サラリーマンや長期のアルバイトをしている人であれば、雇用保険に加入している人が多いだろう。退職すれば、次の仕事を探すまで、多くは90日から150日の間、退職前の給料に応じた失業手当を受け取ることができる。
しかし、同和行政が盛んだった地域に限り、35歳以上であれば、これを300日から360日まで伸ばした上で、さらに給付が上乗せされる方法が存在する。この度、「取扱注意」「部内秘」等と書かれた、その制度に関する文書が各労働局により開示された。福岡や京都などでは実際にこの制度は利用可能で、まずはその方法から説明しよう。
実際に優遇を受ける方法は?
残念ながら東京都内ではこの方法は使えない。令和4年度の実績で言えば福井県、長野県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、広島県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県、熊本県、大分県、鹿児島県で実例があったことが確認されている。それ以外の県件でも、過去に同和行政を行っていた地域では使えるかも知れない。
そして、お住まいの市町村に相談員が常駐する旧同和対策施設があることも条件である。旧同和対策施設とは、隣保館や教育集会所のことである。施設の場所は「全国の隣保館」の地図で確認できるが、これは少し古いので、市町村の人権関連部署やハローワークに確認するのがよいだろう。実例のあった府県でも、市町村や施設によっては適用されないこともあるようだ。
あなた自身についての条件は、失業して求職中であり、年齢が35歳以上で1年以上雇用保険に加入していたことだ。なお、会社都合による退職であれば雇用保険の加入期間の要件は6ヶ月に短縮される。
条件に当てはまっていれば、まず隣保館を訪れて就労相談をし、「就職困難者」の認定を受けたい旨を伝える。そして、相談員から認定を受けたらハローワークを訪れて失業手当の給付申請をするという流れである。
失業手当は、通常の場合は雇用保険の加入期間が1年以上10年未満であれば90日、10年以上20年未満であれば120日、20年以上であれば150日、退職前の給料に応じた失業手当を受け取ることができる。しかし、就職困難者の認定を受ければ支給期間が延長され、加入期間が1年未満であっても150日、加入期間が1年以上なら本人の年齢が45歳未満な一律で300日、45歳以上であれば360日となる。また条件によっては「常用就職支度金」「職業転換給付金」がさらに上乗せされる。
ただし、実際にこれらの措置を獲得するのは、スムーズには行かないことが多いだろう。この制度は周知されていない裏メニューであり、一般には広く知らされてないばかりか、行政職員にもその内容が徹底されておらず、表からは見えない別の裏ルールが存在する可能性も高いからだ。
それでも、粘り強く〝ゴネ〟れば権利を獲得できる可能性もある。そこで、理論武装のためにこの制度についてさらに深堀りしよう。
同和事業の残渣が〝一般対策〟として今も継続
今回の調査には、国会議員議員の調査権を国民に開放する、浜田聡参議院議員の「諸派党構想・政治版」を利用させて頂いた。浜田聡参議院議員には感謝申し上げる。
先述の「令和4年度の実績」は、人権連の機関誌『地域と人権』2024年5月15日号に掲載された、雇用保険上乗せ支給実績の一覧表をもとにしている。このデータについて、厚労省の担当者は厚労省から人権連に情報提供したものであることを認めた。
このデータを見て不審に思ったのは、府県による実績のばらつきが大きいことだ。ほとんどの府県の実績は1桁だけなのに、滋賀県、京都府、高知県は20人を超えている。福岡県に至っては129人も適用を受けている。
厚労省によれば、失業手当が上乗せされる対象は「アイヌ地区住民」「中高年齢失業者等求職手帳を所持する者」そして「その他教育・就労環境等により安定所長が就職が著しく困難であると認める者であって、35歳以上」の概ね3種類であり、令和4年度の支給総額は合わせて約800億円にのぼる。
本稿で取り上げている就職困難者は3番目の種類に該当するものであり、『地域と人権』に掲載された表も、それに関するものだ。
就職困難者は旧同和地区施設との連携により、ハローワークが判断するものである。これは普通に考えれば「同和関係者」を指すと思われるところだが、厚労省によれば現在は「一般対策」として行われているものであり、同和関係者であれば一律に適用されるものではないし、逆に同和関係者でなければ適用されないというものでもないという。このように厚労省の説明は釈然としないが、厚労省が一律に基準を決めているものではなく、各労働局や現場の判断に任されているためだという。
厚労省が開示した文書を掲載しておく。
職業安定局長通達.pdf
平成14年4月1日付け職発0401003号.pdf
平成14年4月1日付け職総発第0401001号、職開発第0401002号、職保発第0401001号.pdf
いずれも国の同和事業が終了した平成14年度およびその直前に出されたもので、従来は同和関係者を一律に就職困難者と認定して失業手当を上乗せしていた。それを「の他教育・就労環境等により安定所長が就職が著しく困難であると認める者であって、35歳以上」に改めるというものだ。
そのスキームを凝縮したのが、以下の図である。今回は開示されたが「取扱注意」と書かれていることから、当時は公にする前提ではなかったでのであろう。
厚労省が明示した基準は35歳以上ということだけだが、その他の判断は各地のハローワークに任されている。しかし、判断において旧同和施設が介在することが前提となっている。興味深いのは隣保館・教育集会所の外に「市町村の条例等により設置されている隣保館又は教育集会所に準ずる公的施設(本省と協議すること)」という記述だが、厚労省によれば現時点でこの協議記録は残っていないという。
文書には「就職困難者であることの判断は、あくまで公共職業安定所長が本人の申し出に基づき個別具体的に行うもの」という記述がある。ここから、これは周知するものではなく、言われた時だけやるものだという意図が読み取れる。
噛み砕いて言えば、平成13年度以前の同和事業をしていた頃は、同和地区住民には失業手当を上乗せしていた。同和事業が終わってからその制度はなくなったが、急になくなったと言えばトラブルになるので、本人から申し出があった時だけは適用するようにした。ただし、制度上は同和関係住民という文言は外して35歳以上という年齢制限を設けますよ、そしてこの制度があるということは積極的に周知しませんよ、ということなのである。
なお、「アイヌ地区住民」に対する適用が続いているのも気になるところだが、それについてはまた機会を改めて取り上げることにする。
「1年保存」「貴職限り」といった文書が
各地での実際の運用を確認するために、特に適用人数が多かった、福岡県、高知県、京都府、滋賀県の各労働局に情報公開請求を行って文書を入手した。
2024-10-21_高知労働局開示文書.pdf
2024-10-22_京都労働局開示文書.pdf
2024-10-25_福岡労働局開示文書.pdf
2024-10-30_滋賀労働局開示文書.pdf
文書をよく読むと、「事前に雇用保険の説明会等では説明しない」「あえて周知する必要はなく」「1年保存」「貴職限り」といった記述が目に入る。それぞれ、あくまで言われた時だけやる、暫定的な措置である、他の行政機関にさえも知らせないといった意味合いであろうと想像できる。
そして、実際に各労働局で運用に違いがある。その内容を筆者なりに読み解いて、さらなる調査を加えて解釈すると次の通りである。
高知労働局― 同和関係者であることを要件として行っている。関係文書が1年から5年保存となっているので、当初は暫定的な措置と認識していた可能性があるが、事実として保存年限を過ぎた文書が現在も使われている。
京都労働局― 同和関係者であることを要件として行っていると解釈できる。「当面実施されるものであり、一定期間後に見直される予定とされている」という記述があるが、見直された様子はない。「連携する隣保館等の把握」「職業安定行政職員業務必携(同和対策)」といった記述があるが、これらの文書は現存していないという。
福岡労働局― 同和関係者であることを要件としていない。制度上は旧同和施設を通せば誰でも認定を受けられる可能性がある。突出して適用件数が多いのはこのことが関係しているのであろう。
滋賀労働局― 形式的には同和関係者であることを要件としないが、日頃から隣保館を利用している地域住民であるかどうか確認が行われるため、事実上はほぼ同和関係者に限定される。
また、福岡、滋賀では35歳以上以外の要件が明示されている。例えば福岡では以下の通りになっており、明らかに再就職が難しくないであろう人は除外される。
滋賀の「貴職限り」とされた文書は、味わい深いとも言える。35歳以上以外の要件については満たしていなくても「ゴネれば通る」と解釈される内容だ。ただ、そのことについては本人に説明せず、隣保館にも知らせないとしている。
これらの資料から分かるのは、あくまで同和対策終了後の経過措置として、周知しないことを前提としていたものが、今まで続けられてきたことだ。ある労働局の担当者に「知る人ぞ知るみたいなことであれば、公平な制度ではないのでは?」と言うと「まあ、そうですね」と答えるのみだった。
一方で驚くべきはこれらの文書を各労働局が開示したことだ。周知しないことを前提とした制度が明るみになれば、この制度が成り立たなくなることも考えられるのではないか。確かに制度としては現存しているが、持続可能な制度ではないことは間違いないので、もしゴネるなら今のうち、ということだろう。