鳥取市役所移転問題から見る 住民投票の失敗例

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地方での住民の意思決定の手段として昨今話題になることが多いのが住民投票。条例で住民投票の手続きを定めた自治体も多くなった。一方で最近は沖縄県の辺野古基地の移転問題で県が住民投票の実施を予定しているものの、ここにきて県下の市の反発があって先行きが不透明になっている。世界的にもイギリスが国民投票によりEU脱退を決めたものの、離脱案が議会で否決され、住民投票で物事を決めることの限界と弊害も明るみなっている。

実は7年前、鳥取市で市が示した市庁舎の移転の方針を巡って住民投票が行われ、市の方針を覆す「市民の意思」が示されるという画期的な出来事があった。しかし、結論から言えばそれは反故にされた。一時期は民主主義の勝利かのように持てはやされた住民投票がなぜ失敗に終わったのか。この出来事から、さらに住民投票の限界と弊害が見えてくる。

鳥取市役所庁舎の移転問題の経過については、鳥取市のウェブサイトに異様に詳しく説明されている。まずは、それらの情報等をもとに大まかな経過を示す。

1996年
阪神大震災直後の調査で、市庁舎の耐震性に問題があることが発覚。

2000年2月
改築には150億円かかるとして断念。

2009年
市庁舎が大地震で倒壊する危険性が高いことが改めて判明。

2010年8月30日
耐震補強には約28億円、移転新築には約90億円かかると見積もられる。

2011年3月25日
市役所の移転新築の方針を決定。しかし、それに対する反対運動が起こる。

2012年3月22日
耐震補強には20億8000万円、新築移転には74億8000万円かかることが市議会に説明される。住民投票条例が市議会で成立。

2012年5月20日
市庁舎を耐震改修するか新築移転するかを問う住民投票を実施。耐震改修が新築移転を上回る。

2012年11月9日
埋蔵文化財調査と土壌汚染対策等のために、耐震改修の費用が43億4000万円に増えることが判明。

2013年6月7日
竹内功市長(当時)が、住民投票の結果に反して移転新築の方向で進めることを示す。後に次回の市長選挙に出馬しないことを表明。

2014年4月13日
市長選挙で、移転新築を公約した深澤義彦市長が当選。

2014年12月26日
市議会で市役所の移転新築のための条例が可決。

2018年1月30日
新築移転の公金支出差し止めを求めた住民訴訟で住民側の敗訴が確定。

この経過を見ただけでは、移転には多額の費用がかかるのに対して、耐震改修はそれよりもはるかに安く済むことから、税金の無駄遣いとの批判から移転に対する反対運動が起こったように見えるが、状況はもっと複雑だ。

現在の鳥取市庁舎が建設されたのは1964年3月であり、当然、当時の建築基準で建てられた。阪神大震災では鉄筋コンクリートの建物の2~3階が潰れてしまうケースが多数あり、鳥取市役所も同規模の地震が来るとそうなると言われていた。

鳥取市では戦時下の1943年に鳥取地震を経験しており、同様の直下型地震に再度見舞われる危険性はそれなりに差し迫った問題だった。そして、工事費用については単純に金額の問題ではなく、市庁舎の耐用年数と、平成の大合併という2つの要素も関係していた。

市庁舎の耐用年数は65年なので、耐震改修したとしても、単純に計算すれば遅くとも2029年には建て替える必要がある。また、鳥取市は2004年に市町合併をしており、それに伴う合併特例債の発行期限が迫っていた。

合併特例債とは、平成の大合併当時に合併した自治体が、合併に伴う事業費に充当するために特別に起債できる地方債で、借金ではあるのだが70%を実質的に国が肩代わりする制度となっている。当初は合併から10年間の間に起債しなければならないとされ、現在は20年まで延長されてはいるが、限りなく延長されるとは考えられない。

つまり、現在の市庁舎の耐用年数切れ後に建て替えると費用を市が全て負担しなければならなくなる可能性が高いが、今ならたったの30%で済むということなのである。結局は税金が原資となるにしても、一地方自治体の立場で考えれば、今移転して新築した方がお金の面ではお得であるように見える。

なぜか見過ごされた「現地改築」という選択肢

しかし、経過説明にある通り、住民投票の結果は新築ではなく耐震改修を支持するものだった。後に様々な問題が発覚して費用が膨らむことになるのだが、住民投票が行われた当時は耐震改修は20億8000万円という新築に比べて非常に安い費用で済むと見られれていたということが考えられるだろう。

実際に、後の調査で耐震改修の費用が膨れ上がった時に、何としても移転改築をさせるために価格を釣り上げていると、地元の設計会社を名指しして非難する怪文書が出回ったこともあった。

しかし、当時地元の事情通に聞いたところでは、もっと別の問題があったという。それは鳥取駅から鳥取市役所にかけての通りの商店街と、それに関わる住民の意志である。

「…それは、あの商店街の振興にかかわる問題で、駅から市役所までの人の流れが減ることが、まずかったんじゃないかな」

と事情通は語る。グーグルマップで鳥取市を見れば明白だが、市役所は駅から北東に約1キロメートルのところにあり、その間には鳥取市のメインストリートである駅前通りと若狭街道の商店街がある。地方都市では商店街がシャッター街になりつつあることが問題になっているが、鳥取市の場合は駅から官庁街への人の流れがあるために、何とかそうなることを免れている。

実は住民投票は「市庁舎を駅南の旧市立病院跡地に移転する」「市庁舎を耐震改修して使い続ける」という二択で行われた。

「現地で改築するという方法もあったはずで、そう考えた人の相当数が耐震改修に票を入れたのでは」

と市の関係者は語る。

現地改築については、住民投票の後に検討されている。しかし、現地の土地があまり広くないために、工事の間は非常に不便になり、現在も言われている駐車場が狭いという問題が解決されないままとなる。 既に駅南に市役所の第二庁舎が あるということもあり、結局は移転という結論に至っている。

実は市役所に隣接している市民会館を解体して空いた土地を駐車場にするという案が以前にあったという。しかし、その話は今回は出ていない。市の関係者によれば、とにかく駅南に移転したいというのが市の意向で、現地改築というのは言い出しにくい雰囲気があったという。

ただ、件の住民投票の投票率は 50.81% で、移転が 30,721票 、改修が 47,292票 とそれなりに差がついていたので、現地改修という選択肢があったとしても耐震改修が一番多くなった可能性が高い。おそらく、選択肢を増やしたところで住民投票のあとに問題が噴出するという状況は今と変わらなかっただろう。

住民投票は魔法ではない

鳥取市では住民投票を期に市役所の移転問題についての議論が深まり、市は積極的に市民に情報を提供するようになり、市民の市政に対する関心は深まったが、結果的に住民投票が成功か失敗かと言えば失敗だったと言わざるを得ないだろう。住民投票により市民が意思を示し、それに従って市の方針が決まることを目論んだがそうはいかなかった。

後に、住民投票の結果を尊重するように住民訴訟が提起されたが、裁判所は住民投票の結果には法的拘束力がない等の理由で訴えを退けている。自治体による住民投票の限界として、地方自治法はあらゆる政策決定を住民投票で行うことを想定していないし、予算の権限は議会が握っているので、住民投票に法的拘束力を持たせることはできない、ということがある。

仮に今回の件について住民投票の結果通りに忠実に行っていたとして、多くの住民にとって幸せな結果になったかどうかは分からない。長期にわたる耐震改修のために市民も市役所の職員も不便を強いられることになっただろう。そして、10年後には市庁舎の改築のために市は莫大な負担をすることになる。それも現地改築でやるのか、移転するのか、また同じような問題が蒸し返されることになるだろう。

市庁舎の整備のように、複雑で、しかも差し迫った問題について、住民投票による意思決定はなじまない。過去の経緯や、建築や都市計画に関わる技術的な問題、合併特例債にからむ財政的な問題を理解していなければ、適切な判断をすることはできないが、全ての市民に問題の理解を求めることは非現実的だ。また、合併特例債の起債期限が迫っているのであれば、拙速でもいいのでとにかく方針を決めて、その代わりに後で臨機応変な対応が求められる。住民投票で決まったのだから、最初から最後まで決めたとおりに…とはいかない。

住民投票は魔法の手段ではない。住民の望んだことが、必ずしも住民にとって利益になるとは限らない。また、人はその時の雰囲気に流されてその場限りの判断をしてしまいがちだし、後になって状況が変わり、住民投票を行った際の前提が成り立たなくなることもある。鳥取市の事例は、住民投票に限らず、特定の政策判断を投票行為に委ねることの危うさを示している。また、なぜ政治家が選挙時の公約を反故にするのかという問題のヒントを示しているだろう。

新市庁舎の完成予想図

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