学術・研究:部落探訪(134) 広島県呉市山手2丁目

アバター By 鳥取ループ

今回は、アニメ『この世界の片隅に』の舞台となった呉市にやってきた。呉市の代表的な部落は山手やまて2丁目、別名「山手の谷」と言われる地区だが、正確にはここは部落ではない。

ここが唯一の事例というわけではないが、近世の被差別民の居住地とは無関係であるのに同和地区指定された顕著な例である。

「翠町」と言われた1960年代の山手。屠場、火葬場、野犬処理場等のいわゆる「嫌悪施設」がこの場所に集中していた。

現在は公営団地と大規模な墓地が特徴的な地域となっている。

谷間の中心に上へと向かう道路があり、その両側に団地が建っている。

坂を登ると、非常に大規模な墓地がある。

この墓地は、特に地区住民の墓地というわけではなく、同和対策というわけでもなく、民営の分譲墓地である。無論、墓の宗派は様々だ。

斜面にあるのはほぼ公営団地で、あとは建設会社と、廃墟がいくつかあるだけだった。トラックは建設関係か廃品回収用のもの。

この地区は全般的に斜面か崖が迫った場所にあり、確かに立地条件は良いとは言えない。

通りがかった男性から、何者なのか尋ねられたので、「示現舎で、部落探訪に来ました」と正直に答えた。「裁判になって迷惑している」と怒られつつも、「撮影したければすればいいけど、差別を煽るようなことを言うなよ」とのこと。

男性によれば、やはり山手は近世からの部落ではなく、明治以降に部落と言われるようになったという。「海軍がここに屠場などの施設を作って、貧しい労働者を集めて、差別されるように仕向けた」ということだ。言わば「近代政治起源説」と言うべきか。筆者がそういった主張を聞くのは初めてではなく、全国連も似たようなことを主張していた。

実際に海軍が差別するように仕向けたのかは眉唾ものだが、はっきりしているのは戦後に政府がここを同和地区指定し、それに住民や解放同盟は乗っかっていることだ。

ここは「山の手会館」という隣保館だが、中には昔の解放同盟の活動の様子を撮った写真が掲げられていた。資金を投下して事業を行うことは貧困の解消や生活環境改善には意義があるのかも知れない。しかし、もとは部落でもない場所を同和地区指定して、部落解放運動が行われたことを強調し、「差別される地域」であると主張し続けなければ、出来ないことだろうか?

「近代政治起源説」はある意味正しいのかも知れない。ただ、部落を作ったのは海軍よりもむしろ、現憲法下の政府と解放同盟であるように思う。

ただ、隣保館の外には部落を強調するような物件は見当たらなかった。

学術・研究:部落探訪(134) 広島県呉市山手2丁目」への3件のフィードバック

  1. アバター寿限無

    いつも楽しく見させていただいています。
    近代以降が起源の同和地区が広島にも存在することを初めて知り勉強になりました。
    神戸にも近世の被差別民の居住地とは無関係でありながら同和地区指定を受けた新川地区というのがあり、是非鳥取ループ氏に新川地区を巡っていただき解説を聞いてみたいです。

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    1. アバター

      私の故郷京都府舞鶴市の新市街地は、呉と同じく海軍が発展させた街ですが、
      同様に、明治以降新しくできた「新部落」が多く存在します。
      成り立ちの違いは部落の形態や雰囲気の差として現れていたので、
      昔からある旧部落とは、住民の見方も異なっていました。
      因みにこの新部落、仕事を求めて鳥取県の部落から移り住んだと言われていますが、
      このためか舞鶴市では、鳥取や島根の方言「ダラズ」が定着しており、
      私が一番好きな、故郷の方言です。

      返信
  2. アバター大猫

    姫路市にも同じようなルーツを辿る地域がありますね。
    そこは今も産業廃棄物処理施設や塵芥処理施設、汚水処理場などが固まって稼働しています。

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