が多い。

なぜか東北道の標識が。そして、周辺のビニールハウスでは観葉植物が育てられている。

そう、この部落で特徴的なのは園芸用植物である。やたらと広い土地に、金持ちの家の庭先で見るような植物が多数植えられている。

まるで部落全体が植物園のようである。

調べてみると、石碑の文章を書いた本多静六は造園の専門家であり「公園の父」と言われているそうだ。ということは、当時から造園業を通じて縁があったのだろう。

石碑を見た後は、部落を一周して植物を眺めると面白いだろう。まさに、観光地にしてもよい部落である。

学術・研究:部落探訪(190) 埼玉県深谷市針ヶ谷」への9件のフィードバック

    1. アバター鳥取ループ 投稿作成者

      すみません。もっと補正が強力なカメラに変えました。
      GoPro MAXでは強制的に水平を保つ機能があるので、そちらも活用します。

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  1. アバターうんこ

    >深谷に来ると他の地域とは違う独特の景色が広がっている。土地が広い、山が見えない、家がまばら、そして何より田んぼより畑が多い。

    いや、このへんはどこもそうだ。
    山が見えないのは曇ってるからじゃん

    返信
    1. アバター鳥取ループ 投稿作成者

      言われてみればそうですね、ご指摘ありがとうございます。

      返信
  2. アバターぶらくたろう

    次期万券肖像に決定した渋沢栄一翁も血洗島という被差別部落の出生という事実

    返信
    1. アバター豆太郎

      血洗島は全国部落調査に載っていませんが、そこが部落だという根拠は? まさか地名に「血」がついているから?

      返信
      1. アバター

        埼玉じゃというか東日本では部落といえば集落であり、被差別部落の意味合いなど一切ない。今でも普段の会話で言うし「部落会館」などもある。
        このサイトの色からすれば被差別部落を指すということになるけど。

        なので「部落だという根拠は?」でなく「被差別部落である根拠は?」にしておきましょう。

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        1. アバター鳥取ループ 投稿作成者

          部落は被差別部落ないしは未解放部落の略です
          携帯は携帯電話の略
          でも携帯の意味は変わらない
          それと同じようなものです

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