学術・研究:部落探訪(289 前編)熊本県 熊本市 中央区 本荘・春竹

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

熊本県で最大かつ最も有名な部落と言えば本荘・春竹地区である。昭和初期の記録では本荘111戸、春竹307戸とされる。

2016年に日本テレビで「いのちいただくシゴト 〜元食肉解体作業員の誇りと痛み〜」というドキュメンタリーが放送され、その中で「はっきり言って部落です」という台詞があったが、その部落というのは、この本荘のことであろう。

明治時代の地図を見たところでは、本荘村、春竹村全体が部落というわけではなくて、それらの東側の一角に「貫出ぬきで」という地名が見える。戦後間もない頃の航空写真を見ると、その場所に家が密集している。

今回は、せっかくなので前回の「ぼした」の記事にも出てきた鈴木田舜護氏と一緒に探訪した。

この辺りは熊本市内でも食肉業者の集積地帯として有名だ。過去の文献では、本荘・春竹地区に分かれているが、単に本荘と言った方が通りが良いという。地名としての春竹は残っておらず、春竹というと春竹小学校があることから春竹校区を指すことになり、部落と言えば本荘という認識なのだという。

既に閉鎖されてはいるが、食肉工場が見える。ここは地名で言えば九品寺になるのだが、肉屋が集まっている辺りが大体本荘ということだ。

今から20年ほど前はこのフックに豚が吊り下げられており、牛の生首が見え、血の匂いが漂うのが本荘の日常の風景だったという。今となっては、あからさまに外から見えるような場所はなくなり、そもそも2016年に屠場が廃止になったこともあって食肉業者自体が減ってしまった。

地名表記で言えば南熊本の辺りは、かつての春竹村のはずだが、この当たりも肉屋が多い場所は本荘で通っているという。

これは辛崎神社。部落の中心部にある。理由はよく分からないが、熊本の部落には唐崎神社があることが多いという。漢字表記は「唐崎」と「辛崎」の2通りがある。

この神社の場合は「辛崎」だ。

寺の方はというと、この「春荘寺」である。もとは春竹説教所という名前であったが、2010年から正式な寺となり、春荘寺となった。

しかし、辛崎神社と春荘寺については不可解な事実もある。

2016年の熊本地震からの復興費用を募る「春竹・本荘被災復興プロジェクト」というのがあって、ウェブサイトも開設されている。

詳しくはまた後編で触れようと思うが、とりあえず分かっている事実は、このプロジェクトについて当の辛崎神社と春荘寺の代表は「呼びかけ団体」に記載されているにも関わらず、何も知らなかったこと。特に春荘寺については、傾いた本堂の写真が大きく掲載されているが、実際は保険で修理がされたので、この支援金は一切渡っていない。そして、このプロジェクトの主催者こそが部落解放同盟熊本市支部長であるということだ。

チラシには「これらの人々が住んでいた地域は現在では被差別地域と言われますが、このホームページでは差別につながる語句を使わないという趣旨で、 このような地域のことを指してカタカナで「ムラ」と表現しています」と明記されている。解放同盟の名前は書かれていないが、被差別部落ということを出して活動するやり方は、いかにも解放同盟らしい。

春荘寺の前には放牛石仏がある。

説明によれば、これは熊本県内の各地にあるもので、特にここ特有のものではない。

これは納骨堂。昭和48年に作られたという。

そして、その隣が西原公園である。

そして、そこから抜けた大通りに肉屋が集まっている。地名こそ九品寺だったり南熊本だったりするのだが、この辺りこそが「ザ☆本荘」ということになるのだそうだ。

この食肉業者は有名で、かつては市議会議員も出ていたそうだ。

この豪邸も食肉業者のものである。

この木造の廃墟が何かと言えば、牛小屋の跡だという。

おそらく、牛や馬を屠殺する前での間、ここで飼っていたと考えられる。熊本といえば馬肉が有名だが、輸入した馬でも、一定期間熊本で飼育すれば、立派な熊本産ということだ。

この空き地は何かというと、屠場の跡である。2016年まで、ここに熊本市食肉センターがあった。周囲の今は団地になっているところにも、昔は多くの食肉業者があったという。

コロナが蔓延してからは、この空き地はPCR検査場として使われていた。

(次回に続く)

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

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学術・研究:部落探訪(289 前編)熊本県 熊本市 中央区 本荘・春竹」への3件のフィードバック

  1. 萩原 篤志

     同和産業に就いて真面目に働いてくれている人たちが一番大切にされなくてはいけない。次に、真面目に一般地区に出て働いて納税する者。同和ボス系列は自力で解放する自信がないから悪さに走る。味方に迷惑。ただそれだけ。
     岸田総理は一般民の出の日本人だが、最近、裏で同和ボスが彼に交渉したらしい。旧統一〇会を叩いてあげるから防衛費を増やせと。自衛隊の同和利権だ。その財源を「働く一般民や在日、自活する同和」の企業の法人税や医療介護負担の増額らしい。これからもわざと働かず納税しない同和ボスのために防衛費は必要ないのに・・。
     同和ボスの政党である維〇の会を同和ボスが使うのは「一見、反日に見えないまともに見える法案」などだ。あからさまに世間から反発をくらう事案を総理に求める時は、裏から交渉を行う。私は自活系同和で同和ボス系列ではないが、同和社会からの内部告発だ。宮部さんは知らないことだろう。
     立憲が維〇と足並みをそろえたように見えるのは、最近、同和団体が立憲に人権研修をおこなった。つまり、同和ボスの要望に応える立憲であってくれということ。

    返信
  2. 匿名

    >コロナが蔓延してからは、この空き地はPCR検査場として使われていた。

    家畜から社畜へステップアップしてますね

    ボシタ祭りは加藤清正との関連が指摘されてました。朝鮮出兵で陶工などが日本に連れてこられた、と聞いてます。この部落も関係あるんでしょうか。

    そして現在の活動ともリンクしてます?
    リンクしてると書いたのは一度途絶えた部落がなぜか棲みついた人で再度復興した可能性もあるからです。
    部落があったことと現在のムーブメントは同じかどうかはわかりませんので。

    返信

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