部落探訪(65)
和歌山県東牟婁郡串本町西向

By 鳥取ループ

本州最南端の町、串本町には、和深の他にもう1つ部落がある。それが、今回訪れた西向部落である。

1943年の世帯数は137、1954年には164と記録されている。この部落は明らかに同和地区指定がされたと考えられる。


国道42号線から、日本の秘境・古座川の上流へと向かう道は、県道38号線と、県道227号線の2本があるが、西向はこの38号線の入り口、古座川の河口近くにある。38号線は西向の辺りでは2車線と広いが、西向を抜けると急に狭くなる。ちなみに、古座川の対岸にある227号線は狭い。過去の航空写真を見ると、1947年の時点で既に同じ場所に直線の道路があるので、同和対策だから広くなったというわけではなさそうだ。

ここは物置のある町営住宅。東日本大震災の被災者の受け入れ先にもなっていたという。

町営住宅の近くには遊具があり、草が生い茂った広場が。

回ってみると保育所だった。しかも、とても立派な保育所。しかし、少子化の影響のためか数年前に閉鎖された。

さらに歩くと、見覚えのあるニコイチ住宅が見えてきた。

奈良でも見かけた、ニコイチ住宅の脇に車が捨てられた風景。

清掃業者のゴミ収集車があったが、たまたまここに置いてあるだけで、部落内に清掃業者があるわけでもなさそう。

全般に道は整備されているものの、ところどころに路地の面影が残っている。

妙福寺は浄土真宗本願寺派のお寺。

これは住民会館。無骨な建物に味わいがある。

地区内にはいくつか津波避難場所の標識がある。やはり、海岸が近いので津波対策はこの地では重要な問題だ。

「タスカルタワー」という避難施設を見つけた。誰でも上がれるようになっている。

このタワーから部落を見下ろすことができる。

タワーが出来たのは平成18年3月と書かれている。東日本大震災が平成23年なので、それより前から津波に備えているということだ。しかし、10メートルをはるかに超えた東日本大震災の大津波を目にした後では、この高さでも心もとないかも知れない。

部落内には古い家や空き家もあるが、ここが紀伊半島の南の端付近ということを考えると、それほど寂れているようには感じられない。

もちろん、隣保館もある。

部落探訪(65)
和歌山県東牟婁郡串本町西向
」への4件のフィードバック

  1. ニコイチ半

    いつも拝見しております。部落探訪は素晴らしいですね。最終的に一冊にまとめて頂きたい内容だと思います。ま~書籍の時代でも無いですが。ところで、前から気になっている事があります。実はニコイチについてなのですが、以前同和は大家族で建築費が安いので行政がニコイチの改良住宅を採用したと聞いてますが今から思うと、ニコイチがある・・・ここは同和地区なんだと分かってしまうような・・・本末転倒な感じではないでしょうか?私が知っている地区にもニコイチ群があり、近くに白山神社と同和集会場があります。不思議です。

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    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      ありがとうございます。
      ニコイチが採用されたのは、単に偶然ではないかと思います。
      あの白いコンクリートの住宅は昭和40~50年台に流行った形式で、民間の住宅にもありました。
      その時期がちょうど同和対策の改良住宅の建設ラッシュと重なったために、同和地区にニコイチが立ち並んだものと考えます。
      不幸なことに、あの形式の住宅は一時の流行で終わり、白い壁は汚れやひび割れが目立ってしまうという事も当時の人はあまり予想してなかったのでしょう。

      返信
    1. 鳥取ループ 投稿作成者

      そのように言われているようですね。しかし、残念ながら私は詳細は分かりません。

      返信

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