学術・研究:部落探訪(181) 鳥取県東伯郡琴浦町出上“下出上”

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

今回は鳥取県西部の琴浦町、旧赤崎町の出上にやってきた。1897年の記録では61戸、1923年には108戸、1935年には136戸の部落があったとされる。

この赤崎文化センターから探訪を開始した。この施設は隣保館である。

なぜか施設内撮影禁止の張り紙があったので、施設の外から撮影した。中には撮られたくない物があるのだろうか? なお、これは地区改良事業の石碑。背後には「熱あれ光あれ」とある。

先日、鳥取県議会で部落探訪が批判され、平井県知事が心の病がどうのこうのと言っていたが、部落や同和地区を知られるのが嫌なら、こういった物件は穴をほって埋めてしまったらどうか。

この石は昔力比べに使われたそうだ。

出上地区の地図がある。出上地区全体が部落というわけではない。この地図の左下辺りが上出上であり、右側が下出上である。ただ、今では出上と言えば同和地区のことであり、後述するが一般地区の呼び方も変わっているようだ。

しかし、その境界は一見しただけでは分からない。成美橋がかかっているのが勝田川であり、もちろん左側が川上である。また、改良事業に伴って一部の世帯が移転したので、逆にこの地図の外にも同和地区がある。

ここは「遊園地」。遊具のある公園である。

そして、その隣が墓地になっている。

墓地には立派な阿弥陀堂がある。宗派は真宗大谷派。鳥取の部落はなぜかほぼ例外なく真宗大谷派の檀徒であり、西部では浄福寺、東部では緑浄寺に集約されている。出上地区内でも浄福寺の檀徒であるかどうかが「部落民」と「一般民」を区別する事実上の基準となる。

これは鳥取県内の部落に共通することで、墓を見れば部落住民がすぐに分かってしまう。「身元調査」への影響については、いわゆる「差別戒名」や過去帳や壬申戸籍の比ではないのだが、このことが問題にされたという話は聞かない。あまりに露骨なので、問題提起することさえはばかられるということか?

ただ、時代とともに変化はあるようで、浄福寺は檀家が多いので、住職はヨットを買ったりして贅沢をしているのではないかという不満の声も聞かれる。寺替えする住民もいるし、創価学会等の新宗教に入信した住民も多い。

かつての部落は家が密集していたが、土地自体は比較的条件のよい場所にあり、現在は改良事業により道が広々としており、家も大きい。

県指定文化財の古墳があるという立て札が。

これが出上岩屋古墳。民家に囲まれた場所に大きな石室が遺っている。

大きな家が多いのは、改良事業がされ、住宅を新改築するための同和対策の貸付金があり、さらに固定資産税が減免されてきたからだ。鳥取県には多い、典型的な「同和御殿」型部落である。

出上地区は世帯数が多いので、さらに複数の自治会に分かれている。

これは民家の作業場のように見えるが、実は町立の老人会館である。

そして、これが「前田氏の大タブ」。タブノキの大木である。

大タブからさらに南に進むと…

この辺りから、敷地内に大きな木が生えている家が目立つ。大きな木があるということは、その家は昔からあり、比較的広い土地があり、改良事業の対象となっていないということである。つまり、この辺りはいわゆる一般地区と考えられる。

隣接しているが、やはりここは別の地区になるようだ。「南出上」と標識が出ている。

近くの墓地を訪れてみると、明らかに浄土真宗ではない。

勝田川沿いを歩いていると、特徴的な建物が立ち並んでいた。これは町営住宅である。なるべく周囲に馴染むようにデザインした比較的新しいニコイチ住宅である。

川の対岸にもニコイチが見える。こちらは、平屋根に瓦屋根を後で載せた継ぎ目が見えるので、かなり古いものであることが分かる。

町営住宅は荒れてはいないが、人の気配がしない。最近まで人が住んでいたが、近くに家を建てて出ていってしまったそうだ。

一般公募してもよさそうなものだが、そもそも琴浦町では町営住宅が供給過剰なのだという。過疎化が進み、不動産価格が下落しており、中古の一戸建てなら車一台分くらいの値段で買える。それなら、借家に住むよりも銀行から金を借りて一戸建てに住んでローンを払った方がいいということになる。住宅ローンなら自動車のローンよりも条件はよいはずだ。

「前田ひろば」という謎の空き地が。私設の公園だろうか?

最後に、改良事業の移転先とされる場所に言ってきた。

このニコイチはどことなく武家屋敷を思わせるような良デザインではないだろうか?

団地の入口辺りに廃墟と墓があるが、これはニコイチが出来るよりもっと昔からあったものだろう。

こちらは、持ち家方式で移転した場所である。

壮観な御殿群である。なお、屋根のシャチホコは、由来は分からないが部落に限らず鳥取県の海岸近くの慣習で、縁起物なのだそうだ。ただ、最近新築される家にはシャチホコを付けないことが多くなったという。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(181) 鳥取県東伯郡琴浦町出上“下出上”」への4件のフィードバック

  1. 吉田

    鳥取県議会の動画見てますが、爆笑してます。
    質問も答弁も奥歯に物が挟まったようなもどかしい表現ばっかで、協議会って言ったり団体って言ったり何言ってるんだか(笑)
    県知事も見てるんですねぇ〜。

    返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      知事も解放同盟の活動や同和行政の問題も分かっているはずですが、言おうにも言えないんですね。

      返信
  2. もう

    出上の近くに光集落がありますが一般地区ですか?
    先日行って気になったので。

    返信

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