学術・研究:部落探訪(64) 神奈川県横須賀市浦賀1丁目

カテゴリー: 部落探訪 | タグ: , | 投稿日: | 投稿者:
By 宮部 龍彦

グーグルマップで行き先を横須賀市浦賀1丁目に設定して経路探索をすると、京急浦賀駅近くの、細い道があり、古い家が何軒がある一角に案内される。この場所は神権連機関紙『人権のとも』2008年2月15日号で「横須賀C地区」として紹介されている部落とよく一致する。筆者はこれ以外にこの部落について触れた文献を知らない。

浦賀1丁目を地図で見ると、浦賀駅を中心とする東西に広がる細い区域だが、部落と考えられるのは駅の西側である。

『人権のとも』には、「Kさん宅」の庭を通ったところに白山神社があったこと、神社にはイチョウの大木があること、神社は老朽化により20年以上前に倒壊したことが書かれている。そして、この部落の人々は浦賀奉行の下働きをし、罪人の島流し、死体の片付け等の手伝いをしていたと伝えられているとされる。

ここが京急浦賀駅。部落に行くには西側の出口の階段を降りる。

部落内を西から東に歩いたところ。部落の中心辺りでは道が細くて自動車は通ることができない。

古い石段を見つけたので登ってみると…

明らかに神社の跡らしきものがある。

『人権のとも』にあった白山神社はこれだろうか? しかし、普通に道路から入れたし、イチョウの大木らしきものは見当たらない。

駅の方側に急傾斜地崩壊危険区域の看板が。この地図をよく見ると、斜面に白山神社と書かれている場所がある。しかし、さきほどの神社跡の場所とは明らかに異なり、神社跡の部分に神社とは書かれていない。

ここから行けるかと思い、斜面の脇の階段を登ってみると…

そこにあったのは墓地で、神社ではなかった。

ちなみに、ここの地盤は固結仕切っていない脆い岩で出来ており、汐入町の急斜面と似ている。

『人権のとも』にあった白山神社は、急傾斜地崩壊危険区域の看板にある神社と考えられるが、「Kさん宅」らしき場所には新築の家が立ち並んでおり、明らかに昔と状況が変わってしまっている。

そこで、1人の住民に白山神社の場所を聞いてみると、「それは懐かしい話だね~」という返事が帰ってきた。住民によれば、白山神社は子供の遊び場になっていたのだが、やはり何十年も前に倒壊してしまったという。そして、「Kさん」も既に引っ越して土地と家を売り払ってしまったそうだ。

さきほどの墓地に向かう階段の途中にあるこの扉。たぶんここから入れば行けるのではということだが、他人の土地なので入るわけにもいかないし、今、白山神社がどうなっているのか、住民さえも分からない状態だという。ただ、イチョウの大木は残っていて、今の季節では枯れたように見える白い大木がそれだという。

また、西側にある神社の跡らしきものは、「あれは何だかよく分からない」ということだった。古い地図にはあの場所にも白山神社の記述があるので、おそらく浦賀1丁目には2つ白山神社があったのではと考えられるが、その理由は謎のままである。

宮部 龍彦 について

ジャーナリスト、ソフトウェアアーキテクト。信州大学工学部卒。 同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究している。「ネットの電話帳」管理人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

wp-puzzle.com logo

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

学術・研究:部落探訪(64) 神奈川県横須賀市浦賀1丁目」への5件のフィードバック

  1. 北村でんじろう

    完全に駅前で消滅しています。
    しかしながら曾ては有ったは伝えなければなりません
    なぜならば必ずしどの職場もパワハラするキチガイは存在します。

    返信
  2. 打切豊成

    小比企町には行かないの?
    白山神社の東
    少年院に渡る前に明らかな朝鮮人姓の固まった一画がありシステム開発会社なんかやっていますね

    返信
  3. 清五郎

    この浦賀と(未確認ですが)馬堀の墓地の墓石が、
    横須賀市内の、とある寺に近年移転しております。

    恐らく両墓地共に、近い将来に無くなるんじゃないかと思ってます。

    返信

関連記事

学術・研究:部落探訪(269)香川県 丸亀市 飯山町 東小川 西内

どうしても異常で異様な巨大同和地区ほど記事や動画の閲覧数が多くなるのだが、探訪の楽しいという点では、少戸数未指定地区の探索にまさるものはない。香川にもそのような部落があるので探索することにした。 昭和初期の記録では、綾歌 […]

学術・研究:部落探訪(268)香川県 綾歌郡 綾川町 小野、北

明治の文筆家、宮武外骨は著書『つむじまがり』で「予の先祖は備中の穢多であるさうな、予は讃岐の小野といふ村で生まれた者である」と書いていた。 宮武という名字は圧倒的に香川県に多く、岡山県では倉敷市に比較的多いのみなので、宮 […]

学術・研究:部落探訪(267)香川県 善通寺市 与北町 東原

『香川県の被差別部落 ―現地研修報告―』(安竹貴彦)で善通寺市D地区として紹介されている与北町(よぎたちょう)東原部落は、戦前は70世帯であった。主な産業は日雇い。過去の航空写真を見ると家が密集しており、農村ではなく労働 […]

学術・研究:部落探訪(265)香川県 善通寺市 大麻町 高橋

香川県の部落を研究するために活用した資料に、『香川県の被差別部落 ―現地研修報告―』(安竹貴彦)がある。それによれば、善通寺市には指定同和地区が2つあるという。しかし、『全国部落調査』に記載のある部落で現在の善通寺市域内 […]