部落探訪(63)
神奈川県横浜市瀬谷区竹村町

By 鳥取ループ

横浜といえばお洒落な港町のイメージがあるが、横浜市は意外と広く、農村のような風景が広がる地域もある。

今回訪れた竹村町は外れも外れで、横浜市の西の端、大和市との境界にある。最寄り駅は相鉄線の瀬谷駅だが、駅からは2キロ以上離れている。

1934年の世帯数は22、人口は120であった。横浜市は同和事業を行わなかったため、当然同和地区との指定はされていない。

部落の中を通る県道401号線沿いにセブンイレブンがある。周囲を見渡すと何の変哲もない住宅地である。

2階建ての立派な町内会館。ただ、横浜市ではこのような町内会館は部落に限らずあちこちにある。やはり金持ち自治体だからだろうか。

町内会館近くの交差点に祠のようなものが。もしかするとこんな所に白山神社かと思ったら…

地蔵だった。

更に国道を北に進むと妙光寺というお寺がある。ご覧の通り、日蓮さんの銅像がある、日蓮宗の寺である。関西では部落と言えば浄土真宗の檀家が多いが、神奈川県では日蓮宗が受け皿になっていることが多い。

妙光寺は、住所表記上は竹村町ではなく「上瀬谷町」となる。

なお、さきほどのセブンイレブンの裏手には浄土宗の善昌寺があり、ここにも墓地がある。このお寺は「竹村町」内にあるが、「一般」の寺である。

ただ、現在の竹村町は古い家、新しい家、アパートが入り混じっており、既に融和しているように感じる。

住宅の間にこんな盛り上がりが。「まんが日本昔ばなし」に出てきそうな田舎の風景があったことを思わせる。

近づいてみると、とても古い道祖神だった。相模国鎌倉郡瀬谷村字竹村講中とある。

近くにはこんな記念碑も。要約すると、海軍によって広大な土地が接収され、戦後も米軍のために再接収されたものの、地元の努力で耕作権を獲得してきたということらしい。竹村町の周辺に広大な田畑が広がるのは、このような歴史的背景があった。

これは竹村町公園。この公園の周辺に、いくつか車を停められる場所がある。

近くに馬頭観音が。

古くからの農家と思われる家がある。草が生い茂っているので、もう空き家になっているようだ。

なかなか白山神社が見つからなかったが、グーグルアースで調べると、善昌寺の隣の墓地を通っていけばよいことがわかった。

これが竹村町の白山神社だ。なお、神権連の機関紙『人権のとも』2007年1月15日号に白山神社のことが出てくる。「横浜支部」の活動として神社にあった2本のケヤキを伐採したということだ。記事では「半日の作業でケヤキは姿を消し、殺風景になってしまった白山神社ですが、跡に何を植えようか、鳥居を作ろうかと、神社の守り手たちは話し合っています」と結んでいる。

パイプを使った手作り感のあるものではあるが、その後鳥居が作られたようである。

白山神社の近くも古い家、新しい家が入り混じった光景。

フキに囲まれたもう1つの記念碑があった。農地の改善事業を記念するものらしい。裏側には妙光寺の墓で見かけた名字の住民が名を連ねていた。「未指定地区」だから放置されていたということではなく、一般対策として行政による様々な改善が行われていたようである。

部落探訪(63)
神奈川県横浜市瀬谷区竹村町
」への4件のフィードバック

  1. .

    東京都迷惑防止条例改正案が可決成立したということは、今後、東京都の部落の探訪記事は書けなくなってしまったということでしょうか?

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です